二日目 チェック
「さーて、会議を始めようか。司会は藤田、宜しく」
「はあ?!」
「だって俺疲れたもん」
「こっちだってお前に付き合わされてボロボロなんだよ……」
「藤田せんぱーい、何があったんすか?」
しかたん、理科準備室、いつもの場所で、いつもと違うことをする彼ら。
「あぁ、それについては、まずこのタイムカプセルの中にあった紙を見てくれ」
「……お二方、何をしてるんですか」
「手段は選んでられないからね。そもそも好奇心の獣に場所を教えたあの人が悪い」
『ここが原点、ωと我々七人が見える場所。私が真っ先に水に切り込むことにしよう』
「……はい?」
「師匠ってポエマーだったっけ?いや、遺書の時点でそんな感じか」
「意味は、分かるか?俺は最初は分からなかった」
「過去形、てことはもう分かったんですか?」
「うん、あくまでも推測だけど、僕は見た瞬間にピンと来るものがあった」
副部長の一声に、衝撃を受ける二人。案外分からないものかぁ、と呟く岡田の隣で、気がつくと司会役にされていることに気がついた藤田が、露骨に機嫌が悪そうな顔をした。
「……ヒントをやる、コイツの専門は?」
「地学全般、ですよね」
「そうそう、僕は多岐に渡る地質、気象、天文に関する知識を有した、スゴい先輩なんだ!」
「はいはーい、すごーいですねー、アサヒ、感動しちゃいましたー」
「津村さん、その方が傷つく……」
一年に軽くあしらわれる二年生を見てるのか見てないのか、樋口はそれなりに悩んだ末に結論を出した。
「北極星、ですか?」
「あったりー!なんでわかったの?」
「いや、地学で原点と言うと、北極星かなぁと。ただの勘です」
なるほどねえ、と頷く岡田。その姿は、記述問題の採点官を彷彿とさせた。
「もう少し正確に答えようか。樋口くんの着眼点は素晴らしいけど、それなりの根拠も必要になる。まず、注目してほしいのはωと七という文字。なぜ、大文字のΩではダメなのか。現在、しかたんの部員は六人の筈なのに、なぜ辞めた黒川先輩まで含めて七人にする必要があったのか」
「いよいよ探偵じみてきたな」
ふふん、と得意気な顔をする岡田、ほんのり素が見えたような気もした。一年生は興味津々に話に耳を傾け、藤田は飽きたように外を見つめている。家に帰るのがめんどくさくなる程度の雨に、辟易としていた。
「答えは単純、ωはカシオペア座、七人は北斗七星を示していたんだ!」
「せんぱーい、陰謀論か何かですか?」
「最後まで聞いててよ、何も根拠がゼロな訳じゃない。それは、君たちの資料のお陰だ。」
「えっ?」
そう言って、机に一枚の紙を置く岡田。
「これは、昨日の取材内容?」
「そう、ここに書いてある通り、あの人は今回の件の二週間前に、学校のPCを利用してる」
「使用記録も確認したので確かでーす」
「ありがとう津村、どうやったのかは知らないけど。話を戻すけど、使用目的を訪ねられときに、あの人は『今度、流星群を見に行くから、予習するんだ』とおっしゃったようだね。その証言が、五人からも得られてる。流石にわざとらしくないかい?」
誰かがこの情報を僕たちに伝えるようにあえて言いふらしたんじゃないかな、という推測を述べる岡田。
「そんな、計画的なものなんですか……」
「うん、そもそもあの人、タイムカプセルみたいなことする人じゃない。過去も未来も見ないで、今を生きることしかできない人だ。だから、少なくともタイムカプセルを埋めたと言った時から、今回の件の計画をしてただろうね」
「言われてみれば確かに……」
「さて、ここまで踏まえると、『三年二人は底に沈んだ』、というものを踏まえると、北斗七星の柄杓の底の二つの星のどちらかが、坂井先輩の居場所に関わる位置なのだろう、あとは両方調べればこの事件は解決だ!」
うおー、とフニャッとした叫び声をあげる岡田。そこに、司会が丁寧につっこむ。
「で?北斗七星はどこだ?」
「そりゃもちろんここが北極星ってわかってんだからそこを中心に……あっ」
「そう、一点しか基準が分からないから、どの角度にあるのか分からない。なんなら、縮尺も分からないから、どうしようもないんだ」
「取り敢えず色々と探し回ってみたけど、北斗七星やカシオペア座に繋がるようなものは見つからずに、雨が降ってきたって訳」
「なるほどー、だからセンパイ達がびしょ濡れだったんですね」
津村がそんなことを言って、ふとカーテンを開けると、月光が差し込んできた。最終下校時刻より20分ほど前だったが、黙って解散することとなった。
……
重苦しい沈黙が響き渡る。その音を止めて、新しい音色を響かせたのは黒川恵だった。
「君、しかたんの人間だな?」
「……はい」
どうして、直接気づかれるようなことは言ってないはず、と思ったが、坂井赤に並ぶ存在と言われていたことを思い出して納得した。どちらと会話してても、こちらの思考が手にとるように読まれているような感覚がする。
「……セキから連絡が来たんだ。」
ボクは坂井のことをセキと呼んでいるのだけどね、と前置きして彼女は話し始めた。何故音読みなのだろうと少し気になったが、聞けるような空気ではなかったので西村は黙って聞いていた。
「深夜2時に電話を鳴らしてきやがった。当然キレたね、ボクのカワイイ弟を起こすな、って。あぁ、別にボクは起きてるから別にいいんだ」
淡々と、感情の籠らない声で、冗談かもわからないようなことを、ただぽつりぽつりと述べられる。
「そしたらなんて言ったと思うかい。『とある空き家に鍵をかけて籠る』ってさ。会話をしろよ会話を。そこでもうかなりイラッときたんだ。でも今思うと、セキはその日だけやけに様子がおかしかった。いつもは、天真爛漫に爆破したり、エグい匂いの何かを作ったり、かと思えばとてつもなく綺麗なものを見せてくれたり。数学しかないボクとは違って、セキには全てがあった。そんなセキが、大好きで、でも妬ましかった。ボクはずっと影に過ぎなくて、でも太陽みたいなあいつが大好きで、でも近いようで絶対に近づけなかった」
上流の小川の流れのように、スラスラと流れ出る言葉。それは、長年連れ添った夫婦にも、不倶戴天の敵のようにも見えるような、そんな間柄を覗かせるような言葉だった。
「そんな、ボクをめちゃくちゃにしたあいつがさ、『もう私には何もない』『何も見えないトンネルにいる』だってさ。じゃあボクは何だって言うんだよ、ボクは、ボクの焦がれたあの輝きは何だったんだよ」
その目に、カーテン越しの太陽の光が差し込む。その光は水滴に当たって散乱した。
「その日から、ボクも何も見えなくなった。数学の問題を見ても、心が踊らなくなった。結局、光がないとボクもなくなるんだと言うことに、気がつかされたよ」
「そんな、そんなこと」
「そんなこと、あったんだ。悔しいけどね。だからこれ以降、数学が解けない」
まだ声には感情はこもっていなかった。表情も、俯いてしまって西村には見えてない。それでも、彼女の痛みは深く突き刺さるような気がした。
「帰ってくれ、お願いだ」
ここで、西村は自分の心が折れる、と思っていた。でも違った。西村はどうしようもなく数学が好きで、その気持ちを忘れようとしてる人の存在を受け入れられるほど、大人ではなかった。
「……ごめんなさい、これはあくまで僕の勝手な意見なんですが、聞いてくれますか」
「……」
「あなたは、何故数学が好きなんですか?」
「……え?」
少女の頬に、液体が伝う。黒川恵は、ただのNaCl等のイオンの溶けた水と知っていながら、この時ばかりは意味を感じずにはいられなかった。
「坂井先輩に勝ちたいから、受験を成功させたいから、そのための大事な手段だから、ですか?」
「やめてくれ」
「数学って、そう言うものじゃないと思ってます。少なくとも、僕と坂井先輩はそう思ってます。だから、手がかりを数式にして残したんです」
「やめろ」
「『数学は、美の追求だ』ってよくあの人が言ってました。そのために、我々小さな数学者は身を焦がしても追い求めるって……」
「あぁぁぁぁやめろおぉ!」
彼女の絶叫が、部屋に響き渡る。次の瞬間、テーブルの上の紙とティッシュ箱をひったくり、目に大粒の涙を浮かべながら部屋へ駆け出し、派手にすっ転んで、今度は普通に歩いて自室に入った。
がちゃんと扉の閉まる音がして、残された少年二人は互いを見つめ合った。
「えっと、あの、すみませんでした……」
「……野郎、姉さんを泣かせやがって」
「ヒッ」
「ふふ、冗談です」
ほっとしたような表情をする西村。黒川雪斗には、こんな気弱な人があれだけはっきり恐れずに言ったことが、少し不思議だった。
「お詫びと、感謝を申し上げるのはむしろこちらの方です。見ましたか、姉さんの目」
「は、はい」
「あんなに泣いてるのは見たことないですけどね、あの目は確かに国際数学オリンピック銅メダリストの目ですよ」
「あぁ、それなら良かった……へ?」
もしかして、僕はとてつもない人間と向き合ってたのではないか、と気がついた西村はだんだん目眩がしてきた。
「あっ、銅メダリストって言っても複数受賞者がいるので別に三位ってわけじゃないですよ、って知ってますよね。あなたも数学オタクみたいですし」
「……」
「えっと、もしもーし」
本日二度目の気絶をした人間と、未だにうぉんうぉん泣いている人間と空間を共にして、黒川雪斗は逃げ出したくなった。
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