三日目 もう一度チェック

「八時だョ!」

「全員集合。ってこのネタわかる人いますか?」

「えー、全くこれだから最近の若者は、ボクは悲しいけどね」

「アサヒと2歳しか違わないですよね、師匠のご友人」

「……ねぇ、朝日ちゃん。その呼び方やめない?ボクの名前は黒川恵、メグって呼んでね」

「わかりましたよ師匠のご友人!」

「あーもう」


 廊下を歩く少女二人、たまたま乗ってきた電車が同じだったので、色々と話をしてすっかり打ち解けたようだった。


「いやーひっさしぶりだなぁ学校」

「何日引きこもってたんですか?」

「ふっふっふ、聞いて驚け、一ヶ月半だ!」

「うわーすっごーい、とはならんのですよ師匠のご友人」


 単位大丈夫っすかー?と言いながら、理科室まで案内する津村。理科準備室には、理科室を経由しないと入れない構造になっている。そのため、理科室の扉を開けても、反応する人影は見えなかった。


「こっちはもっと久しぶりだなぁ」

「受験生が実験する訳ないですもんね」

「でも、セキは入り浸ってるんでしょ?」

「そうでしたね、失踪するまでは」


 受験とか余裕なのかなぁ、と愚痴りながら、黒川はそっと理科準備室の扉を開ける。


「はいはいどーもー、しかたんのアイドル☆津村朝日がやってきましたー!」

「ども、黒川でーす」

「おっ、朝日ちゃんおつか、れ?」

「津村、集合時間に2分、は?」


 先に待機していた、二年生メンバーが硬直する。西村は何故か気まずそうに会釈し、全く状況を飲み込めない樋口が最初に口を開いた。


「えっと、この方が話にあった三年生の黒川先輩ですね?」

「あぁ」

「あぁ」


 岡田はいつもの笑みが完全に崩れ去りながら、そう答えた。藤田に関しては、完全に目の焦点が合ってない


「岡田先輩、藤田先輩、本日いらっしゃるという予定は聞いてないんですが」

「あぁ」

「あぁ」

「ちなみに、坂井先輩の居場所がわかったそうですよ」

「あぁ」

「あぁ」


 もはや何の話も、彼らの脳は受容できなくなっている。呆れたようにため息を吐きながら、黒川は話し始めた。


「えっと、ボクが必要みたいだったから戻ってきたんだ。でも、思った以上に二年生の子達が嬉しそうにしてて、ボクちょっと引いてる」

「……別に、嬉しくなんか、むしろめんどくさいぐらいです」

「あー、ボクそういうの真に受けちゃうタイプだよ藤田くん」

「だって、だって、その、あぁなんと言ったらいいのか」

「わからない、ボクはこの状況に解はあると思うけどな、考えてみて?」

「……おかえりなさい?」

「うん、よくできました。ただいま」

「あの、僕たち、すっごい心細くて、それで、うっ」


 そこからはとてつもない状況だった。昨日の黒川に負けないほどに、高校生男子が号泣したので、黒川と一年生トリオで必死に宥めるハメになった。

(なんか違う気がする)

……


「さて、会議を始めよっか」

「切り替え早いね岡田くん、いよっ流石我らが副部長!」

「からかわないでください先輩、んで昨日の問題だけど」


 ここまでの資料を一通りまとめてホチキスで止めたものを人数分配る岡田。黒川には予備のものを渡した。


「これの11ページを見てくれる?ここにもあるように、昨日は、ここを北極星とした時の北斗七星の二つの星の位置に、何らかの手がかりがありそうってことはわかったんだ。で、わかってないのがその具体的な位置って訳だけど……」

「わかったよ」

「……はい?」

「師匠のご友人、一体何がどうわかったと?」


 黒川はそう言われると徐にくしゃくしゃになった紙を取り出した。所々水滴が滲んでいるが、その訳を知っているのは黒川を除いて一名のみだった。


「この問題を解くと、自然と位置が分かるようになっている。複素数ωとカシオペア座を組み合わせるのは、セキらしいな」

「……そもそも複素数って何ですか?」

「あれ、岡田くんたちはまだ習ってないか」


 数字と座標を対応させる概念だと考えてくだされば結構です、と西村が助け舟を出した。それで、一応は納得したようで、二年生は二人ともそっと椅子に座り直した。


「でも、数学的な座標がわかっても現実世界でどうやって対応させるんですか」

「お、君はセンスがいいね。樋口くんだっけ、君はどう思う?」

「……x、y軸はそのまま東西南北に対応させればいいと思いますが、座標上での距離に単位はないので、それが何とも言えないというか」


 もっともな疑問を口にする樋口。それにうんうんと頷く黒川だったが、ちらっと津村の方を見た。


「朝日ちゃん、あの情報をよろしくね」

「はーい、資料の、えーっと、17ページを開いてください」


 パラ、パラとめくる音がする。あっと声を上げた人が、一人だけいた。


「これ、僕が昨日対応した先輩の佐藤さん」

「そそ、この物理バカが対応してた問題、実は出題した人が師匠なんだよね」

「物理バカって言うな……まぁ確かにそんなことも話したな」

「まぁまぁ、それで樋口くん問題の内容は?」

「座標上での物体の運動から、実際の距離に換算して軌道を求める問題です。ただ、縮尺が普段見る形じゃないというか、座標の中での距離1とキロメートルと対応させてたので不自然な気はしたんですが」


 もしかして、とつぶやく樋口に、黒川は言う。


「そう、私が解いた数学の座標に、キロメートル、東西南北、そして原点をこの学校に置き換えれば、カシオペアの位置、そして北斗七星の場所もわかる!」

「……なるほど、藤田、早速地図の用意を頼む」

「あの、じ、実はもう完成してて……」

「ナイスだ西村!よっしゃ、しゅっぱーつ!」


 ウッキウキで地図を確認する岡田。示された場所は、とある山の山頂の展望台。インドア派の黒川が、絶望的な表情をしていた。

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