襲撃



(こいつ、木偶の坊の斬撃を!)

 ボンボルの太刀を受け止めた男は、反動を生かすように後ろへ飛び、一回転して着地した。


「あ?なんだお前、いきなり斬りかかって来やがってよ」

「斬りかかってきたのはそちらです。私は声をかけようとしただけですのに。いきなりのこのような仕打ち、心が痛みます」


 やはり男の声、しかも若い。ボンボルの不機嫌な圧にも、言葉とはうらはらに平然としている。


「おっとそれは悪かった。でもよ、殺気はなくとも、あんだけ悪意のこもった気配で近づかれちゃ、俺様たちだって仲良くおしゃべりなんてできねぇってもんだ」

「それは失礼しました。——ただ、あなた方が私の友の名を口にしていましたので、少し興奮してしまいましたかね」

「……ビアスか」


 さとしの呟きに、男は頭を下げて肯定の意を示す。


「そうか。あいつに友なんていたんだな。どういう関係だ?」

「そのままの意味ですよ。よき友です。珍しいペットを貸して差し上げるほどに」

「……あいつに蜘蛛火を渡したのはお前だな?」


 今度は明確に問いかけるも、男が怜の問いに答えることはなかった。


「明日、彼と待ち合わせをしているのですが、今はどちらに?」

「おっと音信不通か?そりゃあいけねぇな。でも安心しろ。俺様たちがお友達のとこへ、連れてってやるよっ!」


 男へ向かい、ボンボルが小さい球を投げつける。驚異的な速度で男まで到達するも、難なく切り払われる。それと同時に、黒い煙幕が男を包む。煙玉だ。


「〈爆炎弾ばくえんだん〉」

 追撃するように、怜が魔法を撃ちこむ。

 男が立っていた場所へ着弾すると魔法は弾け、爆発する。煙幕を瞬時に吹き飛ばす爆風が辺りを襲い、新たに土煙が視界を覆った。


「〈風剣ふうけん〉」

 大剣に武器を持ち替えたボンボルが剣を一太刀するだけで、強風が発生する。

 大団扇であおいだような強風は、舞い上がった土煙を吹き飛ばし、視界が開けた。


「……やっぱ今ので大人しくやられてくれるような玉じゃねぇか」

 先ほどまで立っていた場所に、男の姿はない。

「上だ!木偶の坊!」

 怜の呼びかけに、ボンボルは素早く反応する。


「〈黒時雨くろしぐれ〉」

 重力を感じていないかのように上空を浮遊する男から、黒い雨が降り注がれる。

 大剣を器用に扱いボンボルが攻撃をいなす度、キンッ、キンッと金属がぶつかり合うような音がする。無数に降り注ぐ黒い雨は、鉄に近い物体のようだ。

 打ち漏らした黒い物体がボンボルの腕を掠め血が垂れるが、その他に目立った外傷はない。


「へっ。そんなちんけな雨じゃ俺様はやれねぇぞ!!」

 一通り鉄の雨が落ち着いたころ、辺りに撃ち落とした黒い物体を山積みにしながら、ボンボルが吠える。


「だと思っていましたよ。——〈黒破こくは〉」

 男が唱えると共に、辺りに散らばった黒い物体が急激に膨れ上がる。

「んあ?」

 ボンボルが疑問の声をあげたのとほぼ同時に、物体の一つが、内部からの負荷に耐えきれなくなったように黒い煙を発しながら破裂した。一つが爆発すると共鳴するように、次から次へと爆破がおこる。連続的な爆発音と黒煙の中へ、ボンボルの姿は消えた。


「まずは一人……という訳には、いかないようですね」

 黒煙の中から、巨大な斬撃が横薙ぎに男へ向かい放たれた。

「下に……ッ!」

 男は斬撃を下降してかわそうとするも、咄嗟のところで斜め後ろに大きく上昇する。斬撃が男の真下を通過した後、蒼い火柱が目の前に上がった。


「〈蒼炎そうえん〉……彼はどこに……?」

 いつのまにか消えていた怜を探すように地面を見下ろすが、姿は見えない。代わりに男の目に映ったのは、斬撃に飛ばされた黒煙の中から現れた炎の半球。ボンボルを守るように取り囲み、炎が揺らめいていた。

「なるほど。〈黒破こくは〉の共鳴爆破を防いだのはその魔法ですか」


 炎の半球が消え去ると、中からはやはりボンボルが姿を現した。ただし、なにかを投擲したような姿で。

「なにを……ッ!大剣は!?」

 爆発に呑まれるまで振るっていた大剣が、ボンボルの手からは消えていた。


 パシンッ。


 なにかを掴み取ったような音が、男の上空で響いた。

 咄嗟に真上を確認すると同時に、剣を抜いて防御の構えを取る。上空に、ボンボルの大剣を握り締めた怜の姿を確認したから。

 ガキンッと鈍い音を立て、刀身同士がぶつかり合った。


「くッ……!」

 自由落下を利用した斬撃に、男から苦悶の声が漏れたのを、怜は聞きとる。


「〈発火はっか〉!」

 詠唱とともに、怜の握った大剣が炎に包まれる。

 熱気に押されたのか男の防御がやや下がり、顔を隠していたフードに燃え移った。

 嫌がる素振りを見せる男に、これ以上の防御の手段は無さそうだ。


 地表付近まで落下を続けたところで、怜は魔力を剣へと送る。

 十分に魔力を補填し終え、剣技の発動にかかったところで、男は頭を振って燃えるフードを脱ぎ去った。

 怜の赤い瞳に、縦に瞳孔の開いた深い紫の瞳が、写し出された。


「ッッ!〈豪炎斬ごうえんざん〉!」


 地表近くで放った剣技は、落下の威力も相まり男を強烈に地面へと叩きつけた。

 

「兄ちゃん、やったか?」

 着地と同時に素早く距離をとった怜に、ボンボルが尋ねる。

「……手応えは、あったな」

 土煙のなか、男の姿は未だ見えてこない。しかし、剣技が直撃した感触はしっかりとあった。あの距離でもろに喰らえば、よっぽどの硬さ自慢でもない限り即死だろう。少なくとも、重症は免れないはずだ。だが——


「効きましたよ、だいぶね。危なかったです」

 男は、未だ立っていた。


「おいおい嘘だろ。まったくの無傷ってのはあんまりだろ」

 ボンボルが呆れたような声を出す。顔は俯いていて分からないが、男の体から出血は確認できない。骨が折れているような様子もなく、ただ平然と立っていた。


(なぜだ?手応えは確かにあった。剣技は直撃したはず……それにあの高さから叩き落とされたんだぞ?あいつに無傷で乗り切る硬度はないと思うが……)

 落下の重さを加えていたとはいえ、怜の体術に苦悶の声を漏らしていた男に単純な肉体的な強度があるとは思えない。黄昏時の、夕陽が照らす男の姿を注意深く観察する。


「斬撃がフェイクで〈蒼炎そうえん〉が本命。と、見せかけて〈蒼炎そうえん〉に紛れて私の上をとり、目眩しにしつつ大剣を投げ渡して落下を利用した体術を本命に方をつける。よく瞬時にそんな策を……お二人は、ずいぶん仲がよろしいようで」

 男が顔をあげる。見たところ、若い男だ。色素が抜け落ちたような銀色の髪に、深い紫の瞳、血色の悪い肌は真っ白で、生きた鼓動を感じさせないほどであった。


「ずいぶん具合の悪そうなやつじゃねぇか。手配ブックでも見ない顔だな。貧血で決着、なんてこたあねぇよな?」

「……木偶の坊、そこに転がってる鈍を拾ってくれ。俺の武器をやる」

 ボンボルから鈍を受け取り、大剣を投げ渡す。

「おう悪いな……ん?こいつは元々俺様の武器だぞ?」

「こいつは、一筋縄じゃいかねぇ」

 怜の言葉に、ボンボルは目を細める。


「あぁ、分かってる。こいつはつえぇだろうな。少なくとも簡単にやられてはくれねぇな——兄ちゃん、いざとなったら作戦Cだ」

「……そういえば俺も新しい作戦を思いついたんだよ、作戦D……いや、作戦Eだ」

 怜はボンボルの肩に触れ、魔法を発動させる。


「〈防炎鎧ぼうえんがい〉、〈火走ノ業ひばしりのごう〉、〈封魔ふうま火渡ひわたり〉——」

 最後に、大剣に触れる。

「〈封魔ふうま蒼炎そうえん〉——やりやすいように魔法をかけておいた。二人でやるぞ」

「はっ!二人で一気に押しつぶすってか?それは分かりやすくていいぜ」

「あぁ。援護する。——いけ!木偶の坊!」

「おうよ!」

 ボンボルが駆け出すと同時に、魔法を発動させる。

「〈炎川奔流えんせんほんりゅう〉」

 魔法が、ボンボルを飲み込む。だが——


「ほう。炎の上を……」

 炎の洪水の上を走るボンボルは、凄まじい勢いで男との距離を詰める。

「〈魔衝弾ましょうだん〉」

 一直線に男に向かっていくボンボルに魔法が放たれるも、炎の洪水が盾となるように攻撃を防いだ。


「〈炎操えんそう〉」

 怜に操られた炎は形を常に変化させ、男からの魔法を次々と弾く。


「うおらあぁぁぁぁぁ」

 雄叫びとともにボンボルが一閃する。炎が飛ばされかけるほどの風圧を起こした斬撃も、上空に逃げられ躱わされる。

 怜は足元の炎を変化させ、ボンボルを上空に跳ね上げた。

 重力に逆らいながら斬りつけるが、上空でも自由に身動きのとれる男は泳ぐようにして斬撃を避け続ける。

「空中戦は不利か……だが、木偶の坊に近寄られるのは嫌そうだな」

 青白い顔の眉間に、皺がよっているのを怜は見逃さなかった。


(やはり接近戦はこいつも不得手か?けど厄介なのは……)


 空中でボンボルと距離をとった男の右手に、魔力が集まり黒い球体が現れる。

「〈闇爆あんばく〉」

 男の手から滑り落ちた球体を、怜は〈炎川奔流えんせんほんりゅう〉で発生した炎全てを使い包み込む。

 小さく圧縮された炎はやがて、内部で爆発が起こったかのように一気に膨張し、黒い煙を吐きながら爆散した。


(チッ。勢いを弱めても爆発自体は防ぎきれなかったか、やっぱりこいつは闇属性の……)


 爆発した黒い球体から漏れ出た黒煙は、怜の火属性魔法が爆発した時とは違い、黒い靄のように揺蕩っていた。

 闇属性魔法——始源三法の一つ、禁じられた魔法だと、理解する。


 苦し紛れの一手のように、落下するボンボルが大剣を投げつける。爆発の黒煙が目眩しになるも、こともなく避けられた大剣は、高速で回転しながら空へと消えていった。


 魔法が不発に終わった男に、気にしたような素振りはない。怜は次の一手を打たれるよりも早く、〈魔衝弾ましょうだん〉を放つ。大剣の投擲に目を離していた一瞬の隙をついたつもりであったが、魔法は男の数センチ手前で弾かれる。


(〈魔防壁まぼうへき〉だろ?どこまで防御できる……?)

 大量の魔力を練り込んだ怜が魔法を放つ。〈魔衝弾ましょうだん〉だ。だが、魔力の壁に弾かれる。

 壁が消えるより前に、新たな〈魔衝弾ましょうだん〉が男を襲う。同じように、魔力の壁に弾かれる。

 今度こそ消えかけていた壁は、すぐさま再構築された。魔力の弾丸が、壁にぶつかる。


 弾丸と壁がぶつかる度に聞こえていた、ダンッという音が、徐々にその頻度を増していく。

 ダッダッダッと、響いていた音は、大雨がトタン屋根を打つように、ダダダダダッと大きく短く、休む暇もなく響き始める。


 何十発もの〈魔衝弾ましょうだん〉が、男に襲いかかっていた。


 降りかかる弾丸の雨を、男は壁を展開し器用に全て弾いていく。

「……物量で押し切るつもりですか?まるでビアスのようですね」

「量、だけじゃないぜ。——質もな」

 分かりかねるというような表情を男が見せる。それもそのはずだ。〈魔衝弾ましょうだん〉は難しい魔法ではない。魔術師となれば使えない方がおかしい、ごくごく普通の簡単な魔法だ。もちろん術者によって魔法の質は異なるが、怜の〈魔衝弾ましょうだん〉は数は撃てても一発一発が洗練されているわけではない。


 疑問を感じているであろう男は、動きを見せずにただ撃ち込まれる魔法を防御している。

 視界の隅にボンボルの姿が映るが、絶え間ない魔法の応酬に入り込む余地を測りかねているようだ。


 男は最初からボンボルを警戒し、近づかれることを嫌っていた。物理的な距離が近かったという要因もあるだろうが、男が講じた三度の攻撃の機会は全て、狙われたのは怜ではなかった。


「いけっ!!木偶の坊!!」


 魔法がぶつかりあう音にかき消されないように、大声を張り上げる。


 意を汲み取ったボンボルが、跳躍するような姿勢をとった。フェイントだ。


 男にも声は届いたようだ。意識が、ボンボルへと向かう。


(——ここだ!)


 大量の〈魔衝弾〉とともに、怜は魔法を唱えた。

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