第二章

第18話 サマーライフは故郷にて

 ルーク達が迷宮の魔術師と戦ってから早数ヶ月、王立学園では夏休みが到来していた。


 夏休みでの生徒達の過ごし方は様々だ。学園から離れて地元に帰る者も居れば、王都を満喫する者も居る。学園は基本的に空いているので、クラブの皆で何か活動をするというのも良いだろう。


「楽しみですね、セレナ様!」

「ふふ、そうですね」


 そしてセレナとカエラは、夏休みに地元へ帰る事を選んでいた。


「以前に魔術師と出会した事を手紙に書いたら皆さん凄く心配されたので、早く元気な姿を見せたいです!」

「そうですか。私も家族全員と手紙のやり取りをしていますが、とても心配されてましたし、私も早く元気な姿を見せなきゃですね」


 幼馴染であるセレナとカエラは、地元も同じである。故に、こうして馬車を使って向かう道中も一緒に居られるのだ。


(義父様、義母様、安心して下さい。娘さんは俺がしっかり守ってますから!)


 楽しい雰囲気が流れる中、彼も彼で張り切っていた。


 彼にとってセレナ・ユークリッドという少女は、自分自身でなく自身の嫁だ。セレナの家族を嫁の次に大事にするのは、彼にとって当然の事なんだろう。


(早く嫁のご両親に挨拶したいし、もっと魔術を究めねば……!)


 そこに自身の生みの親という観点を持たないのは、なんとも極まってるというか彼らしいというか。


(その為にも、なるべく早く師匠のとこへ行かなきゃな)


 彼が夏休みに実家へ帰る事を選んだのは、なにもセレナの家族に会う為だけじゃない。いや、目的の八割強がそれだが、他の思惑も彼には一応あった。


 自身に魔術を教えてくれた師匠、魔術を究める為にも彼と会い、魔術協会や他の魔術師の話を聞く必要があった。







 馬車に揺られて、夜になったら宿で休む。それを数日ほど繰り返し、セレナとカエラは自分達の故郷に辿り着く。


「おお! カエラちゃんとセレナちゃん、帰って来てたのかい」

「はい! 先ほど帰ってきました!」

「久しぶりやねぇ、見ない内にちょっと大きくなったかえ?」

「ふふ、此処を離れて半年ですが、確かに成長したかも知れません」


 地元に帰ったセレナとカエラは、道中の出会う人々から歓迎されていた。


 教会でも精力的に活動しているカエラは、地元でも頑張り屋として知られている。

 そしてセレナの方は……嫁の故郷だからと彼が張り切って地元民との交流を進めた結果、


「おいお前ら! セレナ様がお帰りになられたぞ!!」

「ぬぁにいい!?」

「我らが聖女様のご帰還だ!」

「今日は宴じゃあああ!!!」


 この通り、今や若者を中心に人気を集める知らぬ者なしのアイドルみたくなっていた。


「わあ、相変わらず人気者ですねセレナ様」

「ふふ、皆さん元気そうで私も嬉しいです」

「「「「うおおおお!!!」」」」※歓喜に震える男衆


 セレナに熱い視線を送る男達。これに関して彼は、


(はっはっは、嬉しいだろう皆の衆)


 意外にも気分を害していなかった。


(やっぱり良いな地元は、嫁が皆に愛されてるって事がしっかり伝わる)


 彼は理解しているのだ。男達から注がれている視線には恋愛感情など無く、どちらかと言えば推しに対して向ける感情と同じだという事を。

 ガチ恋勢が如く嫁に欲情するなら容赦なくキレる彼だが、一人のファンとして健全に推すだけなら何も文句は言わない。むしろ嫁の良さをアピール出来るならファンサービスも厭わない。


(帰ってきた記念にもっかいやるか? ライブ)


 かつて、彼は大勢の前でピアノを弾いて歌を披露した事がある。それはセレナとカエラが王立学園の入学が決まり、王都へ旅立つ前日の事。セレナの父親が街の住民達を巻き込んで盛大なパーティーを開いたのだ。


 王立学園に入学できるというのは、大変名誉ある事だ。しかし、だからと言って住民総出で祝うような慣例は王国に無い。

 セレナの父親が街全体でパーティーを開いたのも、それに住民達が満場一致で同意し、祝ってくれるのも、全てはセレナとカエラの人徳による物だった。


 街の人達が祝ってくれる光景を見て、カエラは泣いた。セレナも泣いた。そして彼も転生して以来の感動を味わった。


『嫁の門出を祝ってくれる皆の為に、俺もひと肌脱がねば!』


 思い立ったら即実行、彼は自身の従者達に頼んで街の広場に簡易的なコンサートを用意させ、そこに住民達を集めてライブを開いたのだ。


 なにかと前世に色々やってる事でお馴染みの彼は、当然の如く演奏分野も履修済みだった。最も得意とするのはギターだが、嫁のイメージに合わせてピアノをチョイスしている。


 そうして始まったセレナのライブは、物凄い盛り上がりを見せた。彼も気を良くして前世に存在する異世界人にウケそうな曲をリストアップし、即興で演奏した。

 人々はセレナが奏でるピアノの音色と歌声に聞き惚れ、流れが入学祝いのパーティーからセレナのワンマンライブショーへと切り替わるほど熱中した。


 このひと時は街の間で伝説となり、人々は聖女改め歌姫セレナが再びステージに上がる事を望むようになるのだった。


(いや、ああいったライブは本当に特別な日にだけやるのが丁度いいんだ。定期的にやってたら有り難みが薄れちゃうしな)


 そんな皆が待望するライブは、残念ながら本人セレナマネージャーの意思で今回は無しとなった。


「それではセレナ様! また明日にでもお会いしましょう!」

「はい、カエラも楽しんでいって下さい」


 しばらく街中の大通りを並んで歩くセレナとカエラだが、実家と教会が脇道の奥にあるカエラは、途中でセレナと分かれる事となる。


(……さて、時間があるなら師匠のとこへ行きたいけど)


 そして一人になった彼は、出来るなら寄り道をしたいと考えるものの恐らく無理だろうと考える。


(あ、やっぱ来た)


 その理由は、大通りの向こうからやって来る二つの人物にあった。


 一人は軽装だが、腰に携えた剣から騎士だと分かる黒髪翠眼の若々しい男性。もう一人も黒髪翠眼で同じくらい若く、そして一目でメイドだと分かる服装をした女性。


「お帰りなさいませ、セレナお嬢様」

「お嬢、お久しぶりです」


 二人はセレナの前まで来ると、恭しく頭を下げてそう言った。


「シルフィ、アーロン、お久しぶりです。わざわざ迎えに来てくれたのですね」

「お嬢様の専属メイドとして当然の事です」

「俺もお嬢の専属騎士だからな。……まあ、姉貴に引き摺られる形で来たけど」


 シルフィ・ニアガード、アーロン・ニアガード。二人は代々ユークリッド家に仕えるニアガード家の子であり、姉弟揃ってセレナの専属従者として仕えていた。


(わざわざ迎えに来なくても大丈夫って手紙には書いたけど、まあこの二人は来るよねー)


 二人のセレナに対する忠誠心の高さは周知の事実であり、それは仕えられてる身である彼も理解していた。


「では、行きましょうか」(まあ師匠の所はいつでも行けるし、別にいいか)


 迎えが来たなら仕方ないと、彼は潔くシルフィに手を差し出した。


「……」

「あ、ごめんなさい」(ヤッベ、気ぃ抜いてた)


 その手をジッと見つめるシルフィを見て、やっちまったと彼は思う。


「つい昔の癖で」(この程度で嫁の理想像は崩れないけど、流石にもう卒業する頃合いだよな)


 昔は良く理想の嫁(※幼少期編)を演じるべくシルフィと手を繋いで歩いたものだが、今の年齢でもそれをするのは微妙に解釈違いだった。まだまだ許容範囲内なので、慌てる程じゃなかったが。


「いえ、構いません」


 しかし彼が手を引っ込めようとする直前、シルフィは素早く優雅な手つきで握ってきた。


「お嬢様がそれを望むのなら、私は喜んで応じます」

「シルフィ……」

「それに手を繋ぐ程度の事でしたら、例えお嬢様が二十歳を超えても私は拒みません」

「……ふふ、流石にそれは恥ずかしいです」


 冗談混じりな言葉にセレナは笑みをこぼした後、シルフィの手を握り返した。


「では改めて、行きましょうか」(まあシルフィも気にしてないみたいだし、今日ぐらいは普通に手を繋ぐか)


 相変わらずの忠誠心を見せるシルフィに嬉しく思いながら、彼はシルフィと手を繋いで歩き始めた。


「……」


 そんな、手を繋いで歩く二人を後ろから眺めるアーロンは心の中で密かに思考する。


 ここで少し、二つほど説明を挟んでおこう。まず一つに、セレナを理想の嫁と定義している彼についてだ。


 理想の嫁であるセレナを皆に愛されるべく動いている彼だが、セレナに欲情する相手には激しく怒る。その関係上、欲情する確率の高い男性を始めとし、ルークのようなモテる男に対して非常に高い警戒心を見せる。……が、反して女性やセレナの家族に対しては、嫁を狙う心配なしと仮定して警戒心を低くしている。


 二つ目に、アーロン・ニアガードの持つ加護についてだ。

 心から信頼し合っている相手とだけ、遠隔でも脳内で会話が出来たり、近くに居るなら心を読めたりと、テレパシーのような事が可能。それがアーロンの持つ加護の力である。

 この力の対象となっている相手は数人ほど存在するが、身近な相手として姉のシルフィが居た。


(……姉貴よ)


 そんなシルフィの現在の思考は、今もなおアーロンに伝わっていた。


『ふおおお!!! お、お、お嬢様の手! 半年ぶりの生お嬢様の手! や、柔らかあああ!!?』


……誤解の無いよう言っておくと、この思考はシルフィ・ニアガード、つまり現在進行形でセレナと手を繋いでいる専属メイドの心の声だ。


『たった今分かりました! これ以上お嬢様から離れると私は死にます! 頭痛、発汗、不眠、幻覚! 半年離れただけでこの有り様なんですから、再びお嬢様と離れ離れになったら私は狂い死にます! やはり今すぐにでも王立学園へ同行できるよう打診せねば───』

『───姉貴! ストップ! 嬉しいのは分かるけどストップ!』

『ハッ……!』


 これ以上の暴走は不味いと判断したアーロンは、慌てて加護の力を使ってシルフィに心の声を伝えた。


『……落ち着いた?』

『ええ、いつも悪いですねアーロン』

『気にすんなって、いつもの事だし』


 シルフィがセレナに向けてる極大の感情は、今のところアーロンしか知らない。変態的な思考が表に出ないようシルフィも努めて自制しているが、抑えれそうにない時はこうして弟のアーロンに加護を使ってコッソリと抑制させて貰うのだ。


『俺も姉貴が元気になって何よりだ。お嬢が此処を離れて間もない時の姉貴……ほんっとう、見てられなかったし』


 セレナが居た頃は週三で暴走していたシルフィは、セレナが居なくなると毎日のように暴走、いや発狂していた。


 もうアーロンが必死にフォローしても難しいレベルで酷かったが、ひと月経つ頃には発狂する頻度も少なくなった。……シルフィ手製のセレナ人形(※実寸大)が完成されたお陰で。


『あの時は迷惑を掛けましたね。ですがやはり、本物のお嬢様と再会するとあの人形が如何に見劣りしているか分かってしまいます。もうあの人形をお嬢様と呼ぶ事は出来ませんね』

『そ、そんなにか? あの人形、本職に勝るレベルで完成度が高かったぞ……怖いぐらい』


 セレナ本人だけじゃなく、彼女が良く着る下着も人形に身に付けれるよう用意していたのにはアーロンもドン引きした。


『いいえ、やはりお嬢様は生に限ります。生のお嬢様に比べたらあの人形など塵芥も同然』

『すっごい言うじゃん』

『それに人形は私に微笑み掛けてくれる事も……嗚呼、先ほどお嬢様が浮かべたあの笑顔、あれだけで私は三日間ぐらい飲まず食わずで働けます。……はっ! こんな時こそ以前に購入したカメラを使うべきでは? アレを使えば毎朝お嬢様の笑顔を、いえそれどころか最近じゃご一緒できないせいでレアになってしまったお嬢様の入浴姿を永久保存する事も』

『姉貴ー! 頼むから正気に戻ってくれ! それは人として本当に不味いから!』


 いつも以上に暴走する姉を、アーロンは必死に抑えようとする。


「〜♪」(嫁の家族も従者も、町の住民も良い人らばっかだし、やっぱ此処は俺の嫁の故郷として最適な環境だな)


 そんな事が起きているとは露知らず、彼は和やかな気分で帰路につく。


 幸か不幸か、手を繋いでいる相手がどんな本性を隠しているのか、互いに知る事は今まで無かった。

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