第6話 失言
怪我をしないよう慎重にガラスの破片を拾っていく。警戒するのが面倒になり、ポケットからハンカチを出して、それでガラスの破片を拾っていく。周辺のガラスの破片をある程度纏めたので、しゃがんでいた状態から立って場所を変える。
腰が悪いわけでは無いが、長い間しゃがんでいるのはしんどい。
カウンターテーブルに置かれた楕円形の鏡に目がいく。この鏡だけは見たことがあった。縁の装飾からして作られたのは昔だろう。もしかしたら、昔ここを訪れた時からあったのかもしれない。
ジブンの姿は見慣れているようで見慣れていない、不思議な感覚を覚えた。
灰色に近い銀色の髪。前髪は長いが目にかからないように目の部分だけは避けている。後ろ髪の毛先はくねくねと独自のうねりを持っていて、見る人によっては寝癖と捉えられてもおかしくない。それが肩の少し下辺りまで自由に伸びている。
家族に言われた言葉を思い出す。君の目はジト目だね、と。最初の内は目つきが悪いとか、目にやる気が宿ってないとか、そんなことを思っていたのだけれど、これは家族曰くジト目という分類分けに当てはまるらしい。
アメシストのような深みのある紫色で、光の入り方によっては本物の宝石のようにも見えるこの瞳がジブンにとっては何よりも大事で、ジブンの部位の中で一番好きな部分だ。
幼い少女の顔にも見える。それはあくまで家族やこちらの世界の感覚であり、ジブンにとってはこれが普通で気にすることは無いのだ。だからこそ、こちらの世界にいる兎の獣人のノウは自分を「嬢ちゃん」だと思ったのだろう。
「自分に見惚れてる暇があったら動けよ……」
ノウにそう言われてハッとする。
「すまんすまん、働くよ」
するとカウンターの奥から箒と塵取りを持った女の人が出てくる。ジブンの予想通りだ。
「ガラスはやる……やりますよ。危ねぇ……じゃなくて、危ないから」
「ぎこちないな。無理に丁寧にしなくても普段通りに接してくれよ」
ジブンがそう指摘すると、なんとも言えない顔をして、少し考えてから「ああ……」と小さく返事をした。
「そういえば名前を聞いていなかったな」
「
化け物の血肉はやはり良くないものだったようだ。弱い人間はあれだけで失神することもあるみたいだが、夜見紫央という女は強い人間だったおかげで、ある意味楽になったとも言えるだろう。
「記憶でも消すか? それとも吐き気を消すか? そういう薬なら作れるぞ」
「結構だ。っていうか、そんなもんが作れる方がおかしいだろ」
「魔法薬学には精通しているぞ。それこそ改善したい症状があれば、風邪から不治の病まで、どんな症状でも治る薬だって作ってやろう。症状が無くなっていい、消したい過去や存在でも、何でもできるぞ」
「魔法薬学……。魔法に人狼に兎の人まで……。はぁ、やっぱり今日はおかしな日だ……」
紫央はくたびれたのか、カウンター席の一つに座る。そして頭を抱えて唸りながら俯いている。
「本来の姿を取り戻した狼人間は珍しいものかもしれないが、別に魔法技師や兎の獣人は珍しくないだろう? 少なくともこの裏路地はそういう奴らが集まる場所だ。紫央だって人ならざる者だろう?」
そう言うと、紫央は顔を勢い良く上げて、喉の奥から絞り出したかのような苦しい声を出した。
「え……?」
この世の終わりみたいな絶望の表情をしたまま固まってしまった。指先がカタカタと震え、歯をカチカチと鳴らす。目は大きく見開かれ、半開きになった口は閉じない。
もしかして、紫央は自分が人間だと思っていたのだろうか?
確かにそう考えると納得いくところがかなりある。でも、どうしてそんな奴が縁町四番町の路地裏でバーをやれているんだ? 異形なんていくらでもうろつくし、店内に入ってくることもあるはずだ。一体どんな偶然を引き寄せていたのだろうか。
「にん、げん、じゃない……の? あたし……」
目に涙を浮かべながらそんなことを呟いた。ジブンたちの耳が拾うか拾わないかぐらいの小さな声で。
「少なくとも、この店のかつての店主は人ならざる者だったんじゃないか?」
「じいちゃんとばあちゃんが……?」
ふむ。通りで紫央が若い訳だ。考えれば昔ここを訪れたのは大昔だし、ここの店主もダンディで、よく客に「よっ! イケオジ!」とか言われていたくらいだから四十代から六十代くらいがいいところだろう。
あまり年数とやらを気にせず生きてきたからか、何年前に訪れたとかは覚えていない。孫が生まれたとか、娘夫婦が妊娠中とか、そんな話を聞いたような気がしなくもない。そこから推測すると……ざっと二十年前くらいに来たということでいいのだろうか。
二十年前は魔法使いや人ならざる者で店内が溢れていた。それを店主は気に留めることなくカクテルを提供し、落ち着いた時間を提供していた。店主自身は人の姿を保っていて、異形の姿は見たことが無い。かと言って、魔法使いである証拠もない。人ならざる者であることは確かだったのだが、人間に化けられてしまうと判別がつかないのだ。
その逆も然り。化け物であるという証拠もない。ただ化け物たちに喰われてなかったのを見るに人ならざる者と判断していただけで、何か特殊な体質の人間かもしれない。
「じゃ、じゃあ……アタシは、一体」
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