第3話 秘密基地

 クロエはぼんやりと目を覚ました。目の前に広がる光景は、昨夜の暗い洞窟とはまるで違っていた。柔らかなベッドに包まれ、温かな陽光がカーテン越しに差し込んでいる。クロエは一瞬、自分が夢を見ているのかと思ったが、目覚めると痛みが体に残っていることから、現実だと理解した。


「ここは…?」


 彼女が周囲を見回していると、ドアがゆっくりと開き、一人のメイドが入ってきた。彼女は普通のメイドとは違い、どこか鋭い目つきをしており、ただの召使いではないことが一目でわかった。


「お目覚めですか?どうぞ、こちらへお越しください」


 メイドは礼儀正しいながらも、どこか冷たい声でクロエに言った。クロエは少し戸惑いながらも、その言葉に従い、ベッドから起き上がって彼女の後を追った。


 ここが何階かもわからないが、何階か階段を下り、廊下を進み、また別の階段を下り、廊下を進み、また別の階段を下る。迷路の奥底に迷い込んでいくようで、クロエはメイドの服の裾を少しつまむ。あたりがどんどん暗くなってゆく。


「わたしは、どこへ連れて行かれるんでしょう...?」


 メイドからは何の反応もない。しばらくすると廊下の行き止まりにぶつかった。メイドが行き止まりとなっている壁を華奢な指でスッと撫でる。


「えっ!壁が消えた...?」


 先ほどまで壁だったところがさらに地下へと続く階段になっていた。


「この先へお進みください、レイン様がお待ちです」


「あっ、ありがとう」


 クロエが恐る恐る階段を降りた先にあったのは、ここが宿屋とは思えない上級貴族の屋敷のような豪奢な空間だった。壁には高価そうな絵画が飾られ、床にはふかふかの絨毯が敷かれている。中央には10人ほどが囲めるような大きなダイニングテーブル机が置かれ、その先には座る一人の男性がいた。上品なメガネをかけた彼は、エルフでありながらも鋭い眼光を持ち、ただ者ではないことを示していた。


「ようこそ、クロエ・ロックハートさん。私の名はレイン・ドレイク。お会いするのは三度目ですかね」


 レインは軽く笑いながら立ち上がり、クロエに手を差し出した。クロエはその手を握り返し、彼に尋ねた。


「あの、洞窟で助けてくださった...?」


「ええ、私ですよ」


「ここは…何かの夢じゃないんですよね?」


「ええ、夢ではありません。あなたが体験したことはすべて現実です」


 じゃあ、あの「死んでください」と叫んできた人がこの人なのか。クロエには、想像よりもまともな人に感じられた。


「まぁ、クロエさん、まずは座ってください」


 クロエは恐る恐る座り、いたたまれなくなり当たり障りのない話題をふってみた。


「ご、豪華な部屋ですね。レインさんは、貴族か何かなのですか...?」

 

「んー、どうでしょうか。この施設は持ち物ですが貴族ではないですね。でも、自虐的に、『地下辺境伯』とでも名乗るのはいいかもしれませんね」


「ああ、そうなんですね...」


 クロエは、未だ状況が飲み込めず、次に話す懸命に言葉を探す。が、その前にレインが口を開いた。


「クロエさん、あなたを助けたお礼に、少しお手伝いをしていただきたいと思っています」

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