不穏
「そう。——でも残念ね、ボンボル様が引退だなんて。皇国にも名を轟かせていた凄腕の冒険者だったもの。皇国の出身っていう噂もあったことだし、一度お会いしたかったのだけれど」
「……ん?おやおやリリちゃん?もしやボンボルくんが意中のお相手だったのですか?」
にやけ顔のパメラが揶揄うように顔を寄せてくる。
「ばか言わないで。一度も会ったことのない人にそんな感情なんて抱かないわよ」
「んー、確かに!けどリリちゃんとボンボルくんならいい感じにマッチするとは思うんだけどなぁ」
「……あなた、会ったことあるの?」
「ん?ないよ?」
なにを根拠に言っているのか。飲み込んだため息がリリアの口からこぼれ落ちる。
「ないけど噂を聞くにすごい真面目な人じゃない?基本一人で行動してたって聞いてるし、周りとそんなに仲良くするようなタイプじゃなかったみたい。懸賞金もお世話になった村人にあげちゃうし、クールな好青年ってとこじゃないかな?堅物のリリちゃんとはきっと相性ピッタリだよ!」
「私は真面目に任務に就いてるだけだけれども……」
「そんなとこが堅物っ!!」
綺麗な顔を歪めたパメラが右の人差し指を左右に揺らす。
「ダメだよリリちゃん。女の子なんだから、恋のひとつでもしておかないと」
「それはまぁ……時期がきたら。って、あなたもそんな相手なんていないでしょ」
「わたしは気になる男の子はチェックしてるよ!剣聖隊のヴィクトルくんはやっぱりかっこよかったし槍聖隊のパスカルくんもクールなとこがいいよね。剣聖隊のロベール副隊長もナイスミドルだしそれから——」
リリアとしては聞きたくもない友人の男性嗜好に内心頭を抱える。特定の相手に恋心を抱いているならまだしも、気付かぬうちにどうやら複数人も気になる相手を見つけていたようだ。
「——あと、この前会ったレイくんもそこそこよかったよね!わたしのタイプからは外れてるけど」
パメラの口から挙げられた名前に、少しだけ反応する。動揺は見せなかったはずだが、パメラには気付かれたようだ。
「……ほほう。気になりますか?レイくんが!」
「……気になるといえば気になるわね。その後、という意味で」
被害に遭った村のひとつ、ワーズ村。その村の出身であったというレイと別れてから二ヶ月が過ぎていた。一人で皇都に向かうと言っていたが、未だ到着はしていなかった。
「うーん、あの村から皇都に徒歩で来るには一月ほど……でもまだ交通が厳しいとこもあるし、二ヶ月以上かかってもおかしくはないけど」
パメラの言う通り、村から皇都までは一月ほどだ。しかし冬を超えたばかりの皇国では、未だ凍結などにより交通がままならない箇所もいくつかある。アシリエル号などで上空を移動するならまだしも、徒歩となると二ヶ月以上の日数がかかってもおかしくはない。
「……村を壊滅させた犯人が討たれたっていう情報は、ラボルト様にも伝わってるかな。偽りの情報であるにしても、一人で仇を討ちに行くような事は止められるかもしれない」
リリアはレイに対して恋愛的な感情を持っているわけではない。国を守る軍人として、故郷を滅ぼされるという悲劇に見舞われた青年の事が、気がかりであった。
「ひどい話だったもんね。十年以上ぶりに帰ってきた故郷が実は滅されてたなんて。感情的になって仇を討ちに行っちゃうのも納得できるよ」
「納得したらいけないの。これほどまでに未知の相手、一人で挑んでもどこまでやれるか分からない」
「確かにみすみす死にに行く事はないよねぇ。——でもまぁ、レイくんなら案外大丈夫じゃないかな?」
「……なにを根拠にそんなことを」
楽観的なパメラに呆れつつも聞き返す。
「だって、レイくんも少なくとも並の使い手じゃないよ!村でのあの恐ろしい魔力。魔力量なら皇国全体でも上位クラス!まるで魔神イスティフだよ!」
村でのことを思い出す。身を震わせるような殺気の後に発現した村を覆い尽くすほどの〈
疲弊しきっていた中であの魔法。確かに魔力量は相当なものだろう。パメラの言う通り、魔神イスティフのように。
「……だからこそ、無事に皇都に到着してほしい。彼が皇国軍への入隊を希望しているなら、皇国にとっても大きな力になる」
「確かにそうだね。列国戦争が終結したとはいえ、中央地域での争いは未だ絶えない。旧
八百年の歴史を誇る皇国でさえ、緊張状態の続く国際間では、磐石の体制を築いているとは言えない。先の大戦においても多大なる被害を被った。
(やはりあの時、無理にでも引き留めて皇都にまで連れてきていれば……)
自分勝手な考えを、リリアは頭を振って否定する。
(ラボルト様がもし仮に皇都に到着しても、皇国軍に入隊してくれると決まったわけじゃない。それに、ちゃんと彼の意思を尊重しなきゃ)
滅びた故郷の復興のため、村長の任を引き受けてくれた彼は今なにを考えているのだろう。きっと気落ちしているはずだ。彼が皇都に到着した時には、臣民を守る軍人として、せめてもの暖かく迎えてあげようと、心に決める。
「……それで、今日はなんの用だったの?」
「……ん?なんの用?」
小首を傾げるパメラは、言葉の意味を測りかねているようだ。
「なにか用があって私のところに来たんでしょ?冷やかしだったら許さない」
「……あっ!そうだそうだ。南門の警備の引き継ぎだよ。詳細は現地でだって。呼んでるから早く行ったほうがいいよ」
さらりと伝えられた任務の呼び出し。リリアはため息を一つ漏らし、書物を片付け禁書庫内を後にする。
入れ替わりで入ってきた、一際大柄な男には、気づくことはなかった。
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