第10話 バロウズ商会、二代目会長

「うーん、気になるとこ多すぎっ! もうお腹いっぱい! でも満足っ!」

「あはは、堪能したようでなによりだよ……ウッ」

「私も、皆さんと一緒に色んな物を食べれて満足です……うぷっ」


 あれから六件ほど店に赴き、様々な料理を食してきた。どれも見た事のない料理ばかりで、しかもどれもが美味しいときた為、ルークとカエラは後先考えずに食べ過ぎてしまった。


「みんな今日は付き合ってくれてありがと。私はもう満足したから、誰か他に行きたい所があったら付き合うわ」

「あ、じゃあ本屋を見に行きたいです。……ただ、その前に少し休憩させて下さい」

「う、うん、俺も少し休みたいかも」

「な、なんかごめんね?」


 ひとまず食休みをする事に決めたルーク達。その頃、ロッシュは一人で近くの武器屋に寄っていた。


 元々、バロウズ商会は冒険や戦いに役立つ商品を中心に売っていた。方向性を大きく変えた今でもその名残りは残っており、バロウズ商会の武器屋には豊富な武具が揃っている。


「……」


 並べられた武具の中、ロッシュはある武器が目に留まった。


 分類としては剣で、この辺りじゃあまり見ない片刃である。だが、ロッシュは未だかつてこのような剣と出会った事がない。


 刀身は細く、重厚感は無いがスリムで軽やかさがある。ポッキリ折れるのではと心配になるほど薄い刃は、逆に凄まじい切れ味を持つ事を予感させた。


「……綺麗」


 なによりロッシュが心を惹かれたのは、刀身を波打つ模様である。剣とは戦う為の武器であり、それ以上もそれ以下もない。そう考えていたロッシュだが、この剣からはある種の芸術性が感じられた。


「刀、という剣らしいですね」

「うわぁ!?」


 不意に至近距離でそんな事を言われたロッシュは、驚きのあまり後ろへ飛び退いていた。


「セ、セ、セレナさん?」

「あ、すみません驚かせちゃいましたか?」

「い、いえ!」

「そうですか。……ところで、ロッシュさんは武器に興味が?」

「う、うん。それで、その」

「……?」


 セレナの質問に頷いた後、ロッシュは続けて何かを喋ろうとして言葉を詰まらせる。


「……ぼ、僕の家って、騎士の家系なの」

「あ、そうだったんですか?」

「うん、それで僕には兄さんが居るんだけど、兄さんは王国騎士団に所属してるんだ」

「王国騎士団、アークライト家……もしかしてロッシュのお兄さんって、リギル・アークライトさんですか?」


 王国の武の象徴として知られる王国騎士団。そこの頂点である団長の直属の部下として、隊長という身分の人間が六人居る。

 リギル・アークライト、それは王国第三騎士団の隊長と同じ名であった。


「うん、僕も兄さんに憧れて王国騎士団に入る事を目指してるんだ。その……変、かな?」


 俯きがちなロッシュは、チラリとセレナの顔を覗き見る。その目はまるで、何かを期待しているようだった。


「変な事なんて何もありませんよ。それが自分のやりたい事で、自分の信じる道なら、何があっても突き進むべきです」


 どうか頑張って下さい。そう言ってセレナは優しく微笑んだ。


「……〜〜〜〜〜やっぱり、変わらないな

「はい?」

「ううん、なんでもない」


 ボソリと小さく呟いたロッシュは、少しだけスッキリしたような表情を浮かべていた。


「───お客様」

「うわぁ!?」


 その直後、彼の真後ろで声が聞こえた。


「あちらの武器に興味がおありですか?」


 ロッシュに声を掛けてきたのは、この武器屋の店員と思われる仏頂面の女性だった。


「は、はい?」

「お買い求めになられるのでしたら、今だけサービスしてお安くします」


 店員が指す武器は、先ほどロッシュが食い入るように見た刀である。


「え、えっと」

「……ロッシュさん、折角なら買っていったらどうですか?」

「え?」


 買ってくれると思われたのか、そもそもサービスとは一体何か。突然の話で混乱するロッシュに、セレナが提案してくる。


「勿論、金銭的に問題なければですが」

「……その、いくらになりますか?」


 試しに値段を聞いてみる。すると提示された額は、ざっと計算すると七割ほど割引されていた。あまりの安さにロッシュは声を上げていた。


「質の方は問題ございません。そちらの刀、当店でも随一の業物と自負しております」

「えぇ……」


 そんな業物を安く売って良いのかと、ロッシュは思って仕方なかった。


「どうですか?」

「……そうですね、買います」


 彼自身も、あの刀には強く心を惹かれていた。それがすぐ手に届く距離にあって、セレナからも勧められたとなれば、買わない手は無かった。


「ありがとうございます。ではあちらの方で購入の手続きをお願いします」

「分かりました」


 そう言われたロッシュは、店員が指す方向へと向かって行った。


「……お客様」

「はい、なんですか?」


 ロッシュがその場から離れた後、店員はセレナに話しかける。


「お客様に少し、お連れしたい場所がございます」


▼▼▼


 一般客が入る事の無いスタッフオンリーのエリア。そこにセレナは連れて行かれ、武器屋の店員は一枚の紙を渡すと彼女を置いて立ち去った。


 紙には此処のエリアの簡易的な地図が描かれており、加えて応接室へ行くよう指示が書かれている。

 セレナは、その指示を素直に従って応接室の前までやって来た。


「……」


 扉をノックし、中に居るであろう人物へと呼び掛ける。


「どうぞ」

「失礼します」


 相手はすぐに応じ、セレナも扉を開けて中に入る。


「久しぶりだな、セレナ殿」


 応接室では、一人の男がソファに座ってセレナを迎えていた。

 銀髪のオールバック、メガネの奥から黄金色の瞳が鋭い眼光でセレナを見る。現代風に例えると、正しくインテリヤクザやマフィアのボスといった風貌である。


「えっと、此処へ来るよう言われたのですが」

「ああ、心配しないでくれ。人払いは既に済ませてある。少なくとも向こう一時間、この周辺に人は近寄らない」

「……」


 なんの脈絡もなくそう言ってくる男に、セレナは困り顔から一変、スンッと能面のような表情を浮かべて男を見つめた。


「……そうですか」


 しばらく無言のまま棒立ちで居た彼女は、ポツリと一言だけ呟く。


……直後、彼女は一瞬で机の上に乗り、椅子に座ってる男の首を片手で掴んで持ち上げた。


「ぐぁッ!?」

「色々と言いたい事はあるが、これだけは答えろ。俺の事を誰かに言ったか?」


 酷く冷たく、無慈悲に、セレナ……いや、は目の前の男を断罪すべきかどうかを見定める。


「い、言ってない! それにバレてもいない! 欠かさず調べてるが勘付いた奴も居ない筈だ!」

「居ない筈……?」

「い、いや居ない! すまん、今のは商談する時の癖でつい保険を掛けてしまったんだ!」

「じゃあ、あの店員はなんだ? 俺の事はどう説明した?」

「彼女に伝える時、間に二人ほど人間を挟んだ! 彼女も君を連れて来る理由は分かっていない! それは仲介役の二人も同じだ!」

「…………そうか」


 熟考に熟考を重ねて、彼は男の拘束を解いて椅子へと落とした。


「かはっ!」

「悪かったな、最近ちょっと周りの環境の変化が激しくてピリピリしてたんだ」

「い、いや、構わない。俺もセレナ殿の事は理解していたのに迂闊だった」


 彼は机から飛び降り、男と向かい側のソファに座った。


「それで会長、俺に一体なんの用だ?」


 エリック・バロウズ、目の前の男こそバロウズ商会の二代目会長だった。


「俺との縁を切りたくなったか? 別にいいぞ、二度と俺の事を思い出せないよう入念に記憶を消すから」

「はぁ、はぁ……セレナ殿、分かって言ってるだろう」


 あまりに見た目とそぐわぬ姿を曝け出すセレナだが、エリックは気にせず会話を続けた。


「まっ、それもそうか。俺というアドバイザーが居なきゃ、バロウズ商会は今後も発展しないもんな」

「……」

「商会をここまで成長させたのも実質は俺だが、お前はそれに義理なんて感じていない」

「……」

「まだまだ利用価値があるから俺との関係を続けてるだけで、用済みになれば自分の弱みに成り果てる前に始末しようとすら思っている」

「……よく、お分かりで」


 自身の思惑がズバリと当てられ、エリックは冷や汗を多く流しながらもなんとか言葉を紡いだ。


「そういう奴を狙ったからな。野心家で秀才、義理人情じゃなく損得勘定で相手と付き合う」


 彼は大した事じゃないと言わんばかりにスラスラと答える。


「そんな奴だからこそ、俺は協力者としてお前を選んだ」

「それは、光栄だと思えば良いんだろうか」

「お前の野望が一気に近付いたんだから、素直に喜べば? 俺も嫁の為に色々出来たし、お前と手を組んで良かったと思ってる」


 そう言って彼はケラケラと笑う。それを見たエリックは、乾いた笑いしか出なかった。


「そういやロッシュくんが刀を買う時に安くしてくれたの、あれお前の指示だろ?」

「ああ、そうだ」

「多分俺に媚びようと思ってやったんだろうけど、本当に俺を喜ばせたいなら嫁の為になる事をしろ」

「ぜ、善処する」


 またもや思惑を破られ、しかも彼はそれを直球に言ってくる。数々の商談で百戦錬磨の功績を積み上げたエリックだが、それでも彼には敵わないと感じてしまう。


「……で、本当になんの用だ? カエラちゃん達には用事があるから先に帰るって言ったんだ。これで単に挨拶したかったとかならマジで怒るぞ」


 彼は本気である事を伝える為に怒気を放つ。それを見たエリックは慌てて要件を伝えた。


「た、確かに久しぶりに再開したから挨拶しようとも思った。だが本題は別にある」

「ふーん?」

「以前、服飾の事で相談したのだが」

「ああ、覚えてるぞ。流行りそうなファッションを新しく出したいって話だったよな?」


 ちなみにその相談の末、ゴスロリというファッションが新しく王国に浸透した。今はブームも落ち着いているが、少し前までゴスロリを着ている人達がそこら中に居た。


「そうだ。それでボツになった物がいくつかあるのを覚えているか?」

「勿論だ。あーあー、ゴスロリも良いが他の服も嫁に着せたかったなぁ」


 彼が提案したファッションは全て、嫁に着させたいという欲望の基に考えた物である。その一つとして着物なんかも候補にあった。


「す、すまん、だが他の衣装は前衛的が過ぎて」

「受け入れられ難い、だろ? 売れない物を作らせるほど俺も鬼じゃない」

「理解してくれて助かる。……それで、そのボツになった服なんだが」


 エリックはおもむろに立ち上がり、後ろに意味ありげに置いてあったクローゼットを開ける。


「こ、これは……!」

「セレナ殿にプレゼントしようと、個人的に作らせておいたんだ」


 気に入って貰えるか? そう言ってエリックは、落ち着いた笑みを彼に見せた。

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