第12話 家族との出会い
◇
ジブンという種族は三つの時期を繰り返している。
一つ目は、熟睡期。本来の姿に戻って眠る時期。二つ目は、活動期。何かの生物に擬態して「家族」と言う名の愛する運命の相手を探す時期。三つ目は、感傷期。「家族」を失ってジブンという存在が一度消滅する時期。
景幸と出会ったのは、熟睡期真っ盛りの眠い眠い時期だった。
大きな山のふもとでひっそりと眠っていたジブンのところに、山の向こうにある村から小さな子供がやってきた。
大人たちから「怪物が出るから山に入ってはいけません」と言い聞かされて育ったはずなのに、わざわざ山を越えてジブンの元までやってきて、怪物の姿を拝みに来たのだという。
「おっきなとりさん! ゆらゆらしてる!」
騒がしくて堪らなかった。毎日ここに来ては勝手に騒いで勝手に帰る。ジブンは眠りが浅くなって毎日のように苛ついていた。でも、眠気の方が勝ってしまって子供に何もすることができなかった。
そんな、ある日だった。
急に眠気が吹き飛んでしまったのだ。毎日のように叫ばれて騒がれて、完全に睡眠欲がどこかに消えてしまった。こう、完全に目覚めてしまえば次の活動期が始まる。今回は一体何になったのだろう。
そんなことを考えているうちに、子供がまたやってきた。
「おっきなとりさん! ……って、え? にんげん?」
「え?」
ジブンの身体を見ると人間らしい身体をしていた。素の身体は女性に近いものだった。活動期の性別は無く、生殖機能も持たないことから特に気にする必要が無いのだ。
「おっきなとりさん?」
「ジブンはェツグモェンヌ・ンエッィス。今は人間だね。ほら、言葉わかる?」
「……?」
凄く困ったような顔を浮かべていた。きっと名前が聞き取れなかったのだろうと思い、ゆっくり言ってあげようともう一度名前を教えてあげる。
「ェツグモェンヌ・ンエッィス。これがジブンの名前」
「わかんない……」
「んー……どうしようか」
今にも泣きだしそうだった。ここで泣かれると困る。人間の子供の機嫌取りなんて絶対嫌だ。寝すぎてまともに働かない頭をどうにか回転させて、解決策を見出そうとする。
「ぇつぐもぇんぬ・んえっぃす。わかる? もっとゆっくり言おうか?」
かなり遅くジブンの名前を言うと、何か閃いたかのようにぱあああっと顔を明るくして、子供が再び口を開いた。
「つぐ。つぐっていうの?」
「あ、いや……」
違う、そう否定したかった。これでも当時のジブンは本名を気に入っていた。こう勝手に短くされるのは嫌だったが、どうしてだか、この子供に「つぐ」と呼ばれた時とても嬉しかったジブンがいたのだ。
「合ってるよ。ジブンはツグ。君は?」
「んーとね、んとね、いがらし、かげゆき!」
「いがらし、かげゆき……ね。覚えた」
そのあと、ジブンたちは日が暮れるまで話し続けた。
景幸に友達がいないこと。大きな鳥の話を信じてくれないこと。村の若い人は皆街に行ってしまって寂しいこと。村でご飯が足りないこと。それから、それから……色々なことを教えてもらった。
「それでね……」
「かげゆき、もう日が暮れてきた。家に帰った方がいい」
「ぅ……いやだ」
俯いて、今にも涙が零れそうだった。でもそれが、このまま連れて行ってしまいたいくらいに可愛いと思えた。最初は幼子に対する、誰もが持つ感情だと思っていたが、まさかこれが「家族」に対して持つものだと当時は思っていなかったのだ。
「おとーさんはおこってくるし、おかーさんはないてる。いもうとは、なんにちも、ねてる……。もどりたくないよ……」
自然はもう少し厳しいものだろう。しかし、理性と知識を手に入れた人間にとって、景幸の家庭は貧困で苦しんでいるか、または今にも飢えてしまいそうなものなのだろう、ということを人ならざる者のジブンでもわかったのだ。
その時のジブンは、かなり頭のおかしなことを言ったと自覚できるくらいには、おかしなことを言った。
「帰らなくていいよ」
「ぇ?」
「その代わり、ジブンについて来て。かげゆきが飽きるまで世界を歩こう」
「なに、それ……」
おっと。気分が上がりすぎて余計なことを言ってしまった。これじゃあ相手もドン引きだ。そう思ったときだった。
「たのしそう! いこう! いますぐ!」
そうやってジブンの腕を引っ張るんだ。
その時だった。ジブンの奥底で、「この人がジブンの家族だ」という想いが湧いて来たのだ。同時に愛おしい気持ちになった。ジブンはこの人にこの一生を捧げるんだ。これほどまでに、美しい感情は無いとまで思えた。
「……なら、行かなきゃな」
「うん!」
◇
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