第11話 たった一人の家族

 人間の大きさのまま鳥になったせいで、ほんの少し羽ばたいただけでも火花が散る。それさえも雨と闇夜に消し去られる。


 ジブンは大きく羽ばたき、地面から飛び立った。バァッサ、バァッサ、と大きな翼を動かしながら雨降る都会の空を滑空する。数えられないほどのビルが多く立ち並ぶなか、その中にあるたった一つのマンション目指して、器用にビルを避けながら目指す。


 八階の角部屋。少し広めのベランダに着地した。


 ジブンは再び人間の姿に戻ろうとする。全身の燃えるように熱い熱が冷えていき、しばらくするといつものジブンが窓ガラスに反射していた。


 窓の鍵はいつも閉めている。しかし、魔法が使えるジブンにとっては何の問題も無かった。


 つけっぱなしだったガティア【追憶】にエネルギーの流れを込める。


愛らしい娘ガティア、聡明な君が道を開けるように』


 そう唱えると鍵がひとりでに動き、カチャ、と鍵が開いた音がした。


 ジブンはそっと窓を開けて中に入る。靴はベランダに置いたままにして部屋に上がった。


 壁沿いに伝って行って、手探りでスイッチを探し入れる。するとリビングの電気がついた。前ここに戻ってきたときと何も変わらない。強いて言うなら少し埃が積もっていることぐらいだろう。


 そのまま玄関の方に行き、洗面所で手を洗ってから再びリビングに戻ってきた。深夜に掃除機を使う訳にもいかないから、今日は掃除を諦めた方が良いかもしれない。

 そう思うとジブンはすぐに寝室に向かった。


 真っ暗な部屋にオレンジ色のランプの灯りがじんわりと広がる寝室。中央にはダブルベッドがあって、そこに一人の人間が眠っていた。ジブンはその人間の近くに行って、そっと頭を撫でた。


 腰よりも長く伸びた黒髪にそっと指を通す。サラサラを指は通っていき、一本も引っかからなかった。家族は一切の寝息をたてていない。一見、死んでいるように見えるだろう。実際脈を図ったら、一切動いていないのが分かる。


 けれどこの状態は彼にとって、眠っているのと同意義なのだ。


景幸がけゆき、起きて。帰ってきたよ」

「……」


 一回声をかけただけじゃ目を覚まさない。何も反応が無い。不安で胸がいっぱいになるが、彼は生きていると確信している。


 五十嵐いがらし景幸。見た目は二十代前半の若い男だが、彼の実年齢は百歳を超えているだろう。特別な種族という訳でもなく、元は至って普通の人間だ。


 しかし、今は得体の知れない魔法使いに呪われて、ずっと眠っている。


 彼の側に寄り添いそっと目を閉じて、景幸と出会った頃に思いを馳せた。


 ◇

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