犯人



「はぁ……」

 リリア・フラヴィーニはため息をつく。

 ハーテイル宮殿内禁書庫に、その姿はあった。


 辺りを埋め尽くす夥しい数の蔵書。その全てが禁書に指定されている。

 現存する数が少なく希少な書物という点で保管されている蔵書を除き、これほどまでの数の禁書が収められているという事は、その分国や魔法が凄惨な歴史を辿ってきたという事だ。


 リリアは手元の禁書に視線を戻す。読んでいるのは魔法書だ。

 魔術師となると、書物を読み込み魔法を習い、修行によって自身の技とすることもある。しかし今回リリアが目を通している書物は、そのようなやさしいものではない。


 確認されているほぼ全ての魔法が禁術に指定されている闇属性魔法。禁書庫内においても数少ない闇属性魔法を詳しく記した禁書。それが今、リリアの手元にある。


「〈死屍累々ししるいるい〉」


 魔法の一つを声に出してみる。闇属性第六階梯の魔法だ。過去数人程度しか使い手が現れなかったというこの魔法は、単純に会得難易度が高いということだけが理由ではない。


 大地に眠る死者を叩き起こし、アンデッドの軍勢として使役することを可能にする魔法。およそ人道を外れた行いは、大陸において禁術に指定されている。


 禁じられた属性と呼ばれる闇属性魔法を専門に扱った禁書を読み込む作業は、いくら訓練された軍人であるリリアでも精神的疲労を感じる。


 陰鬱な気持ちで頁をめくり、新たな項目を流し読む。


 『〈死屍傀儡ししかいらい〉』——


 聞き慣れない魔法だ。もっとも、多くが禁術に指定されている闇属性魔法において、聞き馴染みのある魔法の方が少ないが。


 リリアは本を閉じて目を瞑る。疲れた目がほんのりと痺れているのが自分でも分かった。

 心地よい痺れを感じながら頭を左に傾げると、重い禁書を黙って頭の位置まで持ち上げた。


「あでッ!」


 背後で響いた声に向き直る。パメラが、鼻を抑えてこちらを睨みつけていた。


「ひどいよリリちゃん!」

「こんにちはパメラ。ばちが当たったの?」


 素知らぬ顔で問いかける。いたずら好きの友人に、天罰が下ったようだ。


「むうぅ。引っかかると思ったのに」

「そう何回もおんなじ手には引っかからないわよ。反省して」


 分かっているのかいないのか、ぶすっとした表情のパメラはリリアの持つ禁書を覗き込むと、更に顔を顰めた。


「今日もお勉強中みたいだけど、それは?」

「闇属性魔法について纏められた禁書よ。もう一度調べてみようと思って、人のみを消し去る魔法がないか」

「あんな陰鬱な魔法、闇属性魔法でしかなさそうだしね。——でも、前回の村人消失事件は片付いたはずだよ。犯人は魔物使いビアス」


 リリアたちが皇都に帰還してから、連合国の冒険者ギルドから報告が上がってきた。

 連合国と皇国の国境付近において、冒険者ボンボルが指名手配犯ビアスを討伐。


 報告によると、街道沿いを歩いていたビアスに、近くの村に滞在していた冒険者ボンボルが遭遇。今や絶滅に近い魔物、蜘蛛火を使役していたとのことだが、死闘の末討伐を果たしたとのことだ。


 遺体は皇国でも確認したところ、間違いなくビアスのものであったようだ。


「討伐された正確な日時は把握できていないみたいだけど、レイくんが国境付近で怪しい人物と遭遇した日とほとんど被ってる。あの後国境を超えて逃亡したところで、冒険者ボンボルと遭遇。大型の魔物を七体も呼び出して魔力の枯渇していたところを討たれたってのが見立てだね」


 皇国ではそのように判断されている。


「……村人が消失したのは、蜘蛛火の仕業ってことね」

「うん。刺されたものを内側から灰になるまで焼き尽くす凶悪な魔物。——お金に困ったビアスが、村人全員を皆殺しにした後、潜伏しつつ連合国に脱出したってことになってるね」


 可能性としてはあり得る話だ。ビアスは城砦国で軍人として任に就いていた時も、金遣いの荒さは有名だったと聞く。最終的には魔物を使役し、同僚を殺害したのち金品を奪って逃走。神聖国を通して大陸中に指名手配されていたが、長らくその行方は掴めていなかった。だが——


「パメラは本当にそう思ってる?」


 ビアスが蜘蛛火を使役して村人を皆殺しにしたならば、灰のひとつでも残っていたはずだ。村ではそのようなものは確認されておらず、金目のものが多く奪われた形跡もなかった。なにより紛争地帯で遺体が消失していた事件と結びつくものがない。


「……思ってないよ。少なくともビアスはこの件に直接的には関与していない。そう思ってる」


 友人である同僚は、あっさりと皇国の見立てを否定した。


「箝口令が敷かれていたとはいえ、村が三つも壊滅した事件は遅かれ早かれ皇国中に伝わる。それを成した危険な人物が、未だ野放しにされているっていう現状は、臣民の動揺に繋がるからね。——事態の本格的な解決より、人心の平定を第一に考えたことだと思うよ」


 リリアとて今回の件が片付いたとは思っていない。ゆえに闇属性に関する文献を漁っている。

 しかし一軍人であるリリアたちに、皇国の決定の真意は分からない。確かなことは、事件を起こした人物は未だ野放しにされているという可能性があるということだけだ。


「ボンボル様からは話を聞いたりしてみたのかな?なにか有益な情報をビアスが喋っていた可能性もあると思うけど」

「できなかったみたいだよ。——というより消息不明なんだって」

「……えっ?」


 嫌なワードに、リリアの胸中が騒つく。


「あっ、大丈夫。消失したわけじゃないの。ギルドの職員がボンボルくんから受け取った手紙に、冒険者を引退するって書かれてたみたい。あとはビアスを討ち取った事、蜘蛛火を使役していた事、懸賞金はお世話になった村の一家に渡す事が端的に書かれてたんだって」


 冒険者ボンボルといえば皇国にも名を轟かせる凄腕の冒険者だ。さらっと述べられた引退の事実に驚く。


「職員が村に到着した頃には出発した後だったみたい。村人たちも目的地は聞いてなかったみたいで、その後の行方は不明。念の為皇国でも行方を追っているみたいだけど、まぁ犯罪者でもないしそこまで必死に探してるわけじゃないね」


 ボンボルから話が聞けないというのであれば今回の件、現時点でこれ以上の進歩は期待できそうにない。リリアはこぼれ落ちそうになるため息を飲み込んだ。

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