第7話 サボり癖
「……わからないな。人間じゃないと言ったのも推測に過ぎない。人ならざる者である確率が高いという訳だ。まぁ、人間の憧れる魔法使いではないことは確かだが」
ジブンたちが呑気に話している間にノウは黙々と掃除をしてくれている。ジブンよりは気遣いができる獣人なようで、ジブンにとっても有り難かった。なんせ、ジブンが掃除しなくて済む。
「人間か人ならざる者かわからねぇのに、何で魔法使いじゃないってことはわかるんだよ」
ようやく本来の調子を取り戻したのか、口調が戻りつつある紫央を見て安心する。家族とは全く似てないが、負の感情の奥底にいる人間を見ているのは心苦しいからだろう。
「魔法使いや魔法が使える者の体内にコアと呼ばれる魔法を使うために必要な寄生器官がある。コアを持つ者は相手にコアがあるかどうかわかるんだ。ジブンは魔法技師だからコアを持っている、だからかつての店主と紫央がコアを持っていないことがわかるんだ」
ジブンは一息置いてから、再び話し出した。
「コアは臓器に寄生して、その臓器の働きをコアが代わりに行う。臓器の働きに使用するエネルギーを魔力。仮に魔力が無くなったら、寄生している臓器が動かせなくなるから遅かれ早かれ死ぬ。それが寄生器官コア」
「そうなのか……」
「コアが無いと魔法が使えない。でも使いすぎたら魔力が無くなり死んでしまう。魔力は色んな手段で回復できるけど、使いすぎには要注意だな。……そうそう、一番コアが寄生しやすい臓器は心臓だ」
「こうやって話を聞いているうちに現実味を帯びてきて……、はぁ……」
「ちなみにジブンは両目にコアがあるぞ。ほら、ジブンのこの紫色の目。普通じゃ無いだろ?」
そう言って自慢げにこの目を見せた。独特な光の反射で常に煌めく紫色の目に、コアが宿っている。そもそもコアが二つあることが珍しいのだが、目という器官に寄生してくれたおかげで、コアを直接見ることができる。ほとんど内臓に寄生するという点から、これもまた珍しさがある。
ちなみに理論上では、ジブンのコアが壊れたとしてもジブンは死なない。視覚を失うだけで済むはずだ。
「他の人より何倍も綺麗って思ってたけど、ただ綺麗ってわけじゃなかったのか」
「ああそうだ」
「なぁふと思ったんだが、寄生器官っていうことは寄生先がないとコアは使えないってことか?」
ジブンは間を置かずに答えた。
「いや、使える。コアは臓器に寄生するように生まれるが、コア単体でも何の問題もなく動く。ただ、寄生しているコアを引き剥がそうとしたらその臓器は働かなくなり死ぬ。随分と都合のいい寄生器官だ」
皮肉めいた感じで言い放った。コアそのものは臓器無しでも生きられるのに、コアが誕生するためには臓器が必要。コアに関しては解明されていないことがほとんどなのだ。魔法に詳しい方々でも解明できていないのだから、ジブンが知っているわけがない。
ジブンでも謎だと思いながらそれを解明しようとは思わない。ただジブンは、魔法道具を作り続けられるのならそれでいいと思っている。
「ふぅん。変な話だな。ま、アタシは一生使わない知識だろうけど」
「そんなことも無いぞ、紫央。種族によってはある程度関わりのある者かもしれないしな」
「……そう、か」
会話が弾んで掃除そっちのけであった。度々ノウが鋭い視線を向けてくる。いい加減店主と共に掃除をしろと言うことだろう。ただその店主が、初めて触れた魔法という文化に感情を揺らがせこちらから何か言わないと掃除を再開しそうになかった。
かといってジブンも掃除はしたくないし、このままノウに全てを任そうかと思っていたその時だった。
「それぐらいにして片付け手伝えよ……せめてツグの嬢ちゃんくらいはさぁ」
しびれを切らしたノウが遂に声を上げた。ノウの方を見ると壊されたテーブルの残骸が綺麗に纏められている。ノウが掃除していた場所はすっかり綺麗になっていて、木屑もガラスの破片も無かった。
それに比べてジブンたちがやろうとしていた場所はどうだろうか。テーブルの残骸は片付けられていても、ガラスの破片、木屑や酒瓶の中身はそのままの状態で床に広がっていた。
「ツグの嬢ちゃん……ということは、アンタがツグ?」
ジブンの方を見ながら紫央が聞いてくる。
「ああ、そういえば言っていなかったな。そう呼んでくれると助かる」
「そうか。ツグ、改めてありがとうな」
紫央は立ち上がり、掃除道具を持ってまずはガラスの破片を箒と塵取りで集め始めた。
じゃあジブンは床の液体を綺麗にするか。
まだ何かなかったっけ……。そう思いポケットを探る。護身用として持っていた魔法道具はガティア【刹那】だけだ。まぁ現物としては持っていない、と言った方が正しいのだが。
そうだ、【鍵】を使えば他の魔法道具を取り出すことができる。
家族に「少し寒い」と言うと無言で投げ渡されたパーカー。外は黒で、内側は赤色の男物。やはりジブンには少し大きいようで、意識していないと手が袖で隠されてしまう。
どこにあったか。パーカーのポケットからズボンのポケットまであちこちに手を突っ込んでみる。ズボンの後ろポケットに手を入れるとゴツゴツとした感触が伝わってきた。
それを掴み、ジブンの目で確認する。
エメラルドのような美しく淡い、透き通るような緑色の石。先ほどの指輪と同じものを使っている。石を囲む装飾はガティア【刹那】とほぼ変わりないが、目を凝らせば若干違うことがわかる。ここはジブンがこだわって作ったから覚えている。
指輪ではなく【鍵】の名の通り、ガティア【鍵】は中世ヨーロッパを思わせるファンタジックな鍵の形をしていた。
ジブンが一切の掃除をしていないことに気付いたノウが睨んでくる。
「ああ、今から働くよ。睨むのはやめような?」
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