サバ読んでる?



 前方から、巨体を揺らしながら突進してくるオーガが二体。

「分かりやすい的だな」

 三メートルに及ぶほどの体躯の巨人がこちらに向かって駆けてくる。その光景は、人によっては恐怖そのものだろう。

 だが今は、さとしにとっては都合がよかった。


「あんまり器用じゃねぇしな……」


 左手を前方に突き出すと、魔力を込める。

 のしのしと巨体を揺らすオーガは、直線的な単調な動きでまっすぐこちらに駆けてくる。


「〈炎槍えんそう〉」


 炎の槍が、オーガの一体に向かって飛んでいく。

 ゴブリンたちの打ち出した矢より、まっすぐ早く飛んでいく炎の槍は、オーガに防御をする時間を与えなかった。

 一瞬動きを止めるも間に合わない。怜の打ち出した槍はオーガの胸に突き刺さり、そのまま後ろへと吹き飛ばした。


「貫通はしねぇか……貫くならもっと魔力を込めねぇと……」


 槍が突き刺さったオーガは、『ガアァァァァァ』と悲鳴をあげたのち、炎に包まれ燃え始める。

 生命力は非常に強いようだ、燃え盛りながらも、しばらくは悲鳴をあげてもがいていたが、落ち着く頃には焼け焦げた黒い塊になっていた。


 味方が炎上するのを、不意を突かれたように見守っていた魔物たちは、正気を取り戻したようで怜に向きあう。

 思い思いの——おそらく雄叫びをあげて突進を再開する。


 群れの真ん中に、〈炎弾えんだん〉を打ち込む。

 コボルトの一体に着弾すると同時に、小規模な爆発が起こった。

 爆風に呑まれ、ゴブリンやコボルトの一部がその場で吹き飛び倒れるが、残ったオーガの一体にはそよ風程度のものだったようだ。


 起き上がろうとする魔物の数体に、小ぶりな炎の槍が突き刺さる。

 先ほどオーガを突き刺したものより小さな槍は、オーガの時と同じようにその場で魔物を火だるまにした。


「うまくいくもんだな……名付けて〈炎槍千本えんそうせんぼん〉ってとこか?」


 怜が打ち出した複数の小さな炎の槍は、元から扱えた魔法ではなかった。

 咄嗟に思いついた魔法が、難もなく実現できたことに感動を覚える。


「まぁ命中率は……要改良ってとこか」


 〈炎槍千本えんそうせんぼん〉と名付けた魔法が命中した魔物はせいぜい三割ほどだ。目標を見失い、地面に刺さった炎の槍は、プスプスと音をたて鎮火する。


 自分たちの劣勢を悟ったのか、ゴブリンやコボルトの中には、武器を投げ捨て逃走し始めるものも出始めた。

 残った一体の、大剣を携えたオーガは、先ほどから動きを止め、こちらの出方を観察しているようだったが、逃げ出すゴブリンの一体を捕まえ、こちらに投擲してきた。


「え?……まじかよ」


 予想していなかった攻撃に、怜は少しだけ反応が遅れる。

 付近をさっと見まわし、人が腰掛けられるほどの大きさの岩を確認すると、意識を集中し、魔力を練り上げる。

 ガリッと魔力が削れる感覚があった後、岩が持ち上がる。

 ジタバタしながらこちらに飛んでくるゴブリンを浮遊した岩で防ぐと、砕けた岩が散乱し、ゴブリンは動かなくなった。


「やっぱ干渉術は魔力の消費がはんぱねぇ……コスパは最強に悪いな。使えねぇ」


 攻撃が防がれたのを確認すると、オーガは新たに魔物を掴み投擲し、間髪入れずに二体目の魔物を投げつけてきた。

 岩をもってきては防ぎきれない攻撃に、〈炎弾えんだん〉をぶつけて吹き飛ばす。


(そろそろあいつを消し飛ばすか)


 視界に新しく魔物を投げつようとしているオーガを捉える。

 人目のある現状で、試したいみたい魔法はある程度確認できた。

 護衛対象の商人たちが怯えている状況で、時間をかけてしまうのも良くないと終わらせにかかる。


 怜は〈炎槍えんそう〉を打ち出し、オーガが掴んでいたコボルトを撃ち抜く。


「よし、だいぶ感覚も戻ってきたんじゃねぇか?」


 狙い通りに撃ち抜けたことに満足する。

 唐突に投擲物を失ったオーガは、一瞬呆気に取られたような反応を見せ周りを見回すが、手の届く範囲に投げつけられる魔物はもういない。


「そろそろ終わらせようぜ。お前に殴られたら俺なんてひとたまりもねぇからよ」

 ひとりごとのつもりで呟いたつもりであったが、魔物の鋭敏な聴覚は怜の言葉を拾ったようだ。

 オーガは大剣を握りしめ、怜の元へ駆け出すような構えをみせて——やめた。


「ん?」

 唐突に動きを止めたオーガを訝しく思うも、いつでも魔法を打ち出せるように準備を整えて警戒する。

 魔物の感情を察する術は怜にはない。なにを思って足を止めたかは分からないが、オーガは、醜悪な顔を歪めるようにして、嗤った——


 直後、背後から馬の鳴き声と、商人たちの悲鳴が聞こえた。

 怜は首だけを動かし、横目で後ろを確認する。

 馬車の陰に隠れていた商人たちの更に後ろから、魔物の群れが、奇声をあげて飛び出してきた。


 背後からの強襲にいち早く気づき悲鳴をあげた商人——怜たちを乗せていた荷台を引いていた御者は、死を覚悟したのか固く目を瞑り、両手を握りしめていた——


「〈炎城壁えんじょうへき〉」


 さとしの呟くような詠唱の後、炎の壁が舞い上がる。

 ゴオォォォと、音をたて現れた炎の壁は、先ほどゴブリンの矢を凌いだ時のものよりずっと広範囲に展開され、ずっと強固で、ずっと高く舞い上がった。

 現れた炎の壁の中、魔物たちは悲鳴をあげることも許されずに焼き払われる。


 しばらく燃え盛っていた炎は、役目を終えると霧散した。

 突然の奇襲に腰を抜かしていた商人たちの上空を、白い灰が風に流されていく。それが、自分たちに襲いかかろうとしていた魔物だったもの。

 目前に迫っていた脅威は、そよ風に流され過ぎ去っていった。


「挟撃を狙ってるのは気づいてたさ……木偶の坊がな」


 表情を消した顔で、オーガを見る。


「あとは、お前だけだな」


 語りかけると、オーガは一歩後退し、踵を返して逃走し始めた。

 追撃をかけることはしなかった。いや、怜にその必要はなかった。

 ドシドシと豪快な音を立て走り去っていたオーガは唐突に動きを止めたかと思うと、その場で粉微塵に切り刻まれた。


「いい仕事だったじゃねぇか兄ちゃん」

 肉片となったオーガの向こうから、血みどろの大剣を担いだ化け物が歩いてくる。


「おう……お前って本気で強かったんだな……なんかもう、引くわ」

「あぁ?ったりめえだろ。俺様は冒険者ボンボルだぞ?あんな雑魚どもに遅れはとらねぇよ」

「ゴブリン爆散してなかった?蹴っただけで普通あんなんなる?」

「まぁ俺様レベルにもなると人間くらいなら素手でも粉微塵よ」

「……」

 人間相手にやったことがあるのかと、今の怜に質問する勇気は湧かなかった。


「お二人とも!」

 振り向くとヴァレミーが興奮した様子で駆けてきた。


「ありがとうございます。本当に助かりました。まさか群れに遭遇するとは……」

「なぁに、これが俺たちの仕事だからよ。ヴァレミーさんたちも怪我はなかったかよ?いきなり後ろから強襲だもんな」

「もう全く。エックスさんに守っていただいていたおかげで、みな怪我のひとつもありません……ただ、馬が怯えきってしまっていて、このまま付近で休憩をとりたいのですがよろしいでしょうか?」

「おう、それは好都合だ。俺らも休みてぇって思ってたころだしよ」

「戦闘でおつかれですものね。出発までゆっくりと体を休めてください」


 怜は馬車酔いで休みたいと言っているように聞こえたが、ヴァレミーは違うようであった。

 商人の元へ戻っていく背中を見送った後、ボンボルに声をかけられる。


「しかし兄ちゃん思ったよりもやるじゃねぇかよ」

「相手が相手だったからな。知性も力もほとんどないやつらだったしよ」


 足元に転がっている、岩で防いだゴブリンを見下ろしながら答える。


「敵はそうだったけどよ、魔法の方だよ」

「……魔法?」


 怜の中で、とりわけ目を引くような魔法を使ったつもりはなかった。もの珍しさで言えば、即席で作り出した、〈炎槍千本えんそうせんぼん〉くらいのものだろうか。


「おう、初めてみたぜ。あれが〈炎城壁えんじょうへき〉ってやつなんだな」

「それほど難しい魔法でもないぞ?」


 〈炎城壁えんじょうへき〉はイスティフの時代、上級魔法と呼ばれる高等魔法であった。

 ただし、初級魔法に分類される〈火炎壁かえんへき〉の上位互換的な魔法として、〈火炎壁かえんへき〉を操り、育てあげたものにとっては、習得の難しい魔法ではなかった。


「そうなのか?まぁかなり古い魔法らしいからな。かつての強国を守護した炎の城壁っていう事しか知らねぇ。——今の時代使い手も少ねぇだろ?」


(……これ時代遅れの魔法って言われてる?めちゃくちゃかっこよく焼き払ったつもりだったぞ?俺ってもしかして今の時代、化石みたいな魔術師ってことか?)


「どうせ俺なんて流行についていけねぇじじい魔術師さ」

「なに拗ねてんだよ?褒めてやったつもりだぞ?あんな魔法であんな派手に殲滅するなんて兄ちゃん思ったよりやるやつだな」

 こいつは後で殴ろう。怜は固く誓いをたてる。


「でもよ、兄ちゃん油断してたろ?ゴブリン投げてくるなんて想像してなかったか?一瞬反応遅れてたぞ」

「……まぁちっとはびびったよ」

「おいおい冒険者は油断大敵だって教えただろうが。まぁなにか確認しながら戦ってたみてぇだし余裕もあったんだろうがよ。気をつけろよ?」


 思ったよりも見られていたようだ。そんな事教えてもらったか?と思ったが、宿屋の食堂で聞いたような気もする。


「特に兄ちゃん接近戦は苦手だろうしよ。……そういえばえらく軽装だが守りは固めなくていいのかよ?」

「体術は苦手なんだよ。ガチガチに固めて動きにくくしても魔法が使い辛いしな。肉弾戦になったらまぁ……なんとか抵抗して無理なら泣く」

「男の泣き落としで許してくれるやつがどこにいるんだよ。剣の一本くらいは持っといてもいいんじゃねぇか?」

「そうだな……気が向いたらな」

「よし!じゃあ街に着いたらまずは兄ちゃんの剣を探しに行かねぇとな!」


 やんわりと断ったつもりであった怜だったが、ボンボルはそうとは捉えなかったらしい。


「冒険者稼業を教えるついでだ、暇な時に剣術も教えてやるよ!」

「あ、いや、俺は……別に剣を扱いたいわけじゃ……」

「なぁに遠慮すんなって!俺様に教われば魔物風情ばったばったと斬り伏せられるだろうよ。そこそこの使い手とだってやりあえるようになるかもしれねぇぞ?」


 怜の背中をばしばしと叩いてくるボンボルは上機嫌に豪快な笑い声をあげる。

 先ほどのゴブリンの惨状を見ていた怜は、恐怖で竦みあがり言葉も出ずに固まった体を叩かれていた。


「まぁ俺の剣術は我流だが体術はある程度しっかりした基礎を師匠から教わってるからよ。聞いといて損はないと思うぜ?」

「……そのお前の師匠は信頼できるのかよ?」

「当たり前だろ!なんたって俺の師匠だったんだからよ!こんな強えぇ俺様を育てあげたんだ、そりゃ師匠も強かった!信頼できるぞ!」


 こいつは強ければ誰でも信頼するのかと、野生動物ばりの思考回路に戦慄が奔る。


「いやほんと師匠はすげぇ魔術師だったんだよ。属性魔法も四属性全て使いこなしてな、体術も強かった。あれは前はきっとさぞ高名な魔術師だったんだろうよ」

「……ん?お前師匠がどんなやつだったのか知らねぇのか?お前と出会う前は何してたとか」

「知らん。名前も知らん。師匠も偽名だった。というより師匠から偽名を使うようにって教わったくらいだ」

「やべぇじゃん」


 怪しすぎると心の中で怜は絶句する。

 少なくともイスティフの時代においてはほぼ習得不可能な四属性全ての魔法を使いこなし、体術にも秀でる偽名の魔術師。

 国家レベルでの重要戦力になり得るであろう存在がボンボルの師匠をしていたというのは、いやでも裏を考えてしまう。


「そんなこと言うなよ……村でハブられてた俺を七歳の頃に旅に連れてってくれたんだからよ。師匠も名前を聞けば教えてくれたと思うぜ?師匠はもう師匠って呼ぶのが普通になってたから名前も気にならなかったけどよ」


(……こいつもしかして固有名詞覚えられないんじゃないのか?)


「師匠がいなけりゃ俺は今頃陰気な引きこもりになってただろうさ。そういう面でも信頼できる人だったぜ?」


 ボンボルが陰気な引きこもりになっている姿は想像できなかったが、恩人であるのだろう人物をやばいと言ってしまった事に、怜は少しだけ罪悪感を刺激される。


「……そうか。なら暇な時にでも教えてくれよ、体術」

「おう!任せとけ!」

 怜の罪悪感から出た言葉に、ボンボルはニカッと笑った。


「じゃあ出発まで昼寝でもするか!馬のあの怯えようじゃしばらくは治らん。どうせ馬車の中じゃ戦いが待ってるんだからよ」

「お前まだ寝るの?昨日死ぬほど寝てただろ」

 豪快に笑いながら歩き出すボンボルを隣に、怜は一緒に歩き出す。


 二人が歩く背後で、ゴブリンがむくりと起き上がる。岩にぶつけられたゴブリンだ。

 絶命には至らなかったようだが、ダメージは相当なものだったのだろう。

 おぼつかない足取りながらも、音を立てずに二人の背後に忍び寄る。


 二人の背中に手が届きそうな距離にまで到達した時——

「グァーーーーッ」

 寄生をあげて、飛びかかる。

 死ぬ間際最後の足掻き。一人でも道連れにしようとしたゴブリンの突撃は——


「グガッ!?」


 ゴブリンの真下から舞いがった炎の牙に貫かれ、失敗に終わった。


「なんだ。気付いてたのかよ兄ちゃん」

「お前が教えたんだろ木偶の坊。冒険者は油断大敵ってな」


 少しだけ笑みを浮かべ、ボンボルの顔を見る。

 なにかを考えるような表情をしていたボンボルは、恐る恐るというように口を開いた。


「今のが敵を喰らう炎と呼ばれた古の魔法〈炎牙弾えんがだん〉……兄ちゃん実は年齢サバよんでねぇか?」


(……お前にだけは言われたくねぇ……いやまぁサバよんでるけど)

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