間話1-1 潜入! 悪魔が住まう館!
この世には加護や魔術といった超常を操れる力が存在する。それらは神が認知する所であり、神を信仰する人々もまた、神を通じてその存在を把握している。だが、この世には神でさえ理解の及ばぬ物事も確かに存在した。
それは未知の生物であったり、現象であったり、アイテムであったり……合理的な説明が付かず、神にも答える事の出来ないそれらを、人々は悪魔と呼んだ。
「───そんな悪魔の正体を解明し、白日の下に晒す事が、我ら悪魔研究クラブの使命なのです!」
王立学園にある悪魔研究クラブ、その活動部屋にて、少女は四角いメガネをクイっと上げてセレナに自身のクラブについて説明した。
「なるほど、未知に恐れる人々の為に真相を暴く。とても良いお考えだと思います」(どこの世界にもオカルトマニアっているもんだなー)
自分も前世でオカルトに走ってた事もあったなー。と、感慨に浸りながら彼はセレナとしてメガネの少女の対応をした。
「ウッ……そ、そう! そうなんです!」
セレナの発言に若干の動揺を示したメガネ少女はそう答えた後、後ろに控える三つ編みの少女とヒソヒソ声で話し始めた。
「ちょっとエリちゃん! 良い子、めっちゃ良い子だよ!」
「良い子だね〜」
「私ただ悪魔を追って楽しんでるだけの人なのに、なんかすごい尊敬の眼差し向けられてるんですけど!」
「いいんじゃない〜? 悪く思われてる訳じゃないんだし」
「心が痛いよ!」
セレナに聞こえないよう懸命に声を落としているが、残念ながらバレバレである。
(結局、前の世界にガチの怪異って存在したのかな?)
そんなヒソヒソ話を華麗にスルーしつつ、彼は前世について思いを馳せる。
前世で理想の嫁を探し求めていた彼は、毎年神社にお参りする時は良縁祈願も必ずやるようにしていた。それだけじゃ飽き足らず、一時期は日本どころか世界中のパワースポットを巡ったりもした。
結局それが叶う事はなく、巡った後に色んな女性から立て続けに求婚されるだけで終わった。※言うまでもないが断ってる。
「……コホン。それでセレナさん、私達の調査について来てくれるっていうのは本当?」
「はい」
「カエラちゃんに無理やり連れて来られた訳じゃなくて?」
「レイラ様!? そ、そんな事を思ってたのですか!」
私がセレナ様に無理強いする筈ありません! と、心外だと言わんばかりにぷりぷり怒る。
「ごめんごめん、でもどうしても確認しておきたかったんだよ。だって」
「私達が今から行くのは、ミミクリー家の廃館だから」
メガネの少女、レイラ・ギルメッシュの発言を遮り、彼女は続きを語った。
「七十年前、ミミクリー家は別荘として王都の端にある館を購入した。ほとんど新築の館を相場より安く買えた事に当主は疑問に感じたが、そこにいわくがあるという話は聞かない」
黒のストレートロングヘアに真っ赤な瞳をした冷たい雰囲気の美少女は、読んでいる本から目を離す事なく語り続ける。
「当主は買ったばかりの館に家族を引き連れて住み始めた。数日経っても何も起こらず、やはり大丈夫だなと気にしなくなった。……それから一週間後、ミミクリー家が行方不明となった」
彼女は語り続ける。淡々と、揚々のない声で。
「館の外に出た痕跡も無く、調査に来た騎士達は館内を徹底的に調べ……そして、一人の騎士が焦燥した様子で仲間に駆け寄り、こう言った」
───死んだ妻に会った、と。
「それからも調査は続いたが、そういった奇妙な報告は後を絶たず、加えて行方をくらませた騎士も多く現れた。この事から騎士達は、あの館には悪魔が潜んでおり、悪魔はその者が最も望むものを餌におびき寄せ、喰らう……そう考察した」
そこで彼女は、ようやく本を閉じてセレナの方に顔を向けた。
「以来、悪魔を祓おうと数多くの実力者が館に訪れたが等しく敗れ、いつしか誰も近寄らなくなった。そして悪魔は今もなお、館で獲物が来るのを待ち続けている」
「……」
「あの廃館に悪魔が居るのはほぼ確定よ。それもとびきり悪辣なのが。……あなた、それでも来たいわけ?」
最後にそう言って締めくくり、彼女は冷たい視線をセレナに送った。
「ちょっとマリーちゃん! 流石に脅しすぎだって!」
「半端な覚悟で来られる方が困るわ。部外者を巻き込んで死なせたとなったら、それだけで悪魔研究クラブは終わりよ」
「うっ、それはそうだけど」
レイラの言葉を黒髪ロングの少女、マリー・フィアドレッドは一蹴し、セレナの事をジッと見る。
「で、どうなの? 今なら引き返せるわ。というか是非そうして欲しいのだけれど」
……彼女達が所属する悪魔研究クラブは、今回の活動にクラブの存続を賭けている。
悪魔研究クラブは発足以来、今の今まで目立った功績を上げられていない。悪魔研究クラブが出す功績とはつまり、悪魔の正体解明の一助となる事だ。
実質オカ研みたいなクラブに何を求めてるんだと思われるかも知れないが、ここは王国でも名高い王立学園だ。クラブにも相応の品質を求められる。
クラブを単なる遊び場にさせるほど、王立学園は甘くない。功績を上げられていない悪魔研究クラブは遂に、学園側から警告されたのだ。この状況が続くなら廃部させる、と。
廃部の可能性を告げられて彼女達は焦った。故に多少の危険も覚悟で、確実に悪魔が潜んでいるミミクリー家の廃館を調査し、功績をあげようと考えたのだ。
(ここまで頑張って進めたのに、それが部外者を招き入れたせいで終わる? 冗談じゃないわ)
マリーは根っからの探索者、現代で言う所のオカルトマニアだ。彼女にとって悪魔研究クラブは趣味に没頭できる貴重な場であり、同胞と集まって語り合える大切な場だ。
自分の大事な居場所を部外者のせいで台無しにされたくない。そんな想いが、彼女の中に渦巻いていた。
「……お聞きしますが、悪魔を退治する訳じゃ無いんですよね?」
マリーに覚悟を問われたセレナは、レイラの方に顔を向けて尋ねる。
「え? ええ、そうね。むしろ悪魔が現れたら全力で逃げる。それが私達の方針よ」
「そうですか……カエラ」
続けてセレナは、カエラの方を見る。
「はい、なんでしょうか」
「このクラブは好きですか?」
「勿論です! このクラブも、クラブに居る方も、全部が好きです!」
その言葉を聞いたセレナは、分かりましたと言うと改めてマリーの方に目を向ける。
「私も行きます」
「……ッ、なぜ?」
「理由は二つ」
睨み付けてくるマリーに、セレナは二本の指を立てて答える。
「皆さんが悪魔を退治するつもりだったら、私はついて行くのではなく引き留めました。……それと」
カエラを一瞥した後、セレナは言う。
「友達が危険な地へ向かうと知って見送れるほど、私の心は強くありませんので」
「……はぁー」
好奇心ではなく友達を守る為、それが本当に言ってるのだと分かってしまうからこそ、マリーはため息を溢してしまった。
「好きにしなさい。死んでも知らないから」
「ありがとうございます」
もうどうにでもなれと、友達の為に動くセレナを拒む事が出来ない彼女は、突き放した態度で言った。
「……あのー、ここの部長って私なんだけど」
それを側で見るレイラは、どうにも自分が蚊帳の外になってる感が否めずボソッと呟く。
「レイちゃん」
そんなレイラの幼馴染にしてクラブの副部長、エリン・マンハッタンが彼女の肩にポンっと手を置いた。
「エリちゃん……!」
「部長の威厳、かたなしだね〜」
「う、うわあああん!」
いつも通りのんびりとした口調で放ったエリンの一言は、終盤のジェンガみたいになってる彼女のメンタルをブレイクした。
そこそこ速く、かつお高い馬車に乗って数時間。すっかり辺りも暗くなった頃、悪魔研究クラブは目的の廃館に到着した。
「おー、すっごい雰囲気ある」
「そうだね〜。周りに人も居ないし、まさに悪魔が住む館って感じだね」
おどろおどろしい雰囲気を放つ廃館に、レイラとエリンは思い思いの感想を述べる。
エリンの言った通り、人の気配は全くしない。周りにも建物はあるが、悪魔を恐れて皆が離れた。故に、この辺りには彼女達のような物好きしか存在しない。
「セレナ様、大丈夫ですか?」
この場に恐怖で緊張する者はいない。カエラは少し前に魔術師という明確な脅威と戦った経験があるし、悪魔研究クラブの皆も様々な怪奇スポットを巡って来た。程度は違えど、恐怖に耐性が付いている。
「ええ、心配いりませんよ」(なにせ俺が守るからな。そう、嫁の頼れる夫こと、この俺が!)
彼に関しては……なんというか、次元が違った。
(嫁はお化けとか怖いのはちょっぴり苦手だけど、俺が居ると安心して平気になるんだ。愛の力ってやつだね!)
文字通り神をも恐れぬ行為を平然とやってのける彼に、はたして恐怖心は存在するのだろうか?
「……時間も無いし、早く行きましょう」
「あ、ちょっと待った!」
レイラは歩き出そうとするマリーを引き止めて、持って来た大きなカバンを地面に降ろして探り始める。
「レイラ様、どうかしたのですか?」
「ふっふっふ、実は昨日、運良く手に入れたのだよ。そう!」
目当ての物を手にした彼女は、それを勢いよくカバンから取り出す。
「じゃじゃーん!」
「おー! それはもしや巷で話題の!」
「……っ! カ、カメラ!」
取り出された物を見たカエラは驚き、常に落ち着き払った態度を見せるマリーでさえ声を上げた。
カメラ、それはバロウズ商会が新たに開発した画期的な道具。瞬間の光景を一枚の写真として保存可能という、文明レベルが中世の異世界人にとって魔法のようなアイテムなのだ。
「たまたま店に寄ったんだけど、まだ一個だけ置いてあったので思わず衝動買いしちゃいました!」
「あ〜。だからレイちゃん、今日のお昼ごはんパン一枚だけだったんだ」
「うん! 手持ちのお金と向こう一ヶ月の食費を全部使った!」
そう高らかに言う彼女の目からは、涙が濁流のように溢れていた。
(へー、あれってかなり需要と供給のバランスぶっ壊れてるのに、よく買えたな)
彼がカメラの話をエリックに持ち出したのは、実に六年も前の事だ。
『嫁の成長記録を写真に残したい! それを見て将来、こんな事もあったねとか嫁と語らいたい!』
そんな動機から彼は、エリックにカメラの作成を依頼した。そしてエリックは、カメラの開発に人員を三割、資産の四割を投資した。それをするだけの価値がカメラにはあると、エリック自身が思ったからだ。
しかし、カメラの開発は非常に難航した。なにせカメラとは、近代以降に生み出された道具なのだ。それを文明レベルが中世の異世界人に、見本もなく、アマチュア程度の知識しかない人間の情報だけで、作らせようとしているのだ。はっきり言って無謀だった。
しかし、エリックは諦めなかった。彼も嫁の成長記録保存の為に持ち得る知識を総動員させた。あとバロウズ商会お抱えの技術職も過労死を覚悟するほど頑張った。
結果、とうとうカメラは完成された。流石にカラー写真までには至らず、画素数も粗さが目立ち、デカいし重いしと課題が多く残っているが、それでもカメラはカメラ、中世の文明には存在する筈のないカメラなのだ。
「カメラ……私がいつ見ても売り切れだった、あのカメラ……」
マリーのように、欲し続けても手に出来ない人というのは王国中に居た。
「ま、まあとにかく、これを使えば調査もかなり捗ると思うの!」
レイラはひとしきり涙を流した後、気を取り直して本題に進める。
「私の貯金を犠牲にしたんだ。絶対、ぜーったい成果を出そう!」
「はい! 頑張りましょう!」
「違う違うカエラちゃん。ここは、おー! って言う所だよ」
「お〜」
「ほらこんな感じに!」
「分かりました! おー!」
「おー!」
三人はキャッキャッと戯れた後、無言でマリーの方に目線を向ける。
「……え、私もやるの?」
「ふふ、ほらマリー先輩、皆さんが待っていますよ」
「ッ、なんであなたはしない
「私はクラブの部員じゃありませんので」(それにそういうノリ、嫁のキャラに合わないし)
セレナに背中を押されたマリーは、渋々といった様子で前に出る。
「……おー」
「「「おー!」」」
こうして四人は結束を固め、悪魔が潜む廃館の調査に乗り出すのだった。
(……というか、そのノリで合ってるのか?)
▼▼▼
遠い昔、ある一つの存在によってそれらは生み出された。
それらは大空を羽ばたくトカゲであったり、山より巨大な牛であったり、知性を持つ剣であったり、生きた粘性体であったりした。
非現実的な生態を持つそれらを創造主は魔物と名付け、ある一つの目的の為に次々と新しい魔物を生み出していった。
目的に沿った魔物が生み出されるまで創造主は幾度も試行錯誤を繰り返したが、魔物を生み出すより効率の良い手段を見つけた事で、魔物は用済みとなって放置されるのだった。
……現在、悪魔と称される存在の正体ほぼ全てが魔物である。それはミミクリー家の廃館に潜む悪魔にも当てはまる事だった。
霧状で、特定の姿形を持たないその魔物は噂にもある通り、獲物が最も望む存在に化ける事が出来る。そして獲物が完全に心を開いた瞬間、即座に捕食する。
その魔物はなんにでも成れる。故人でも、架空の人物でも。膨大な富でも、不老不死の薬でも。文字通り、なんにでも成れる。
知識が欲しいのなら、求めた物が記されている書物にでも成ろう。自分を変えたいのなら、理想の人物に成らせてやろう。世界を変えたいのなら、望んだ世界そのものにさえ成ってみせよう。
それは幻覚なんて低次元の話では無い。確かな実体があり、実感がある。だからこそ、どんな人間であっても思わず心を開いてしまうのだ。
心を無にし、悪魔を殺す事だけ望む。そんな対策をして挑む者も居たが、それすら魔物は読み取り、望み通り悪魔を殺させて満足して貰った後に捕食した。
その魔物は相手が望んだ存在にしか化けれない。だからこそ、その魔物はいつだって捕食する為に適切な姿へ化ける事が出来てしまうのだ。
(……キタ)
その日、魔物は久しぶりに獲物か来て歓喜した。
(ヘンナ ノゾミ ダナ)
その者の望みは、魔物が送った長い生の中でも随分と奇妙な内容で、けれど自分はそれを叶えてやるまでだと思い直した。
先ほどまで廃館の名に相応しいほどボロボロだった部屋の一室は、瞬く間に清潔感のあるリビングへと早変わりする。
「───おかえりなさい、あなた」
そしてリビングのドアを開けた獲物に対して、魔物は穏やかな笑みを浮かべて出迎えた。
「…………うん、ただいま
出迎えられた
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