レンカ



「大変申し訳ございませんでしたあぁぁぁ」

 さとしとボンボルは、ヴァレミーに頭を下げて謝罪する。


「いえ……商品がだめになったわけでもありませんので……ただどうしてもと言ってくだされば馬車を止めたのですが……」

「すまねぇヴァレミーさん……冒険者ってのは、己の苦境を悟られてはいけねぇ生き物なんだ」


 悟られるもなにも思いっきり爆発さしたやんけ、とでも言いたげなヴァレミーの表情であったが、頼りにしてますと言い残し休憩にもどった。


「おい木偶の坊、お前のせいだぞ。豪快に吐き散らしやがって。俺の運賃請求されたらお前も出せよ」

「いやぁ、いけると思ったんだがな。全然無理だった。天気がいいのが悪いんだよ。順調に進みすぎてついついな」


 全く反省はしていないようだ。盛大に吐き出したことで、いくぶんか気分は優れたが、出発前より商人たちの目が冷たい。


「まぁ冒険者ってのは過酷は仕事なんだ。溜めすぎるのもよくねぇ。たまには盛大に吐き出さねぇと心と体がもたねぇぞ?」

 盛大に吐き出すってそういうことじゃねぇだろ、と思いつつ水で口の中を濯ぐ。


「お前本当に腕利きの冒険者なのかよ?適当言われてるようで不安だ」

「なっっ……おいおい兄ちゃん安心しろって。俺はこれでもそこそこ名の売れた冒険者。俺がばっちり兄ちゃんを一人前にしてやるよ!」


 胸を張るボンボルを、怜は疑いの眼差しで見つめる。


「なんだよその目は!一緒に盛大に吐き散らした仲じゃねぇか!俺らもうゲロ友だろ?仲良くやっていこうぜ!」

「舐めんな!いらんわそんな友!」

 しばらくいがみ合っていたが、ボンボルは急に表情を引き締めると、怜に問うてきた。


「兄ちゃんって魔術師なんだよな?」

「ん?……あぁ多少だが魔法が使える」

「そうか……なら今のうちに俺らの布陣を考えておくとしようぜ。——得意魔法はなんだ?」

「火属性が使える。そのほかの属性は使えん。あとは無属性だ」


 この世界の魔法には、属性魔法と呼ばれる魔法が存在する。

 属性魔法とは、地、水、火、風の四種類いずかの属性を帯びた魔法だ。先天的に属性を宿していることもあれば、修行により後天的に属性を身につけることもできる。

 四大属性と言われるこれら四つは、魔法の主流として、太古の昔より進化発展してきた。

 だが、属性の習得は非常に難易度が高く、先天的なものを除き、一つの属性を開眼させるのに何十年という年月を重ねると言われていた。

 イスティフの時代では、の話だが——


「なるほど、属性は一つだけか。——無属性はどうなってる?」


 ボンボルの口ぶりから、この時代においては複数属性を操る魔術師は珍しくはないようだ。森で戦闘になった魔術師も、二つの属性を操っていた。

 今の魔力が弱まり、火属性魔法のみしか扱えない状態の怜では、魔術師同士の戦闘になれば苦戦が予想される、と警戒心を強める。


「一通りだ。——召喚、結界、封印、干渉は基礎的なもんだ。自信はねぇ。感知はそれなりにな。幻術は一つだけ。体術はからっきしだ」


 始源三法しげんさんぽうと呼ばれる、原初の時代から存在すると言われている三つの魔法。そのうちの一つが無属性魔法だ。

 この世界では誰もが有する魔力。その魔力を具現化し操るには才能と鍛錬を要する。

 魔力に属性を纏わせずに操るのが無属性魔法だ。

 召喚、結界、封印、幻術、干渉、感知など、属性の分類が明確ではないものは基本的に無属性魔法として扱われる。怜が森で使用した〈魔衝弾ましょうだん〉も無属性魔法に属するものだ。

 魔力を用いた体術も、昔は無属性魔法として分類されていたが、イスティフの時代より少し前、魔法を具現化し放出せず、武器や体に属性を纏わせる技術が編み出されたことにより、体術という独立した手法が編み出された。


「なるほどなぁ……よしわかった!俺と兄ちゃんの作戦を今考えた!」

 得意気な表情のボンボルは、右手の人差し指を立てる。

「一つ目は作戦Aだ。こいつはまず俺が敵へ向けて突っ込む!」

(……ん?)

「そして兄ちゃんが魔法をぶっ放す!……以上だ」

「……おーう」

(脳筋じゃねぇか。……いやまぁ、作戦Aだしな。とりあえずは総攻撃か。……そうなのか?)

 ボンボルはさらに中指を立てて続ける。

「二つ目は作戦B!」

「おう!」

「兄ちゃんが魔法をぶっ放す!俺が突っ込む!以上だ!」

「一緒じゃねぇか!」

 違いはどこにあるのか。どちらが先かというだけの作戦でもない作戦だ。


「もし兄ちゃんの魔法が通用しないようなら俺に任せてくれていいからな!敵を掃討するまで茶でも飲んでてくれ」

「……お前が役に立たなかった場合はどうすんだ?」

「俺が役に立たねぇことなんてあるわけないだろ?」

 ボンボルは当然というように、不思議そうな顔をする。いざとなったらこいつは見捨てよう、と怜はひっそりと自身の安全を確保する為の作戦を立案した。


「とりあえず今のとこ思いつく作戦はこんなもんだ」

「……まじかよ」

(やばい。だめそうだ)

「まぁ実戦を重ねたら新しい作戦やら理想的なフォーメーションが完成するだろ。……兄ちゃん他に作戦はあるのか?」

「……とりあえず実戦を重ねてお互いの技量から作戦を立案しよう。論ずるだけで実際やってみるとうまくいかない事なんて山ほどあるしな。戦いの中で成長していこう」

「……深いこと言ってんじゃねぇか……顔に似合わず知的だな。兄ちゃん」


(俺だってしっかりとした記憶は現代日本で平和に生きてた高橋怜の記憶しかねぇんだよ。戦いの作戦なんて思いつかねぇよ……イスティフの頃なんて力に任せて暴れてただけだぞ?作戦もくそもねぇ)


 ボンボルと同レベルの作戦しか思いつかった事に必死に言い訳を並べる。


(俺はまぁいいとして冒険者歴長そうなこいつがあの程度の作戦しか思いつかないってどうなんだよ……)


「なぁ木偶の坊」

 隣で鼻に指を突っ込んでいたボンボルは、んぁ?と声をあげ怜に視線を移した。

「お前そこそこ冒険者歴長いんだろ?これまでどうやって戦ってきたんだよ?」

「んー?あぁー、長いっつってもせいぜい六年くらいだぞ。冒険者なる前は師匠のもとで言われるままに戦ってたな。なってからはずっとソロでやってきて、コンビでやってたのなんて前の連れと一年くらいのもんだ。連れはめちゃくちゃ頭がよかったからな。作戦もぜーんぶそいつに任せてた」


(こいつ……俺が賢くねぇみてぇな言い方しやがって)


「師匠は死んじまったし前の連れは行方不明だし……もっと頭使う仕事も教えてもらっておけばよかったぜ」


 こいつと関わった人間は悲惨な道を歩んでないか?と、一瞬よからぬことが脳裏をよぎった怜であったが、自分もそうなる可能性がある以上、気づかなかったことにした。


「その二人は教えてくれようとはしたのかよ?」

「あぁ……最初のうちは教えてくれてたんだぜ?まぁでも教えるってのも体力使うんだろうな。しばらくしたら二人とも『もういいからお前は敵に突っ込んでこい』っつってよぉ。俺がばっさばっさ敵を斬り倒してたわけよ」


(……逃げたな……二人とも)


 おそらく二人とも、知能の足りてないボンボルに教えるのを放棄したのだろう、とさとしは判断する。


「まぁ連れの時はともかく、師匠に教えてもらってた時は俺もガキだったからな。難しくて理解できなかったことも多かったもんだからよぉ。反省だ反省」


 この反省は次に活きないだろうと思うも、怜は不意に気になったことを訊ねる。


「ガキだったって……そういえばお前今いくつだよ?」

「ん?今年二十歳になったとこだ」

 衝撃の事実にピシッと、怜は固まる。


(……こいつ……前の世界の俺より年下なのかよ!どう見ても二十歳じゃねぇだろ!勢いそのままにタメ口聞いてた俺のビクビクを返せよ!)


「そういう兄ちゃんは今いくつだ?俺と一緒ぐらいか?」

「あ、あぁ……俺も……こないだ二十歳になったとこ……だ」

 高橋怜として二十八年。イスティフを含めると最低でも三十年生きてきている怜であったが、何故かサバをよんで、ボンボルに合わせた。


「なーんだやっぱりタメじゃねぇかよ!なんとなくそう思ってたんだよこんやろー!じゃあこれから遠慮なく仲良くしていこうぜ、ゲロ友!」

「てめぇゲロ友はやめろ!てかこれまで遠慮してたのかよ!」

 笑いながら肩を組んでくるボンボルを、重い熱いと引き剥がしにかかるが、肉体的な攻防はボンボルに分がある。もみくちゃにされながら、怜はジタバタともがいた。


「連れも同い年だったからよぉ。もうちょい早く出会ってれば三人で仲良くパーティでも組めたかもしれねぇなぁ」

 一通り怜をもみくちゃにした後、ボンボルは少し声のトーンを落として呟いた。

「ったく……どこに行ったのやら……」

「……もう会えないと決まったわけじゃねぇ。またこれから、再会できるかもしれねぇだろ」

 少し寂しそうな表情をするボンボルに、柄にもなく慰めの言葉が出た。

 ボンボルは意外そうな顔をした後、そうだなと、静かに笑った。


「そういえば兄ちゃん、前は流れの傭兵だったんだろ?」

 怜が自分で言ったわけではないが、ボンボルの中ではそういうことになっているらしい。

 少し間ができたが、「あ、あぁ…」と、歯切れの悪い返事を返す。


「ちょっと思い出してな、聞きたいことがあるんだけどよ……『赤の商人』って知ってるか?」

「ん?……『赤の商人』……か?」

「あぁ……何を売っているのかは知らねぇ。ただ商人だ。真っ当な商人なのかそれとも闇まがいの商売をしてるのかも一切分からん」

「……いや、聞いたことないな」

「そうか……諸国を渡ってきた流れもんなら知ってるとおもったんだがな……すまねぇ」

「お前はどこで聞いたんだ?その『赤の商人』ってのを」

「いやな、連れがいなくなるちょっと前に聞いてきたんだよ。『赤の商人』ってのを知らねえかってな」


 怜は目の前で休憩している商人たちを見る。


「……普通に考えるなら、赤色をトレードマークにした商人ってとこか?」

「あぁ……ただまぁ、そう普通ではねぇだろうな」


 商人たちは、馬車を引いてきた馬を労ったり、集まって談笑したりと、思い思いに休憩時間を過ごしていた。


「それこそ向こうで休んでる商人たちに聞いたらどうだ?商人のことは商人だろ」

「……俺も最初はそう思ったんだ。だから連れと一緒にいる時、商人に聞いてみたんだよ。『赤の商人』ってのを知らねえか?ってな……そしたら連れは、怒りやがったんだよ」

「怒った?」

「あぁ……なんでもそれは一般人に聞いていいことじゃねぇってな。どこで誰が聞いているか分からねぇから信用できる一部の人間以外には絶対にその名を出すなってよ」

「……それは、きな臭い話だな……でもいいのかよ?それを俺に聞いちまって」

「あ?兄ちゃんは信用できるだろ。なんたってゲロ友なんだからよ」


 ゲロ友はやめろ。と、言いたかった怜ではあるが、言葉は出てこず、胸の中で散布した。


「他にはなんか言ってなかったのかよ?」

 怜の問いに、ボンボルは額に指を当て思い出すように唸る。

「んー、そうだな。——いや、たぶん何も言ってなかった。うん、絶対だ」

「お前の記憶はあてになりそうにねぇからなぁ……」


 信用のない怜の言葉に、なにが面白いのかボンボルは、はっはっはっ、と豪快に笑う。

 しかし少し笑うと、難しい顔になった。


「だがな、一年くらいほぼ毎日一緒にいたんだ。だからちょっとだけ分かるんだがな、あいつは理由もなく勝手にいなくなったりしねぇ。せめて一声かけていくはずだ。——それに、様子がおかしかった」

「……いなくなる前にか?」

「あぁ……なんて言うか……必死って言うのか?うまいこと言えねぇが……すんげぇ困ってたな、そんな感じだ。信心深いやつでもなかったと思うんだが、しきりに教会に通い詰めてたしな」


 ひどく抽象的な言い方ではあったが、鬼気迫る何かが、ボンボルの元連れを非常に追い込んでいたということはわかった。


「最後はなにも持たずにいなくなっちまったんだよ。服も金も持たずにな」

「……は?すっぽんぽんでいなくなりやがったのか?」

「あいつにそんな性癖はなかった。たぶんな。——ただ、たまに思うんだよ……連れはな、その『赤の商人』ってのに……連れ去られたんじゃねぇか……ってな」

 ボンボルは、目つきを少し険しくし、呟くように言った。


「……まぁあいつもそこそこ強いやつだった。争った形跡もなかったし、自分からいなくなったとは思うがな」

「……そうか」

「悪いな兄ちゃん。べらべら喋っちまって。そろそろ休憩時間も終わりかもしれねぇ。商人たちのとこに行こうぜ。ゲロった上にもたもたしてると報酬も引かれるかもしれねぇ。今ほんとに金がねぇんだよ」


 湿った空気を振り払うようにボンボルは笑い、歩き出す。

 怜は、先程かけた「もう会えないと決まったわけじゃない」という慰めを、今度は口に出すことができなかった。なぜなら——


(服はそのままで人だけ消える……まさかな)

 そんな魔法に一つだけ、心当たりがあった。

(……いや、ありえねぇ。考えすぎ、か)

 怜は自分の考えを振り払い、商人のところへ向かうボンボルの後ろ姿を見る。


「なぁ木偶の坊」

 怜が呼び止めると、ボンボルは足を止めて振り向いた。

「その連れの名前は、なんていうんだ?」

 好奇心からか、そんなことを聞いていた。


「ん?連れの名前か?——別に教えてやってもいいが、あれは偽名だぞ?」

「分かるのか?」

「まぁ偽名を名乗るやつなんて珍しくはねぇしな。それにあいつは分かりやすく魔法の名を偽名に使ってやがったからな」

「……魔法の名を?」

「あぁ。なんでそれを使ってたかは知らねぇけどよ」

「なんの魔法だ?」

「……あいつが偽名に使ってた魔法は——





——『レンカ』だ」

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