第4話 ガティアの魔法

 パーカーのポケットの中に手を突っ込み、使えそうな道具を手探りで探す。何となく手触りのいいものを掴み、取り出して自分の目で確認する。


 エメラルドのような美しく淡い、透き通るような緑色の石。まるで一つの完成されたアクセサリーのように縁取られた主張の薄い金属の縁。全体は中指の第一関節と第二間接の間くらいの大きさで、指輪にするにはかなり大きい。ただ、当時のジブンが指輪にしてしまったせいで、指につけるしかない。


 ジブンはもっと宝石の主張が控えめな方がデザイン的には好きなんだが、な。


「狼人間ども、このエンドシティ及び、この裏路地が誰の縄張りか知っているのかい?」

「グルルルルル……」


 マトモな理性の残っていない狼人間に話しかけても無駄だということはよくわかっている。それでもカッコつけてしまうのがジブンという生き物だし、ジブンの中で一番カッコイイと常に思えるようにいきたいのがジブンだ。


「まぁ、誰の縄張りでもない無法地帯こそエンドシティ周辺だと思うけどさ。皆が夜に遊ぶ場所を壊されたくないんだな。わかれよ?」


 エメラルドのように美しい魔法道具の名前を「ガティア【刹那】」という。名付けの法則としてはガティアの部分が人の名前で、シリーズ名にもなる。そして【刹那】の部分がこの魔法道具そのものの扱い方を簡単に示し、込められた魔法を意味する。


 床にガラスの破片や砕けた瓶の残骸が散らばっていて、靴が傷ついてしまわないかと思い、少し足の進みが悪くなる。一歩進むたびに、ギシッ、パキッ、と愉快な足音が生まれる。


 ガティアはどんな魔法が得意だっただろうか。鮮明に思い出せる鮮やかな緑色の魔法の渦。風、いや、竜巻だった。


 石レンガの床の上、中央には大きな噴水があり、暑いときなんかはよく子供たちがそこに入って水浴びをする。風が強い日にはガティアが広場に行き、子供たちを守るように風を弱めて、余った風を遊び道具のように使い、子供たちを浮かして喜ばしていた。


 風魔法は体力の消耗が激しいことに加え、繊細な操作も必要とされる。ガティアはそういうことが得意だった。


 エメラルド色の宝石がジブンに返事をするようにキラリと照明に反射する。


 ガティアが得意ならば、この宝石も得意だろう。


「なるべく血で汚れないようにするけど、多少は我慢してね。女の人」


 尻もちをついたままの女の人は恐怖で震えて頷くこともままならず、固まったままだった。


 それにしても、この裏路地にいる奴らのほとんどが人間じゃない。狼人間だって、本来の姿でいるのは珍しいけれど腰を抜かすほどではない。


 こういう誰かが誰かに襲われる事件なんてよくあるし、むしろ好戦的な化け物が揃いに揃ってスポーツのような感覚で戦闘が起こるなんてざらにある。例え、戦うことに苦手意識を持っていても、今回のように一方的に襲われるなんてことは絶対にない。


「……不思議だ」


 潮時と判断し指輪を嵌めた方の拳を握る。それを顔の前まで持ってきて、静かに目を瞑る。


黒き不死鳥ンエッィス愛らしい娘ガティア、流れる風の血を啄もう』


 魔力の流れが鮮明に見えた。周辺に散らばる魔力と魔法道具から放出される魔力が流れを作り出し、形作られていく。秒数にして一秒ほどだろうか、完全な鳥の頭部ができあがる。その下半身はガティア【刹那】の指輪に繋がっていて、形は作られておらず、魔力の流れだけが感じられる。


 上半身だけの鳥はジブンと同じくらい大きく、完全体はもっと大きいものとなるだろう。しかし、今はそのような用途を使う予定がないため上半身だけにした。


 ジブンが指輪をつけた腕を後ろに引く。そして、狼人間の方に向かって素早く手を伸ばす。親指以外の指をくっつけ、指先をくちばしのように見立てて、親指とそれ以外の指をくっつけた。


 手の動作と同じように鳥が動く。狼人間の近くまで行き、大きなくちばしを開き、そのまま狼人間の肩の部分を食べて、千切った。骨が露わになり、とてもじゃないが直視できないほど血が溢れ出し、肉塊を周辺に飛ばす。


「ギャウッ!」


 啄まれた狼人間が叫ぶ。



愛らしい娘ガティア、流れる風の皿を』



 人に頼みごとをするかのような声で詠唱する。


 ガティア【刹那】から魔力の流れがもう一つ増えて、狼人間が皿の上に乗っているように、狼人間の周辺に皿状の風の流れを作り出す。これで店内が血で汚れることも無いし、肉塊が散らばることも無い。唯一、この魔法に欠陥があるとするならば、他の人からは肉塊や血が浮いているように見えることくらいだ。


 風の皿は設置型魔法。ジブンが何か指示をしても動くことはない。


 鳥が狼人間を啄むよう、先ほどと同じ動作を繰り返し行う。その度に肉が抉れて血が吹きだし、狼人間は叫んだ。


 ふとした時に被害者であろう女の人を見ると、その顔は真っ青だった。何も配慮していなかったことを思い出す。今更思い出したところで、というのも本心だ。続行しよう。でも、早く終わらしてあげよう。


 骨を砕き、内臓に到達し、腸が飛び散る。一人の狼人間に対して、ではなく二体いるその両方に対して容赦なく、皮を、肉を、骨を、内臓を抉っていった。その度に血液が溢れ出し、風の皿にスープのように溜まっていった。


 そして、数分後には狼人間はいなかった。そこにあるのはぐちゃぐちゃなった肉と、骨と、内臓、そして血。ただそれだけ。


 処理に困った。一つ魔法道具を駄目にしてしまうが、ガティア【刹那】に血肉を吸収させようと思い、また詠唱する。



愛らしい娘ガティア、その腹を満たせ』



 溢れんばかりの血液が集まり、流れを作ってガティア【刹那】の宝石部分へと吸収される。エメラルドのような輝きを持つ、魔法道具の重要部分の石が赤黒く染まっていく。みるみるうちに輝きは失われ、元の緑色の面影も無くなってしまった。


 もちろん、魔法は完璧に実行された。バーの中は荒れているが、血液や肉の汚れは一切ない。ただガラスの破片と壊れたテーブルの木材が散らばっていて、しばらくは開店できそうにないが。

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