決着



「……さて、と」

 七体の魔物の屍を作り上げた怜は、ボンボルの戦いに目を移す。


「だあぁぁぁぁ!当たらねぇ!」

 空中を飛び回る男に、苦戦しているようだ。

「木偶の坊、そっちはどうだ?」

「……魔法を使ってくる気配はねぇ。魔物の使役に意識を集中してたのかもな。ただこっちの攻撃も上手く躱わしやがる。ジリ貧ってやつだ」


 怜は、自身の周囲に五つの火玉を出現させる。

「俺が前に出る。木偶の坊は準備しとけ、作戦は分かってるだろ?」

「……あぁ。だが、行けんのか?兄ちゃん」

「魔力のことを言ってんのか?心配するな、俺は、化け物だからよ」

 薄く笑ったボンボルを確認すると、四つの火玉を連れて走り出す。


 〈灼砲しゃくほう〉を撃ちだすが、フェイクもない攻撃は容易に避けられる。念を入れるように二発の〈灼砲しゃくほう〉を放った後、二つの火玉を男に投げつける。


 二発の〈灼砲しゃくほう〉を避けられ後、一つの火玉が大きく弾かれる。迫り来るもう一つの火玉を男が避けようとした瞬間、唐突に膨張し、爆発した。


 襲いかかる爆発を魔法で防御する男に、怜は斬りかかる。

「おらぁ!」

 ボンボルに遠く及ばない斬撃は、容易に防がれた。

「私も体術には自信はありませんが、あなたも同等のようですね。——何処か“彼”を思い出します」

「その“彼”ってのが誰かは知らねぇが、こっちははなから体術は捨ててんだよ!本命は別だ!」

 怜の隣に浮遊する火玉が、槍の形に変形する。

「〈炎槍えんそう〉!」


 間近で拝む嫌そうな顔の男に、怜の口角が釣り上がる。

「〈黒瘴剣こくしょうけん〉」

 男の剣が、黒いオーラを纏う。至近距離で感じる瘴気の気配に、次は怜の表情が歪んだ。

 斬撃を払い退けられ、撃ち出した〈炎槍えんそう〉さえも弾かれる。

 落下する怜を見下ろす男と目が合う。瞳孔の縦に開いた紫の瞳。嫌な眼だ。不気味な瞳と視線がかち合ったまま、怜は嗤う——


「……ッ!」

 男の目の間では、置き去りにされた火玉が、膨張し始めていた。

「しまッ!!」

 焦ったような男の声が聞こえる。怜は魔法を使い、男の背後に先ほど弾き飛ばされた火玉を引っ張る。

 前後を挟まれた男は、膨張を始める二つに両手を伸ばした。おそらく吸収するのだろう。魔法で防いだとして、落下する怜から防御を貫通するほどの魔力を込めた攻撃が放たれるのは目に見えていた。


「もういっちょ」

 干渉術を用いて、“位置を調整して引っ張る”。

「さぁ、本命だ。任せたぞ。——〈火渡ひわたり解印かいいん〉」


 男の正面で膨張を続ける火玉の前に、突然ボンボルが現れる。


「なにっ!!」


 パシンッ。


 男の声に重なるように、ボンボルの腕には、大剣が戻っていた。


「そ、んな……」

 

 消え入りそうな声をあげ、男の首は、斬り落とされた——




「あでっ!」

 尻もちをつくように地面に落下した怜の後に続き、でかい荷物が降ってくる。

「ぐっっふぉおぉぉぉ!!」

「ん?あぁ悪りい悪りい兄ちゃん。ただの事故だ。でっけえ心で許してくれ」

「おっ……りろ!降りろ!!」

 怜の腹の上で、悪びれた様子もなく謝るボンボルに、怒声を浴びせる。


「まぁカリカリすんなよ。なんとかなったんだしよ」

 のっそりと起き上がったボンボルの視線の先には、首のない死体が転がっている。

「貧血だと思ってたが勘違いだったみてぇだな。止まらねぇじゃねぇか」

 ドクドクと血を流し続ける男の体は、どうやら本当に息絶えているようだ。


「まぁあんな綺麗にスッパリいったからな。——なにか裏のありそうなやつだったし、とっ捕まえて拷問くらいはしてやりたかったけどな」

「……兄ちゃん珍しいな。そんな過激な発想するやつだったか?」

 未だ座り込む怜を見下ろしながら、意外そうな顔をする。


「皇国に着いたら無職だからな。こいつを国の機関とかに引き渡したら、当分生活できるくらいの金はもらえそうだったじゃねぇか」

「……そういえば兄ちゃんはそうだったな。というかもうここは皇国領土だぞ?」

「えっ?まじで?」

「おうよ。皇国と連合国にまたがるこの広原は、両国の人間が自由に立ち入りできるが、この先にはちゃんと皇国の関所もある。森を超えた辺りからとっくに皇国だったぜ?」

「気付いたら無職の地に足を踏み入れてたのかよ。あー、なんかどっと疲れた。無茶はするもんじゃねぇ。今日はこのままここで寝る!」

 怜は倒れ込み、投げやりな声を出す。


「止めはしねぇがこんなとこで寝るのはどうかと思うぜ?一応近くに死体が八つも転がってんだからよ」

 怜の目の前に、ボンボルの手が差し出される。

「皇国での第一戦、大勝利だな!やっぱ俺様と兄ちゃんの最強タッグなら、皇国でも一暴れでも二暴れでもできるだろうよ!」

 快活な笑顔と共に差し出された手を、怜は頬を緩めながら握る。

 勢いよく引かれるまま立ち上がると、ボンボルが肩を組んできた。


「今日は祝勝パーティーだ!俺様たちの華々しい皇国編!その第一幕を祝して飲むぞ!!」

「やめろ暑苦しい!そもそも俺もお前も酒なんて飲めねぇじゃねぇか!街の影もみえねぇし」

「ん?そうだったか?でもまぁいいさ、水でいい。乾杯するぞ。今日は兄ちゃんと一杯飲みてぇ気分なんだよ」

 それは一杯飲んだことになるのか?と、疑問に思うも言葉には出さなかった。何故か怜も、そうしたい気分であったから。


「って言っても確かに街はまだ先だろうな。それに天気も悪い。風が冷たくなってきてやがる。今晩は雨が降るだろうし、近くで洞窟でも探して——」


「——その必要はありませんよ」


 突然背後から聞こえた声に、体が固まる。

 振り返った怜の目に映ったのは、瞳孔の縦に開いた、紫色の瞳。

 その右手には、瘴気が集まっている気配を感じる。魔法だ。


(やばっ……これ……)


 死ぬ。直感する。


 人間、死の間際には走馬灯を見ると聞いていた。だが怜の目に映っていたのは、イスティフの記憶でも高橋怜の記憶でもなかった。

 瘴気を纏った男の右手がスローモーションのように迫り来る光景。回避しようにも体が全く動かない。


 死を覚悟した最期、きっと思考だけが研ぎ澄まされている。刹那の間に、そう判断した。


(この世界に戻ってきて、二度目だな)


 再び迫り来る死の気配は、一度目よりも濃密だった。今度こそはと覚悟を決める。


 不意に、怜の胸部を衝撃が襲う。


 唐突に感じた衝撃に戸惑うも、後方へ飛んでいく最中、ボンボルに突き飛ばされたのだと理解する。


 怜という標的を失い空振った男の魔法は、そのまま——


「木偶の坊!!」

 男の魔法をもろに受け、吹き飛ばされたボンボルは大岩にぶつかり止まった。


「くっそ!てんめぇ!!」

 冷静さを失った怜は、男に殴りかかろうとするも、カウンターの回し蹴りを綺麗に喰らい、土煙をあげながら飛ばされる。


「嫌な人だ。寝床に困っているようだから、私が作って差し上げようとしたのに」


 澄ましたような男を、魔法が襲う。

 土煙の中から放たれた魔法は、男に当たることはなく、背後に着弾すると大きな爆発を起こした。


 一発の魔法が撃ち込まれたことを皮切りに、二発三発と魔法が飛ぶ。その全てを男は躱し、爆発に飲まれまいと空中に飛ぶ。


 土煙の中から怜が飛び出した。標的を見つけるとともに、地表から炎を舞い上げる。

「〈葬蒼炎そうそうえん〉!!」

 繰り出された炎は、〈蒼炎そうえん〉よりも圧倒的に広く、高く、男を飲み込み舞い上がる。


 怜は目を閉じ感知する。標的を察知すると、巨大な〈蒼炎そうえん〉に向かい走り出す。

 炎を足場に上空まで駆け上がると、〈葬蒼炎そうそうえん〉の一角から男が這い出てきた。


(この程度じゃやっぱり無理か)


 何食わぬ顔で出てきた男に拳を振り上げる。怒りに任せて殴りかかろうとした直前で、怜の胸に、剣が突き刺さった。


「がはッ!」

 吐き出した血が、男にかかる。

「ひどく冷静さを失っていますね。隙だらけですよ」

 男の紫の瞳が、冷酷な色を宿し怜を見据える。

「それは……どう、かな」

 赤い瞳で男を睨みつけ、肩を掴む。


 砂煙の晴れた地表から、恐ろしい速度で魔法が放たれた。


「〈黒穴こっけつ〉」

 “本体の怜”が放った魔法は、男に届くことなく吸収された。


「なるほど。そういうことですか」

 地表には、怜が荒ぶる魔力を纏い立っていた。男の剣に貫かれた怜は、ゆらゆらと揺らめくと、炎となって男へ吸収された。


「火属性を纏った実体のある幻術、〈幻術げんじゅつ陽炎かげろう〉ですね。あの時土煙に紛れて幻術と交代していましたか」

「よく知ってるじゃねぇかよ」

「冷静さを失っていると思いましたが、作戦でしたか。——それに、すっかり騙されました。〈灼砲しゃくほう〉が最速の魔法だと仰っていましたが」

「〈灼砲しゃくほうまたたき〉ってんだよ。避けられるとは思ってなかったが、いいのか?あんなにほいほい吸い込んで」

「えぇ、もう構いません。どうせ先ほどの攻撃で最後でしたから」

 なにを言っているのか怜に理解はできなかった。だが、男の視線の動きから、ボンボルに直撃したあの魔法のことを言っているであろうことは分かった。


「もしかしてさっきの魔法はもう使えない?瘴気が足りないのか?その代わりに魔法を吸収するあの技は出し惜しみなく使える?」

「……少し違いますが概ね合っています。やはりあなたは戦闘に関しては頭がキレる。しかし、考えを纏める時に口に出してしまう癖は良くないですね」

「……その癖を教えちまうお前も良くねぇんじゃねぇのか?」

「おや、これは一本取られました」


 にこやかに笑う男に、怜の怒りが再び燃え上がる。

(ダメだ!冷静さを失うな!——だがどうする?あいつにもう魔法は届かねぇ。体術でだってやりあえる自信はねぇ。持久戦に持ち込んでもあいつには回復の術がある。——もう、あれを使うしか……)


 荒立つ魔力をさらに荒立たせたところで、男が怜に向かい手のひらをあげる。


「やめておきましょう。今回は引き分け。これでどうです?あなたを殺すには骨が折れそうだ」

「なめんじゃねぇ!こんなことしといて逃がすかよ!!」

 叫ぶ怜に、男は頭を振る。


「お互い友人を一人ずつ失った。これで痛み分けです。長々と戦いすぎてしまいました。厄介な方々にも気づかれてしまったようですし」

 遠くを見つめる男は、「これはとんだ大物が……それにこの気配は……」と、訳の分からない言葉を発していた。


「とにかく今日はこれでお終いです。最後にあなたの名を聞いても?私の名はレステリオと言います」


 『レステリオ』——その名に、怜は何故だかひどい憎悪を感じた。口に出すのも悍ましい。

 今この瞬間、敵の名を初めて聞いたはずだった。

 しかし、それよりもずっと前から、怜はこの男を嫌悪している。そう感じるほど、その響きは怜に憎悪を与え、胸のうちから、激しく黒い感情が漏れ出してきた。


(こいつ、どこかで……どこだ……)


「お答えいただけませんか……残念です」

 怜の無言を、拒否と受け取ったのか、レステリオは心底残念であるというような表情を見せた。


「まぁ今回はいいでしょう。あなたとはまたお会いすることになるでしょう。その時に、この引き分けの決着をつけましょう。それまで、くれぐれもお気をつけて。では、また——」


 なにもない空間に飲み込まれていくレステリオを、怜は何もできずに見送る。


 完全に姿が消えた頃、辺りは先ほどまでの戦闘が嘘であったかのように静まりかえっていた。


「……なにが引き分けだよ」


 レステリオの消えた空間に向かい、声をかける。


「……完敗だ」


 静かな戦場に、怜の声は、思ったよりも大きく響いた。


「……ッッ!!木偶の坊!!」

 敗北を噛み締めていた怜は我に返り、ボンボルの元へと駆け出した。


「おい木偶の坊!大丈夫か!」

「……ん?……あぁ、兄ちゃん……まだ、なんとか生きてるよ」

 ボンボルの腹部には、黒く禍々しい物体が突き刺さっていた。

「すぐに止血する!増血剤はあるか?治癒士がいそうな街は分かるか!?俺がそこまで連れてっ……て、やる……」

 止血を始めようと、ボンボルに突き刺さった物体に手を触れた怜の口調が、尻すぼみに小さくなる。


「……兄ちゃんは……この魔法を……知って、るのか?」

「……あぁ」

「そう……か。……俺様は……たす、かるのか?」

「……」

 喋るのも辛そうなボンボルに、怜は俯き、答えを返すことはなかった。


「そう、だろうな……自分でも、わかっ……てる。……これ、は……無理だ、な」

「……すまねぇ」

 レステリオは最初、怜を狙っていた。激しい後悔が、押し寄せる。


「あやまんじゃ、ねぇよ……油断したの、は……おれさまも、だ……冒険者が、なさけねぇ……」

「……」

「げろ友をまもれて……よかっ、たぜ……」

「……クッ」

 怜は強く拳を握り締める。爪が、食い込む感覚がした。


「なぁ……兄ちゃん……最期に……たの、みがある。

きいて、くれ……」

「……なんだよ」

「ははっ……嫌、そうだな……タダとは、言わん……いいもん……くれ、て、やるから、よ……」

「……お前がそんないいもん持ってるのかよ」

 せめてもと、ボンボルと出会ってこれまでしてきたように、軽口を叩く。しおたれた別れは嫌いなはず。そう理解してるくらいには、ボンボルのことを知っていた。


「もって、るさ……ぐふっ」

 血を吐き出すボンボルを見て、怜は自身のポーチを漁る。取り出したのは増血剤と、ヴァレミーからもらった痛み止め。

 増血剤をボンボルの口に押し込み、痛み止めを打ちこむと、大量の魔力を流し込んだ。


「……俺の残りありったけの魔力を流し込んだ。これでまだしばらくはもつはずだ。痛みはどうだ?」

 今にも事切れそうであったボンボルの顔には、少しだけ生気が戻ったように見えた。


「……いやすげぇな。なにも感じない。痛みどころかなんの感覚も感じねぇ」

「……痛み止めだと聞いてたんだがな」

「こんなもんどこで手に入れてたんだよ?——増血剤は薬師の兄ちゃんのやつか?これもすげぇな。意識が覚醒しやがった」

「……そいつはなによりだ」

 今にも消えかけていたボンボルの命が急速に再燃し、怜はどこか呆気にとられていた。


「まぁいいさ。これで話しやすくなった。兄ちゃん、改めて俺様の最後の頼みを聞いてくれ。約束通りいいもんをくれてやる」

「……なんだよ?いいもんって」

 いつもの調子。そう見えるボンボルに、期待せずに問いかける。


「あぁ。——俺様の、“人生”だ」


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