第19話 とんでもねえ姉

 従者二人にエスコートされながら、セレナは実家であるユークリッド領の館へと到着する。


「お帰りセレナ」

「お帰りなさい」


 門が開かれると、館に住まう家族や従者が総出でセレナの事を出迎えた。


「ただいま戻りました。お父様、お母様」


 父と母に優しい笑みで出迎えられたセレナは、同じように微笑み、そして喜色の感情を露わにして挨拶を返す。


「お、お帰りなさい! 姉様!」


 遅れて両親の間に立つ小さな少年に挨拶されたセレナは、屈んで目線を合わせる。


「はい、ただいまキース」


 キース・ユークリッド。金髪碧眼と、父親に良く似た容姿を持つセレナの五つ下の弟である。


「疲れているだろう。セレナの部屋は綺麗にしてあるから、夕飯になるまで休んでいなさい」

「分かりました」

「ご飯を食べる時は、向こうであった事を沢山お話してね。ママ、ずっと楽しみにしてたの」

「勿論構いませんが、大体の話は手紙に書いちゃってますので」

「セレナの口から聞きたいのよ。それにお喋りも沢山したいし」


 温和な父に物凄くおっとりとした母、そして姉を慕う弟。


(うーむ、相変わらず嫁の家族構成として完璧すぎる布陣だ)


 そんな地元でも人格者と知られる家族達と久々に再会した彼は、誰目線だと言いたくなるような事を思っていた。


「それにママだけじゃなくてキースも。この子、セレナが帰ってくるのをずっと楽しみにしてたのよ?」

「お、お母様!?」

「そうだったのキース?」

「うっ……うん」

「ふふ、なら私も目一杯話さなければですね」(はっはっは、可愛い奴だな義弟よ。その調子で是非俺とも仲良くして欲しい)


 キースの微笑ましい姿を見て、セレナは頭を撫でながら答える。


「ああそうだ。お風呂の準備はしてあるから、いつでも入って構わないよ」


 彼も前世は日本男児だ。入浴に対する意欲は異世界人に比べて高い。


「あ、そうなのですか。では早速」

「お嬢様、でしたら私がお背中を」

「はいはーい、姉貴は残ってる仕事をやろうなー」


 当然、父からその話を聞くとすぐさま入る事に決めた。


(昨日の宿には風呂が無かったからな、早く嫁を清潔にしてやらねば。……あ、そうだ)


 ふと彼はある事を思い付き、おもむろにキースの方に顔を向けて、


「キース、一緒に入りませんか?」


 そんな事を言い出した。


「…………へ?」







 この世界に入浴文化という物が生まれたのは、最近の事である。

 昔から風呂という概念は存在しており、ユークリッド家のように大浴場を館に設置している貴族も珍しくは無い。しかしそれでも実際に風呂に入る者は少なく、あったら貴族として一つのステータスになるから置いてるだけという者が大半だった。


 そんな入浴文化が爆発的に広まったのは、バロウズ商会の影響が大きいだろう。バロウズ商会では一時期、風呂に入る事を勧めるようにシャンプーや入浴剤などの類を売り出していた。


 バロウズ商会の名もその時にはもう広まっており、それらの商品を試した事で入浴にハマった者が続出、今ではすっかり王国に入浴文化が浸透したのだった。


……これまでの流れからなんとなく察する人も居るだろうが、この入浴文化浸透の裏には彼が居た。


『風呂なんて人類の半分以上が好んで入るんだし、売れるっしょ。あと嫁に粗末な入浴なんてさせれない』


 もはや鶴の一声だった。口だけじゃなくある程度の知識を持ち、実現可能な能力も持っているのだからなおタチが悪い。


 まあそんな背景があった事で、あまり使われていなかったユークリッド家の大浴場も今では毎日のように利用されている。


「〜♪」


 そんな大浴場の脱衣所にて、セレナは鼻歌まじりで衣服を脱いでいった。


(うーん、我が嫁ながら素晴らしいプロポーション。現時点でもスタイルSだが、その成長性は未だSSSだ)


 姿見に写る自身の生まれたままの姿を見て、彼は満足げに心の中で大きく頷く。


(まあ、コッチは成長してもカエラちゃんに勝てると思えないが)


 そう言って彼は、美しい曲線を描く自身の双房を見つめた。


 決して小さくはなく、むしろ平均を少し上回っている二つの山。万人受けしやすいその大きさは、さながら高尾山と言った所か。

 対してカエラのソレは、言ってしまえば富士山。普段は恥ずかしいからと厚着をしたり、サラシを巻いたりして抑えているが、ひとたび解放すれば思わず、「うおデッカ」と口に出してしまいそうになるレベルだ。(※彼もそうだったように)


 男なら一度は誰もが憧れ、しかしあまりの険しさから頂上へ登りきる前に果ててしまう。そんな途方もない代物をカエラはお持ちなのだ。


(いや、別に嫁のバストサイズなんて何も望んじゃいないから別に良いけど……やっぱデカいよなー、カエラちゃんのアレ)


 ちなみにエリーゼの持つ山は、弁天山だ。詳しくは語らないが、ツンデレ属性持ちのヒロインだから仕方ないよねと彼は思ったらしい。


「……」

「キース、もう脱ぎ終わりましたか?」

「へぅえ!?」

「どうしました?」

「い、いいいや!! なんでもないよ姉様!」


 ボーッとセレナを見つめていたキースは、彼女にそう言われると慌てて服を脱ぎ始めた。


……さて、皆も気になっている事があるだろう。


 セレナの裸に見惚れ、呼び掛けると物凄い取り乱し始めたキース。明らかに意識している。それなのに彼はどうして何も思わないのか? いや、そもそも何故キースを混浴に誘ったのか? その答えは、


(懐かしいなぁ、俺も前世で小さい頃は良く姉さんと一緒に入ったもんだ)


 それが彼にとっての常識だから、だ。


 ここで一つ、彼の前世について語ろう。

 彼には一人の姉が居た。年齢差はちょうど今のセレナとキースぐらいである。

 彼の姉は、とにかくハイスペックだった。加えて優しさと美しさも兼ね備えており、まさに才色兼備である。そんな姉に彼は懐き、そしてある日を境に尊敬の念も抱くようになった。


 毎日のように彼を風呂に誘い、それを両親に止められるまでやめなかった姉は、二十歳の時に海外へ旅立った。


『姉さん……』


 別れの際、彼は今まで秘密にしていた想いを打ち明けた。理想の嫁を手に入れたいという、そんな想いを。


『……そっか』


 その頃の彼は、不安に思っていた。懸命に頑張っていると自負するものの、頑張っていれば本当に自分の思う理想の嫁なんて現れるのかと。だからこそ、身近で一番頼りになる姉へ相談したかったのだ。


『お姉ちゃんはね、理想の相手と結婚する為に海外へ行くの』

『え?』


 それは、姉がこれまで誰にも告げなかった想いである。


『それは本当なら抱いちゃいけない気持ちで、世界から非難されるような行いなの……けど、それでも私は望む相手と結婚したいのよ。なんでか分かる?』

『……』


 これほどまで姉が何かに情熱を燃やす姿を見た事がない彼は何も言えずにいて、そんな彼に姉はフッと笑みを浮かべて答えた。


『絶対に結ばれたいから。それ以外の相手と結婚するなんて考えられないから。……全部、私が心から望んでいる事よ』


 その言葉に彼はハッとした。それを見て姉は、頭を撫でながら言う。


『誰の為でもなく自分の為に、あなたも理想のお嫁さんが欲しいなら絶対に諦めちゃダメよ。妥協したらきっと後悔するわ。お姉ちゃんもショ……理想の相手と結婚出来るよう、向こうで頑張るから』


 そう最後に言い残し、姉は世界に羽ばたいた。以来、姉とは会っていないが、きっと今もまだ理想の相手と結ばれる為に頑張って……いや、姉の事だからもう実現させているかも知れない。


(姉さん、俺も頑張るよ)


 姉との思い出が蘇った彼は、決意を新たにこれからも張り切って行こうと思うのだった。


……で、結局何が言いたかったのかと言うと、中学に入るまで姉から風呂に誘われ続けた彼は、キースぐらいの年頃ならまだ姉と混浴するのは普通だと思っているのだ。加えてキースは男だが、それ以前にセレナの家族なので彼も警戒しない。


 以上が、彼がキースを風呂に躊躇いなく誘った理由である。ちなみに姉がどんな相手と結婚したいのか、彼は知らないままだったりする。


(俺は世界を回っても理想の嫁を見つけられなかったけど、異世界でこそ……!)


 余談だが、結婚できる最低年齢というのは国によって違うらしい。だからなんだという話だが。


「それじゃあキース、行きましょうか」

「う、うん」


 惜しみなく裸体を晒して浴場に向かうセレナに、キースは前かがみになりながらついて行く。


「……?」(どうした義弟よ、腹でも痛くなったか?)


 彼がこうも鈍感なのは、キースがセレナの家族だからである。嫁の家族に不埒な考えは許されないと、彼は無意識にソッチの線を考えないようにしていた。


(まさか嫁の体に欲情して……いや、義弟がそんなゴミクソ思考を持つ訳ないか)


 まあ、実際に襲ってきたら弟であろうと彼はぶちのめすが。


▼▼▼


 キース・ユークリッドにとってセレナという姉は、この世で最も清らかな女性である。

 外面的な美しさもさる事ながら、その内面の美しさは計り知れず、清廉潔白という言葉は彼女の在り方そのものを表してると思ってしまう程だ。


 そんな心優しき人物に弟のキースが懐かない理由は無く、その懐き具合は将来シスコンになる事が目に見えた。


……しかし現在、キースは単なるシスコンの枠からはみ出ようとしていた。


「〜♪」

(う……うああ……!)


 気分良く鼻歌を歌いながら、セレナはシャンプーでキースの頭を洗う。勿論、どちらも全裸である。


「キース、気持ちいいですか?」

「う、うん」(ね、ねねね姉様! あ、あた、当たりそうです!)


 元々キースは、セレナを異性として見てしまう節があった。だがそれも年頃の男の子だからという理由で片付けられる範疇にあり、実際セレナがこの地を離れて数ヶ月も経てば、あれは一種の気の迷いだったと気持ちに整理を付ける事も出来ていた。


 次に会う時は煩悩を捨て、清楚な姉に相応しい弟で在ろう。そうキースが決意を固めた矢先だ。


「そうですか、良かったです」

「……!!?」(あ、当たあああ!?)


 背中に伝わる柔らかな感触。それは確かな重みと暖かさを宿し、着実にキースの理性を削っていく。


(あー、どんどん姉さんとの思い出が蘇ってくる。姉さんも俺をこんな風に洗ってくれたよなあ)


 ちなみに彼は自身の姉にかつてされた事を倣って動いてるだけで、他意はない。彼の姉の方がどうかは知らないが。


「───はい、おしまいです」


 その後もキースに対する彼の無自覚な攻撃は続き、体を洗うだけでキースの理性はぐらっぐらである。


「それじゃあ湯に浸かりましょうか」

「……うん」(姉様、ごめんなさい。僕は悪い弟です)


 げっそりした顔色とは裏腹に元気満々な下半身のソレを見て、いっそ引きちぎってしまおうかとキースは考え始めた。


(と、とりあえず落ち着かなきゃ)

「あら? どこに行くのですか?」

「え?」


 一旦風呂に浸かってリフレッシュしようと思ったキースだが、セレナはそれに待ったを掛ける。


「折角ですので一緒に浸かりましょう?」


 そう言いながら、風呂に入ってセレナは自身の膝の上をアピールする。


「…………え?」


 もう一度言うが、他意はない。これも彼が前世の姉にされた事だ。


「どうしました?」(え? 何その反応、別に姉弟同士なら普通の事だろ?)


 ちなみに彼は姉(※超美人)に対してカケラも欲情しなかった。


「……いえ、なんでもないです」


 心底不思議そうな顔で見つめてくるセレナに、キースが抗う術など無かった。


「ふふ、こうして一緒に湯を浸かるのも久しぶりですね」(なんか和むわー、姉さんもこんな気持ちだったのかな?)

「ハイ、ソウデスネ」(無心無心無心無心無心無心)


 それからたっぷり一時間が経過し、セレナはスッキリした様子で風呂から出た。


「付き合ってくれてありがとうございます。また一緒に入りましょうね」

「……はは」


 その日、キースは夕飯以外を自室のベッドの上で過ごした。翌朝、布団にくるまりモゾモゾとする姿を誰にも見られなくて本当に良かったと彼は思ったらしい。

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