第12話 王国騎士団、定例会議
王城と隣接するように設置された巨大な館。通称、騎士館。
王国騎士団の本部として利用されているそこでは現在、とある会議室にて六人の騎士が集っていた。
「───それでは、全員揃ったようなので本日の定例会議を始めます」
服装をビッシリと整えた涼しげな雰囲気の女性が、メガネを掛け直しながら皆に伝える。
「……のう、副団長よ」
女性の発言に訝しげな表情を浮かべて質問するのは、並々ならない威圧感を放つ強面の老人だった。
「なんでしょうか」
「ワシの両隣が空いとるんだが?」
老人はそう言って、自身の両隣に置かれた誰も座っていない椅子を見やる。依然として全てを威圧するような覇気を纏っているが、これが彼の普段なので誰も指摘しないし気にしなかった。
会議室には一台の長机と椅子が七脚置かれている。椅子は長机の側面に三脚ずつ、もう一つは上座に当たる位置へと置かれており、そして女性は上座の後ろで控えるように佇んでいた。
「クロウ・レイヴンは、いつも通り仕事が残っていて来れません」
「いつも通りって。お前さんなぁ、少しはあやつを労ったらどうなんだ?」
「優秀な人材を遊ばせたくないだけです」
老人は少しだけ咎めるように言ってみるが、女性は平然とした態度で一蹴するのを見て、小さくため息を吐く。
「まあまあローゼウスさん、これも王国の為なんですから」
そんな老人の様子を見て声を掛けたのは、彼とは向かい側の席に立つ男二人だった。
「そうだぜローゼウスのおっちゃん! レイヴンの奴は第一騎士団の隊長なんだ、仕事が多くて喚く根性なしじゃないだろ!」
細目の男と如何にも熱血漢な男は、そう言って老人……ローゼウスの事を宥める。
ライン・ローゼウス、王国第二騎士団の隊長であり、騎士団じゃ一番の古株の男でもある。
「お前らに言われんでも分かっとる、あやつの実力はワシも良く知っとるからな。それで副団長、リギルの方は?」
「リギル・アークライトですが、どうやら部下から何か報告があるらしく、それを聞いてから会議に来るようです」
「ふむ、そうだったのか。相変わらず律儀でしっかりした奴よのぅ」
感心感心と、ローゼウスは満足そうに頷いた。
「……では、会議を始めていきます」
他に質問が無い事を確認した副団長の女性は、改めて本題に入り始めた。
年に数回ほど行われる王国騎士団の定例会議。それは団長と副団長、そして六人の隊長で行われ、その内容は基本的に同じだ。
自分の担当する区域の状況はどうだとか、物資を増やして欲しいとか、平時に話す内容はその程度で、あとは適当に解散する。
「───では次に、盗賊の活動状況について。シェリー・フォーリナー」
「はい」
副団長に声を掛けられた若い女性……シェリー・フォーリナーは、席から立って手に持つ資料を読む。
「昨年と同様、盗賊の数は徐々に増えています。このままいけば大規模な盗賊団が新たに形成される可能性も高いです」
盗賊は国にとって害にしかならず、騎士団にとっても厄介な存在だ。戦っても負ける事は無いが、奴らはとにかく逃げ足が早い。戦う前に逃げられてしまうのだ。
「また盗賊に悩まされる日々が戻ってくるのかぁ。もう一度出てくれないかなー、盗賊狩り」
「……ッ」
細目の男がうんざりした口調で言うと、シェリーは苦々しい顔を浮かべた。
「盗賊狩り……!」
憎っくき相手を語るように、シェリーはその者の名を呼ぶ。
……盗賊は一年を通して生まれる。順調に栄え続けているグレイスフィア王国だが、その繁栄に置いていかれた人間が無法者になるという事例が今でも多く起きているからだ。
そんな盗賊は、ここ数年前で激減していた。
「あーごめん、そういえばシェリーちゃんに盗賊狩りは禁句だったね」
盗賊狩り。およそ五年前に突如として現れ、その一年後に忽然と消えた謎多き存在。活動が確認されてる一年間で夥しい数の盗賊を殺しており、その盗賊達の金品を奪ってきた。
今では盗賊狩りの名も忘れられつつあるが、少し前までは盗賊達の間で明確な死の象徴として恐れられ、かの者を恐れて盗賊から足を洗う人間が続出したほどだ。
「クヨクヨすんなよシェリー! 一度やられたからなんだ! 次に会ったらリベンジすりゃいいだけじゃねえか!」
「グレンくんー? それは多分言っちゃ不味いやつだから」
グレン・バーンヒューズ。王国第五騎士団の隊長である彼は、どんな状態の相手でも熱い言葉を投げ飛ばす。
「次に会った時は、必ずッ!」
「……シェリー・フォーリナー」
「あ、はい!」
俯いて虚空を睨むシェリーに、副団長は冷静な態度で呼びかける。
「今は会議中です。私情を出して進行の妨げとならないように」
「す、すみません」
激情を剥き出しにしていたシェリーだったが、副団長にそう言われると冷や水をかけられたように心を鎮ませる。
それから盗賊に関する詳細を語った後、大人しく彼女は席へと座った。
「では次に」
「───国を守る事が我々の使命だ」
「……」
そのまま進行しようとする副団長だったが、ある男が口を開いた瞬間、押し黙って彼の言葉をじっくりと聞いた。
「本来なら盗賊を対処するのは我々のすべき事であり、それを部外者に任せるなどあってはならない」
「「「「……」」」」
全員が彼の言葉……王国騎士団団長、レオン・ライオネルの言葉に耳を傾ける。
「王国第六騎士団隊長、シェリー・フォーリナー」
「はっ!」
団長に呼ばれた彼女は、姿勢を正して立ち上がる。
「盗賊狩りのやった事は慈善活動の域を超えている。故に発見次第、その身柄を捕える事が我々の方針だ」
「承知しています」
「もし君が再び盗賊狩りと相見えたのなら……必ず勝て。隊長としての意地がある事を証明して見せろ」
「……はっ!!」
ローゼウスとは異なった、静かな威圧感を放つレオン・ライオネル。王国騎士団にて最強と称される彼の言葉にシェリーは一瞬萎縮するものの、すぐに威勢よく声を出した。
「以上だ。進行を止めてすまなかったガードナー副団長」
「……いえ、団長のお言葉です。私の進行如きで無碍にする訳にはいきません」
副団長……リーチェ・ガードナーは、恭しくレオンに頭を下げた後に改めて会議を再開させる。
「団長が仰った通り、盗賊の対処は騎士団の務めです。その事を十分理解するように。……では、次の議題へと」
「───失礼します」
……再開しようとした直後、会議室の扉がノックされる。
「リギル・アークライト、ただいま戻りました」
「……どうぞ、入って下さい」
入って来たのは、第三騎士団の隊長であるリギル・アークライト。どうやら部下からの報告を聞き終えると急いでやって来たらしく、額に少量の汗が流れていた。
「遅れてしまいすみません」
「おいおい、お前さんが謝るこたぁねえよ」
「そうだぜリギル! それに思いっきり走ったっぽいのにそんな呼吸を乱さないなんて、中々根性あるじゃねえか!」
「ははは、ありがとうございます。ローゼウスさん、バーンヒューズさん」
グレンの言う通り、彼は一刻でも早く会議に向かおうと全力疾走してきた。それでも彼は疲弊した様子を表に出さないよう心がけつつ、自分の席に座った。
「にしても定例会議とは言え、リギルくんが遅刻を承知で部下からの報告を優先するとは思わなかったな」
細目の男、ジェイ・クロフォードは意外そうに話す。
「……その事なんですが」
リギルはそれを聞いた途端、真剣な表情を浮かべはじめた。
「何か、重大な事を聞いたのだな?」
「はい、団長」
肯定するリギルを見て、レオンは隣で控えるリーチェに視線を送る。
「……聞かせて下さい」
その視線の意味を察してリーチェは小さく頷いた後、リギルに部下から何を聞いたのか問いかける。
「はい、どうやら一週間前、聖騎士隊が魔術協会の拠点を見つけて襲撃しに行ったらしいんです」
聖騎士隊、それは聖都エルティナが独自に所有する武装組織である。
神への信仰が顕著に行われているグレイスフィア王国では、あらゆる宗教の総本山とも呼べる聖都エルティナの待遇が他の街と比べてかなり異なる。その中の一つが聖騎士隊という組織だ。
街を統治する領主は、当然だがお抱えの兵士を持っている。聖騎士隊も同じ扱いと言われてるが……実際は違う。
王国騎士団に次ぐ、あるいはそれ以上の戦力を持っており、加えて国王直々の命令より聖都からの命令を優先する。そんな一歩間違えれば国家への反逆と見なされる行為を、神のご意志と語って堂々と出来てしまうのだ。
「またかいな? あれからまだ十年しか経ってないぞ」
「ほんっと困るよね、その後始末を誰がやるんだって話さ」
国ではなく神の為だけに動く聖騎士隊は、王国騎士団から見れば盗賊と同じぐらい厄介な存在だった。
「……それで結果は?」
神の従順な下僕として働く聖騎士隊は、ある二つの存在を滅ぼすべき悪と考えて行動している。
神から見放された忌むべき種族、獣人。そして神の禁忌に触れた愚かな存在……魔術師。
魔術師とは、神から授かった加護を独自に研究し、超常の力を魔術という形で我が物にしようと企む人間の事を呼ぶ。
神々は人知を超えた力を個人が振るう状況を良しとせず、自分達の信者に天啓を与えて魔術を禁忌に指定させた。
「はい、魔術協会を半壊させたらしいです」
そんな魔術師が集う魔術協会は、聖騎士隊にとって決して許してはならない組織だった。
「ですが取り逃しも多く、聖騎士隊は現在も逃亡した魔術師達の行方を追ってるそうです」
聖騎士隊はこれまで何度も魔術協会を襲撃しているが、壊滅するまでには至れていない。
「……聖騎士隊も懲りない奴らだが、魔術師も魔術師でしぶといのう」
聖騎士隊と魔術協会のイタチごっこをよく知るローゼウスは、リギルが話した内容に呆れてため息を吐いた。
「聞いた事ってそれだけ? それだけなら聖騎士隊がマヌケを晒したって笑えるんだけど」
「……それが」
「うわぁ、何かあるんだね」
聞きたくないなぁと、嫌な予感がバリバリしてきたジェイは心を強く持って話の続きを聞く。
「聖騎士隊との戦いで逃亡した魔術師の一人が、王都に潜んでいる可能性があるんです」
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