第2話 千年振りの再会

「ここだ。入れ」


「はーい」


 連れてこられたのは詰め所のようだ。千年前と比べると建築技術が上がっており、清潔さを感じる。千年前の詰め所と言えば馬小屋か豚小屋かみたいな場所だったのに。


「ただいま戻りました! 隊長! 怪しい金貨を持った少年を連行しましたので、ご指示願います!」


「あぁ、トムか。ご苦労様。ふむ、怪しい金貨ね。どれ、見てみよう」


 隊長と呼ばれたおっさんは体格が良くいかにも仕事ができそうな雰囲気を醸し出している。トムと呼ばれた門兵は隊長に金貨を渡そうとした。その時である──。


 バタンッ。勢いよく詰め所の扉が開け放たれた。


「た、たたたたっった、大変ですっ!!」


「何事だっ!」


 血相を変え、誰がどう見ても緊急事態だと分かる様子で入ってきた兵士が叫ぶ。


「しょ、少女ですっ!! とんでもなく強い少女によって門兵は全滅ですっ!! 街に、街に少女が入ってきてしまうっ!!」


 そこまで言って兵士は倒れた。死んではいないようだが、泡を吹いて気絶している。


「チッ、トム! そいつは牢に入れておけ! そのほかのヤツは全員武装して俺についてこい!!」


「「「「「ハッ!」」」」」


 慌ただしく準備をはじめ、一斉に詰め所から出ていく兵士たち。


「いいかっ、少年。ここは安全だ! 大人しくしているんだぞ!」


 トムは牢に鍵を掛けながら俺にそう声を掛けて出て行った。


「さて、どうしたもんかねぇ。まぁ無視するってわけにもいかないか」


 開錠の魔法で牢を開け、俺も正門を目指すことに。




「ハァッ……ハァッ……ハァ」


 俺の名前はトム。エルスタン王国、王都城下町で生まれ育った。小さい頃からの夢は王国軍騎士団に入ること。今は城下町の一等兵であるが、いつかは騎士に──そう思っていたが、俺はもうダメかも知れない。


 身なりの小綺麗な怪しいボウズを牢に入れてから駆けつけた時、目を覆いたくなるような光景が広がっていた。


 見渡す限り立っている兵士はいない。避難が間に合ったのか、地面に伏している人の中に民間人がいないことが唯一の救いだ。そして今、少女の華奢な拳が騎士にも負けない隊長の鎧を軽々と貫き……ドサリと。


「お、お前は一体何者だっ!!」


 まだ年端もいかぬ少女。金色の髪と赤い眼。妖艶さすら漂う。白いワンピースには返り血一滴ついていない。不気味だ。俺はこの少女に恐怖してしまっていた。


「私? そうね、永い間眠っていてフラストレーションが溜まっているから少し身体を動かしに来ただけよ。王都というくらいだから多少マシなのがいると思ったけど、期待ハズレもいいところね」


 ック。王国軍をバカにされた。しかし言い返すことができない。こんな時に騎士団が、団長がいてくれたらっ。


 ザッ。足音が聞こえた。震える俺の肩にそっと手が置かれる。もしやっ──。


「トム、安心しろ。俺が来たからにはもう大丈夫だ」


「エドガー団長──じゃない、なんでお前がっ!」


 現れたのは我らが王国軍騎士団団長エドガーではなく、先ほど牢屋にぶち込んだボウズだった。しかし、なぜ肩に手を置かれ、声を掛けられた時にあんなにも安心してしまったのか。


 ブンブン。首を横に振る。今はそんなことを考えている場合じゃない。


「おい、ボウズ!逃げろっ!こいつはただの少女じゃないっ!」


 怪しいボウズだが、民間人に違いはない。それも子供だ。俺が命を賭けて守るべきものたち。


「久しぶりね、ウィルフレッド」


「あぁ、千年振りだな・・・・・・リズベット」


「は?」


 知り合い? まさかこのボウズが手引きして? いやしかし、この二人の間に流れる剣呑な空気は──。


「リズベット。世界は平和になったんだ。わざわざ掻き乱さなくていいだろ?」


「あら、掻き乱すつもりなんてないわ。それに殺してもいないし。そうね、これが平和ってことなのかしらね。あまりにも弱くなってたから稽古をつけてあげたくなってしまったのは認めるわ」


「お前のは稽古じゃない。ただのイジメだよ」


「あら、偉そうに説教?何様かしら?」


 なんだ、何が起こっている? 稽古? イジメ? 弱い? この子供たちは一体何を言ってるんだ。


「ふざけるなぁ! 我が王国軍をバカにし、暴力を振るったこと、タダで済むと思うなよ!」


 俺は恐怖を振り払い、刃の潰した直剣を少女へと向け、突撃する──。


「ちょいストーップ」


「ぐえっ、げほっ、げほっ。な、なにをするボウズ、ごほっ」


 鎧の襟首を引っ張られ喉が締め付けられ、足が浮く。というか俺の突撃が片手一本で止められた……?


「街の皆さんに迷惑をかけないように飛び道具なしで一分なら相手してやるけど?」


「あら、断るわ。地獄の底で新しい魔法覚えてきたから試したいの」


「相変わらずイイ性格で」


 そういうと少女は魔法陣を一枚、二枚、えっ、何枚重ねるんだ⁉︎


「召喚──ケルベロス」


 幾重にも重なり、膨張した魔法陣はまるで地獄の蓋のようだ。それが開いた時出てきた三つ首の巨獣は災害級の魔獣を越えるであろう災厄。


「地獄の番犬手懐けてきたの。カワイイでしょ?」


「うーん、悔しいがカワイイな」


 カワイイ? ダメだ。頭がおかしくなりそうだ。こんなのが王都で暴れ出したら一体どれほどの死者が──。


「じゃ、全力で撃つからなんとかしてみなさい」


 三つ首の巨獣の口、それぞれから魔法陣が無限とも思えるほど張り巡らされ、その頭の上に乗った少女がそれひとつにまとめ上げ巨大な魔法陣の球体へと変容させる。


「『四重奏による地獄の業火カルテット・ヘルフレイム


 少女の口から魔法が紡がれた時、俺は死を悟った。


「『天牢』」


 だが、俺に死は訪れなかった。ボウズの右手から放たれた魔法が半透明の壁となり巨獣と少女を包む。その中で荒れ狂う地獄の業火。その威力ゆえか地鳴りが起こり、大地が揺れる。少しでもヒビが入ればそこから漏れ出た熱量は王都を焦土と化すことを予感させた。

 ボウズの魔法は大丈夫なのか、恐る恐るボウズを見る。


 ニヤリ。


 冷や汗ひとつかかずに微笑む少年に俺はわずかな安堵を覚える。


「結構ギリギリだけどねー。リズベットのヤツ本気で撃ったな。あ、マズイかも」


 俺はボウズの魔法が壊れないように祈ることしかできなかった。

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