こいつは小動物並だ



「いやぁ悪かったな兄ちゃん。人違いってやつだ。勘弁してくれ」

「……」

 宿屋の食堂で、机を挟んで反対に座る男から、さとしは謝罪を受けていた。


「連れの男に似てたからよぉ、もうほんとそっくりだったんだよ。てっきりそいつと勘違いしちまった」

 男は白い歯を見せ、笑いながら釈明する。

「はぁ……それ謝ってんのかよ……まぁいいけどよ」

「おっ!さっすが!器がでかいね!飯代でもたかられるかと思ったぜ」

「そいつは奢れ」

「なっ!!」

 大袈裟なリアクションをとる男を見て怜は思う。こいつはバカだ、と。

 こういう輩とまともに相手をする必要はない。ストレスが溜まる。


「まぁ……一食くらいなら……いやー、でもほんと兄ちゃん似てるよな。言われなきゃ別人だと分からなかったぜ」

「……そんな似てたのか?」

「おう。まぁあいつは茶髪で瞳の色も兄ちゃんとは全然違うがな」

「結構最初に分かるとこだろ」

 どうやら視界に混濁こんだくがあるようだ。顔が似てるというのも信用ならない。


「まぁ背格好?それはまんま同じようなもんだ。俺よりチビで俺より細くて俺より弱そうだ」

「よし。お前喧嘩売ってんだな。よく分かった。表でろやこら」

 どうやらこいつにデリカシーはない。悪意がないのは快活そうな笑顔から感じるが、人間として色々なものが欠落しているらしい。


「あー、わりぃわりぃ。すまんかった。悪気はねぇんだ。でっけー器で許してくれ」

 謝罪とも言えない謝罪に、怜の怒りは一周回って鎮火する。

 このバカをまともに相手してはいけない。きっと小動物並みの大きさの脳みそしか持ち合わせていないに違いない。

 容量の小さい脳みそで必死に生きてるこいつに知能指数で挑みかかるのは人間としての威信に関わる。


「ん?兄ちゃん今なんかすげぇひでぇこと考えなかったか?」

 第六感は優れているらしい。自分に対する危機感知センサーは発達しているようだ。やっぱりこいつは小動物並みだ。


 さとしは痛む首を左へ傾ける。

 朝の受付とは違う給仕が、二人の机に料理を運んできた。


「まぁでもよ、そいつは体格こそ平均的なやつだったんだがすげぇやり手だったんだよ」

 口の中に料理を詰め込みながら男は勝手に喋り始めた。


城砦国じょうさいこくの国境近くで出会ったんだがな、もう魔法のキレがすげぇんだよ。あの国で魔物退治の傭兵として雇われてたみてぇでよ」

「あの国……その城砦国か?」

「あぁ。知らねぇか?城砦国。大陸南部から流れ込んでくる魔物を食い止めてる、文字通り人類の城砦じょうさいみてぇな国だ」

「へぇ…」


 千年前も南部からの魔物の侵攻は脅威であった。

 自然発生的に誕生する魔物は、『瘴気しょうき』という魔力とも違う力を秘めており、人間の体内に取り込まれると毒のように体に害を及ぼす。

 個々体の性能、強さにはばらつきがあり、一般人でも対処可能なものから、鍛え上げられた軍人数人がかりでも討伐に労力を要する魔物まで様々だ。

 怜がイスティフとして生きた時代には、人類の圧倒的強国によって侵攻は食い止められていた。


「とりあえずだ、そいつは前の戦争で家を失くしてから、城砦国で傭兵として働きながら金を貯めて旅にでたらしくてよ、そこで俺と出会ってしばらく一緒に行動してたってわけよ」

 立派なもんだな、と怜は気持ちのこもらない返事を投げつける。

 男は自分の分の料理をもう半分近く食べていた。


「その保護者……連れとは今一緒じゃねぇのか?」

「あぁそれがよ、四ヶ月近く前になんにも言わずにどっかに消えやがった。ちょうど皇国の国境近くで勢力同士の衝突が始まったころだ」

 愛想を尽かされたんだな。こんな阿呆としばらく行動を共にしていた猛者もさに同情する。

 勝手に喋り続ける阿呆の話を流し聞いていた怜だったが、気になった言葉を問いかける。


「勢力同士の衝突?」

「おう。——前の戦争で大陸中央地域がめちゃくちゃになっただろ?これを機に自分たちの国を興そうってやつらが束になって勢力を作ってやがんだ。まぁ数も多くて決定的な主勢力がいる訳じゃねぇし、勝手にドンパチやってるようなもんだがな」

 なるほど。大陸の中央地域はどうやら今現在戦いの多い危険地帯らしい。むやみやたらに首を突っ込むとそのまま首が飛んでいきそうだ。


「四ヶ月くらい前にそこそこの勢力同士の衝突があっんだが……聞いてねぇか?」

 さとしは首を振って聞いてないと答える。痛めた首に軽い痛みが走る。首を左に傾け、再度筋を伸ばす。

 男は自分の分の料理を綺麗に平らげていた。


「そうか……それなりの戦闘になったんだがな。皇国も国境近くに軍を集めて警戒してたぐらいだ。——まぁそんぐらいの時期にいなくなりやがったんだよ」


 皇国も城砦国もイフティフの時代には存在しなかった国だ。

 大陸中央地域がめちゃくちゃになるほどの戦争があったこの世界で、国が存続しているという事はそれなりの強国なのだろう。

 話に聞くと城砦国は魔物との戦いが激しい国だ。それなら身を落ち着けるには皇国が安全か、と怜は考える。


「ところで兄ちゃんはなんでこんなとこまで来たんだ?俺は近くの街を拠点にしてるんだがよ、街道の魔物退治の依頼を受けてバッサバッサ狩倒してたんだよ」

 阿呆の質問に、怜は答えに詰まる。


「見たところ冒険者だろ?魔術師か?俺の拠点じゃ兄ちゃんみたいなやつ見かけなかったけどよ、拠点はどこなんだよ?」

「……拠点はまぁとくにない。冒険者って言われたらまぁ冒険者みたいなもんだ」

「おっ、流れの傭兵か?まぁ俺にもそんな時期はあったさ。ふらふら気ままにやってくのもいいけどよ、拠点に腰を据えて働いてみるのもいいもんだぞ?」


(こいつ、人をニートみたいにいいやがって……ん?でも俺って仕事してるわけじゃねぇよな?働いてないよな?え、ニートじゃん……)

 男の言葉に一瞬腹を立てるが、すぐに怜は自分の現状を把握し絶望する。


「兄ちゃん悪いやつじゃなさそうだしよ、どうだ?一回俺の拠点の街に行って冒険者してみねぇか?」


(……冒険者か……聞くところによると魔物の討伐や街道の整備とかの依頼を受けて成功報酬を受けとって生活していくんだよな?……職は欲しいが

危険がつきまとうな。現状で決めるには難しい……)


「つっても始めたてのころなんてどうすりゃいいか分かんねぇよな。——よし、兄ちゃんが一端の冒険者になるまで俺がしばらく一緒に依頼に同行してやるよ!先輩にマンツーマンで指導してもらえるなんてありがてぇ話だろ?」

 怜の不安を読み切ったかのように、男が料理を頬張りながら提案する。どうやら面倒見のいい阿呆のようだ。


「……いいのか?今日出会ったばっかのやつとそんな約束しちまって」

「なぁに、連れにも最初は俺が先輩として冒険者ってのを教えてやったんだ。基本俺はソロでやってんだが、二人でやるのも楽しくていいじゃねぇか」

 ニカッと笑う男から、悪意は感じない。

「……それによ、俺も昔は傭兵としてふらふらやってた時もあったんだ。だからまぁ……ほっとけねぇみたいなやつさ」

 穏やかな笑みを浮かべる男を、怜は少し意外に思う。


 つい先程出会ったばかりの陽気そうな男。それが怜の抱いた印象だった。

 悩みなどなにもなさそうなこの男も、魔物が溢れ、戦いが身近なこの世界に生きている。そこには辛く、後ろ暗い過去も背負っていまこの瞬間を生きているのだろう。

 出会ったばかりの人間を「ほっとけない」、と言った男を、怜は少しだけ見直した。


「まぁだから今日いきなり掴みかかっちまったのはチャラにしてくれ!飯代は自分で払えよな!」

「……お前……まぁ、もういいや……」

 よーし、とガッツポーズを決め、また新たに料理をかき込む男を見て、怜は再び評価を下方修正する。


(……やっぱいいやつそうだけどバカだな。絶対に)

 ちょっといいバカからバカへと評価を戻し、怜は男に返事を返してなかったことを思い出す。


 居住まいを正して、男に頭を下げる。

「しばらく世話になる。冒険者稼業に関してはなにも分からねぇから、厳しく頼む」

「ん?……あぁ、いいっていいって固くなんなくて。——まぁ先輩として厳しく指導してやるから

、せいぜい根を上げねぇよにな」


「ただしばらく世話になったら皇国に行こうと考えてんだ。それまで世話になる」

「ん?皇国にか?」

「あぁ」

 男は驚いたような表情をした後、再び満面の笑みになる。

「だったら尚更都合がいい!俺もちょうどもう少ししたら皇国に行こうと考えてたんだよ!思ったより長い付き合いになりそうじゃねぇか!よろしく頼むぜ、兄ちゃん!」

 男は右の拳を突き出し何が楽しいのか豪快に笑う。怜は左拳を突き合わせ、皇国に着いたらすぐさま逃げようと誓った。


「よーし、今日は新しい連れに出会えたパーティーだな。——おーい、料理追加でもってこーい」

「……追加の分はお前が払えよ」

「んぁ?おいおい二人のパーティーなんだからここは平等にいこうぜ。これから苦楽を共にしていくんだからよ」

「……お前、俺の分の料理も食べたろ?半分以上」

「んぇっ?」

 男は口をいっぱいに膨らませながら机の上を見る。綺麗に食べ尽くされた男の分と、同じく怜の料理が半分以上綺麗に食べ尽くされていた。


「あぁ……うん、いつの間に……まぁ仕方ねぇ、ここは俺が出してやるよ」

(好き勝手食い散らかしたのはお前だろうがっっ!!)

 怜はため息をつき、再び痛む首を軽く目を閉じながら左に傾ける。

 その瞬間——怜の右側を、鋭い風圧が襲った。

 驚いて怜は目を開ける。見ると、男の左の拳が、怜の顔の右側を通過していた。


「ふぇっ?……え?なになに?」

「ほーう。今のを避けんだな!——いやな、兄ちゃんが腑抜けた顔してるからよ、簡単にやられるんじゃねぇか思って心配したんだよ。顔に似合わず気を張ってるみてぇだな。よく避けた!冒険者は油断大敵だぞ!」

「……お前……今の俺が避けなかったらどうなってる?」

「ん?うーん……まぁ避けたんだ!気にするな!!」

「おっまえ死んでただろ!!当たってたら絶対吹き飛んでただろ俺の顔!!」

 さとしは椅子から立ち上がり、男の胸ぐらを揺さぶりながら抗議する。

(あっっっぶなーーー!!首痛めてなかったら死んでたぞ俺!こいつやりやがった!!)


「まぁまぁ、冒険者は感情的にならず冷静にだ。そ、そんな揺さぶるなー。食ったもんが出る」

 男の申告にすぐさま手を離す。

 へへへ、と気持ちの悪い笑い声を上げながら男は襟元を正した。


「出発は明日の朝になる。準備しとけ?——依頼はこの宿に泊まってる商人の護衛だ。さっき隣の仕立て屋で出会って依頼を引き受けた。俺の拠点の街までになるが、ここまで来る時に魔物を狩倒しておいたから、楽な依頼になるだろうよ」

 早速明日の出発に急だなとも思うも、今日この宿についたばかりの怜に準備も挨拶もなにもない。わかった、と返し椅子に座り直す。


「そういえば兄ちゃん名前はなんてんだ?」

 男の質問に、再び答えに詰まった。

「……いや、わりぃ。野暮な質問だったな。流れの魔術師なんだ、名を言えねぇ理由もあるよな」

 別に名乗れないわけではない。名乗る名前が見つからないだけだと、怜は苦笑いする。


「まぁかくいう俺も、本名なんてもうなげぇこと名乗ってねぇしな!」

(……そういえば名乗れないのは珍しいことでもないとか言ってたな……もう俺名前なくても生きていけるんじゃね?)


「うっし!じゃあ俺らでお互いに愛称で呼び合おうや!これからコンビでやってくんだ、お互い呼びやすい呼び名を付け合うぞ!」

 名案だと頷く男はしばらく考え込む素振りをみせる。

「まずは俺から決めてやるよ。そうだな、兄ちゃんの呼び名は……うん、兄ちゃんだ」

「変わんねぇのかよ」

「よし、俺のも兄ちゃんが決めてくれ!かっこいいやつを頼むぜ」


(こいつの呼び名……いきなり言われてもな、でかいバカということしか知らんしな……)

 怜は少しだけ考え、期待に目を輝かせている男に向けて告げる。

「決めた、お前の呼び名は『木偶の坊でくのぼう』だ。これから頼むぜ木偶の坊」

「でっ……おいおい兄ちゃん……」

 男は聞いた途端、顔を俯けふるふると震え出す。

(しまった……ちょっと調子乗りすぎたか?)

「さいっこうにイカした呼び名じゃねぇか!さすがセンスがあるぜ!よし、俺は今日から木偶の坊だ!頼むぜ兄ちゃん!!」

 興奮した様子の男を見て、怜は思う。


(こいつはやっぱりバカだ)




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