第2話
ボクがベッドからドアの方に顔を向けると・・
病室のドアを開けて、ジイさんが廊下から顔を病室に突っ込んでいた。ボクの知らない人だ。パジャマのような服を着ている。
ジイさんは、そうして病室の中を見まわしていた。さっきも言ったように、病院の室内灯は充分に明るいので、ボクはジイさんの様子がよく分かったのだ。
すると、ジイさんが病室内にゆっくりと身体を入れてきたのだ。ジイさんは身体を入れ終わると、背中のドアをカチャリと閉めた。でも、ジイさんは何も言わなかった。黙って、閉まったドアを背にして立っているのだ。眼はボクを見つめている。
ボクは、誰か入院患者が病室を間違えたんだろうと思った。こういうときは、ナースコールのボタンを押せば、看護師さんが来てくれる。だが・・あいにく、ボクはさっき看護師さんが2時の巡回に来た後に、うっかりして、ナースコールのスイッチをベッドの下に落としてしまったのだ。
じゃあ、拾えばいいじゃないかと皆さんは簡単に思われるだろう。が、このときのボクにはそれが大変だったのだ。
このとき、ボクは首に大きな注射針を打たれていて・・
その針には何種類もの点滴のチューブがつながっていた。・・
その点滴のチューブは、点滴のラックに固定されている、いくつかのポンプにつながっている。・・
各ポンプは、幅10cm、奥行き15cm、高さ10cmほどの大きさがあり、重たかった。・・
そして、その各ポンプから出た電源コードが、壁のコンセントにつながっていたのだ。
だから、ベッドの下のナースコールのスイッチを拾おうとすれば・・
各ポンプの電源コードをすべて壁のコンセントから引き抜いて・・
それら電源コードを点滴のラックに巻きつけて・・
大きなポンプが付いて重たい点滴のラックを手で動かしながら、スイッチが落ちた場所に移動して・・
ベッドの下に手を伸ばさなければならない。
だが、首に点滴の針が刺さっていて、チューブがつながっているので・・
ボクはほとんど、身体を折り曲げることができなかったのだ。
長々と書いてしまったが、ボクはそういう次第で、落としたナースコールのスイッチを拾うことができなかったというわけだ。
ボクは、看護師さんが次の4時に巡回に来たときに、もしボクが起きていれば、頼んでスイッチを拾ってもらうつもりでいた。だから、このときは、ナースコールをしたくても出来なかったのだ。
さて、話を戻そう・・
ジイさんは、病室の入り口で、何も言わずに突っ立ていた。じっと、ボクを見つめている。
ボクはジイさんに声を掛けた。
「もしもし、病室を間違っていらっしゃるのではありませんか?」
(つづく)
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