第11話 悪魔のようなナニカ

 エリック・バロウズは根っからの野心家である。上へ上へと常日頃から高みを目指し続け、世界の頂点に立つ事さえ夢見た。

 そんな彼は商人の子として生まれた。大きな野心を生まれ持った彼が、金の力で世界を統べようと思うのは必然だった。


 彼は単に野心があるだけではなく、確かな能力も持っていた。加えて目的の為なら手段を選ばない冷酷さを兼ね備えており、順調に行けばバロウズ商会を大商会と呼ぶに相応しい規模まで成長させていた事だろう。


……だが、結局はそこまでだ。大商会の一つに数えられる事はあっても、最上に至る事は出来ない。それが彼の能力の限界だった。


 普通の人ならそれでも満足するだろう。だが彼は違った。並外れた野心を持つ彼は、それだけじゃ満たされない。

 信頼できる仲間を集めて一緒に上を目指す。なんて考えなど彼には無い。自分に利益がある者だけと付き合う、それが彼の求める人間関係だ。


 野望の為なら全てを利用する。そんな人間だからこそ、彼はエリックと手を組もうと思ったのだろう。


 エリックがセレナと出会ったのは、およそ八年前の事。一通の手紙がエリックのもとに届いたのが始まりだった。


 手紙は彼の寝室の窓際に置かれていた。差出人は不明で、その内容は自分と手を組もうという旨が簡潔に書かれた物であり、あからさまに怪しい。

 普段なら気にも止めずゴミ箱に捨てる所だが、その手紙には他にも様々な事が記してあり、思わず目に留まった。


 それは、異世界人にとって未知なる知識の数々だった。知識の全容は明かされていないが、どれか一つでも知識を物にすれば大儲け出来るという確信がエリックにはあった。


 何者かは知らないが、途轍もない利用価値を孕んでいる。そう判断したエリックの行動は早く、すぐに手紙の主と手を組む事にした。

 最初の内は相手も慎重で正体を明かしてくれなかったが、それから一年後には顔合わせも出来た。


 実際に会ってみれば十にも満たない子どもだったり、理想の嫁を体現したいと吐く狂人だったりと、驚かされた物だが、エリックは全ての知識を吐かせた後、余計な事をされる前に処分するつもりだった。


 どうせ短い付き合いになる。そう思っていたからこそ、エリックは気にせず彼と接し続けた。

 しかしそれから一年、二年、三年と経って現在、気付けばエリックは彼を切り捨てる事が出来なくなっていた。

 情が湧いた訳じゃない。傀儡にされてるつもりもない。ただ、気付いたのだ。自分の野望には彼の存在が必要不可欠だという事に。


「うっわナニコレ!? やっば! か、か、かわわっ!」


 着物を着て姿見の前ではしゃぐセレナを、エリックは静かに見守る。


「───えっと、どうでしょうか? 初めて着る服でかなり苦労したので……その、喜んでくれると私も嬉しいです───かぁー! 可愛すぎるだろ俺の嫁ぇ!!!」


 中々にイカれているが、エリックは気にしない。彼のああいった姿は、これまで何度も見てきた。


「……取り組み中のとこ悪いんだが、少しいいか?」

「あ?」


 あからさまに不機嫌そうにしてくるが、エリックは気にせず質問を投げ掛ける。長い付き合いで分かった事だが、彼は上機嫌な時の方が寛容で、少しばかり水を差されても気にしない。なので寧ろ、今のうちにいつもより深い事を突っ込むべきなのだ。


「さっきセレナ殿は、俺の思惑を悉く当てている。つまり分かっている筈なんだ」

「俺に利用価値が無くなれば、お前に殺されるって話か?」

「……そうだ」


 エリックは彼が持つ未知なる知識を共有して貰い、その報酬としてエリックは彼の為に色々と動く。二人はそういった利用し合う関係なのだ。

 彼の方がどうか分からないが、エリックは今でも彼の利用価値が無くなれば秘密裏に処理しようと思っている。


「あー、それについては俺も前々からじっくり考えてきたんだけどさ」


 それを理解しているのに何故、彼はこんなにも呑気でいられるのか。


「思ったんだ。お前が老衰するのと、俺がネタ切れになるの、どっちが早いんだろうってな」

「……ッ」

「自慢じゃないけど、俺は結構色んな事を知ってる。それ以外でも商売のノウハウとか、経験の方も色々と持ってる」


 エリックは昔、セレナという人物の素性を全て調べ上げた。しかし彼が語るような未知の知識を得る機会は、過去に少しも存在しなかった。


「お前が俺の話を聞いて新しいアイデアをポンポン生み出せるのなら別だが、それは出来ない。だって俺はそうい・・・う奴を・・・協力者に選んだからな」


 彼が語る未知の知識の在処。それがどうしても分からなかったエリックだが、今の会話でなんとなく分かった。


「まっ、別にお前が損する訳じゃない。どうせ新しい事をポンポン言ってもお前一人じゃ処理できないだろ? あと他の奴に相談するという手も、俺の存在を露呈させる結果になるからまず俺が許さない」


 コイツは悪魔だ。常に奴は常識の外側に居て、まず理解しようとするのが間違っている。仮に悪魔の考えを理解できたとするなら、それはきっと狂気に堕ちた時だろう。


(本当に、今まで敵対しなくて良かった)


 この悪魔と本気で戦うなら、自身の一生を掛ける必要がある。そんな長い長い寄り道をエリックはしたくなかった。


「にしても俺の嫁はなんでも似合うなぁ。次は何を……ん? これ、もしかしてチャイナ服か? ……こ、こんなハレンチな物を着ちゃいけません! おいお前! ちょっと部屋から出てろや!!」

「え? あ、ああ、分かった」


……服をプレゼントしたのは良いが、自分はいつまで付き合えば良いのだろうと、エリックは密かに思った。


「あーいけません! エッチです! 生足がとてもエッチです! クッソこんな時の為のカメラだろうが!! いつになったらカメラを作ってくれるんだ会長よぉ!?」

「す、すまん! だが一応の形は出来ているから、もう少しで実用化は───」


 悪魔という名の変態に翻弄されながら、エリック・バロウズは今日も野望の為に動き続ける。


 野心が満たされるか、過労死するか、どちらが先かは変態の気分次第だった。


▼▼▼


 急用を思い出したと言って途中で帰る事になったセレナだが、一人が居なくなったら全員が解散する訳じゃない。セレナが帰った後も、ルーク達のショッピングは続いた。


「今日はとても楽しめました! 皆さんとご一緒できて良かったです!」


 日が暮れ始め、空が茜色に染まる頃、帰路につく道中でカエラは朗らかな笑顔を浮かべてルーク達に言った。


「俺達の方こそ、今日は凄く楽しかった」

「セレナも最後まで一緒に居れたら良かったけどね」

「うん……僕も、居なくなる前にお礼が言いたかったな」


 ロッシュはエリーゼの言葉に頷くと、手に持つ刀を見て呟いた。


「それ、確か刀っていう名前の剣だっけ?」

「うん」

「不思議な剣だよね。俺も長い間剣を握ってるけど、そんな剣は初めて見たよ」

「僕も初めてだよ。試しに振ってみたけど普段使ってる剣とはかなり扱い方が違ってて、慣れるのに時間が掛かりそう」

「やっぱりそうなんだ」


 だけど必ず物にしてみせると、ロッシュは心の内で静かに決意する。


「……あの、ロッシュ様は騎士を目指してるんですよね?」

「うん、そうだよ」


 刀を購入した後、ロッシュはセレナと語った事と同じ話を皆にも話していた。


「では、なぜ剣術クラブに入らないんですか?」

「……」


 ロッシュが剣術クラブに入らない理由、それは周りの目が怖かったから。

 彼は見た目や性格のせいで、騎士には向いていないと周りから散々言われてきた。それは今も同じで、ルーク達は違うが他の者達からの視線は、いつも弱い者を見る目だった。


 否定され続けるのが怖かったから、彼は一人黙々と鍛錬を積んできた。


「その事なんだけど、入ろうかなと思ってるんだ、剣術クラブに」


 しかし、ここに来てロッシュの心に変化が訪れた。


「え、そうなの!?」

「あ、不味かったかな?」

「いやいや、むしろ大歓迎だよ! 剣術クラブに俺と同じクラスの人が居なくて、実はちょっと寂しかったんだ」


 そう言って喜ぶルークを見て、自分もなんだかんだやっていけるかも知れないなと思った。


(よし、頑張ろう!)


 周りの目なんて気にしてたら、王国騎士団になんて入れない。そう自分を叱咤し、奮い立せた。


……帰り道でもルーク達は楽しく語り合った。


「……あ、あれ?」

「どうしたのエリーゼ?」


 しかしそんな楽しい雰囲気は、一瞬にして崩れ落ちた。


「私達、どこを歩いてるの?」

「え?」


 エリーゼの言葉を聞いてルークは辺りを見回す。


「……え?」


 一体いつの間に迷い込んだのか。気付けばルーク達は知らない道に来ていた。


 いや、知らない道というレベルの話じゃない。風景はさっきまで歩いていた王都の街並みと瓜二つなのに、まるで知らない街へ訪れたかのように土地勘が働いてくれないのだ。


「えっと、確かこのように進んで……あ、あんな道ありましたっけ?」

「一旦道を引き返した方が……けど、僕達ってどうやってここまで?」

「ど、どうなってるのよこれ? 頭がおかしくなりそう」


 知ってるようで、知らない土地。そもそも彼らはただ真っ直ぐ歩いただけなのに、道に迷うなんて事が起こるのか?


(何が起きてるんだ? それに人の気配もまったく……)

「───いちぃ、にぃ、さぁん」


 不意に、前方から声が聞こえてきた。全員が一斉に声のした方向へ振り向くと、そこには黒いローブを来た男がコチラへと歩み寄って来ていた。


「よぉん……う〜ん、四人かぁ。もうちょい数が欲しいけどぉ、まあ仕方ないよねぇ」


 間延びした口調で男は一人ブツブツと喋る。


「……誰ですか?」


 ルークは皆の先頭に出て問いただす。


「うぅん? そんな事を聞いてどうするのぉ? どうせ死ぬのにぃ?」

「……ッ! やっぱり、これはあなたの仕業ですかっ!」


 清々しいほどに男は自分の目的を率直に答えた。それを聞いてルーク達は警戒心を最大限まで上げ、ロッシュも刀をいつでも抜けるよう構えていた。


「まあ訳も分からず死ぬなんてヤダよねぇ、僕もそう思うしぃ……うん、じゃあ教えよっかぁ」


 戦意さえ見せるルーク達を気に留めず、男は両腕を広げて余裕綽々と答えた。


「冥土の土産にこんばんは、僕は迷宮の魔術師。君達に恨みは無いけど、下準備の為に殺させて貰うよ」


 男は何処までも飄々と、にんまりと歪んだ笑みをルーク達に見せつけた。

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