第9話 ショッピング!
王都は広い。少なくとも普通の街の五倍以上の面積があると言えば、その広大さが窺い知れるだろう。
そんな王都で最も目立つ建造物と言えば、やはり王族が住まう王城だろう。では二番目は何かと聞かれれば、ほとんどの人達があそこを指す。
バロウズ商会の本店、複数個の商店街にも匹敵する超巨大な複合商業施設である。
十年前まで王都にそんな物は存在せず、かの施設が生まれたのは数年前の事である。しかしそれから僅かな期間で有名となり、今じゃ王都を語る上では外せない施設の一つとなっていた。
バロウズ商会は今日も大繁盛。大勢の人達が客として訪れる。
(ふむ、予定の時間まであと十分って所か)
そして彼もまた、そんな客の一人だった。
(いつもなら一時間前には余裕で待機してるのに、珍しいな)
三十分前から待ち合わせの場所に待機している彼は、今日一緒にショッピングする予定のカエラが中々来ない事に首を傾げた。
(まあ俺の嫁は寛容だから、何時間と遅刻しても待つけど。でも嫁の体の方が大事だから、三時間経っても来なかったら帰るね)
相変わらずの理想の嫁ロールプレイ。しかし彼自身も待ち合わせ相手が一時間遅刻しても余裕で許せる性なので、ある意味では本当に寛容なのだろう。
ちなみに遅刻は絶対にしない。前世で十分前行動を死ぬまで怠らなかった事が、彼の密かな自慢である。
(……もしかして、クラブが忙しいのか?)
王立学園には数多くのクラブがある。クラブとは現代で言う部活動のような物であり、生徒達の大半はクラブに所属して放課後をエンジョイしている。
カエラが所属しているクラブは、悪魔研究クラブ。現代で言う所のいわゆるオカルト研究部だ。
(そういえば近々、クラブの活動で悪魔が潜んでるって噂の廃館を調査するとか言ってたな。その準備で放課後も休日も大忙しって言ってたし……それか?)
神や加護など、超常の存在や現象があるのは当たり前のように思われる異世界だが、異世界人も現代人と同じく怪奇現象を前にすると恐れる。ただし幽霊や
(カエラちゃんの事だから、最終的に俺の嫁とショッピングする方を優先すると思うが……まあ気長に待つか)
待っている間、嫁との将来設計を組み立てていこうと考える彼だが、その矢先に件の人物は大手を振って現れた。
「セレナ様ー! 遅くなってすみません!」
彼女は修道服を身に纏い、大慌てで駆け寄って来る。
「いいんですよカエラ、まだ待ち合わせの時間を過ぎてませんし」
「はぁ、はぁ……で、ですけど、セレナ様を待たせるなんて」
(うーん、流石は俺の嫁の親友枠。嫁に似て良い子だ)
きっと全力疾走で来たのだろう。セレナのもとへ辿り着くと、途端にゼェハァと息を切らし始めた。
ちなみに修道服に突っ込まないのは、それが彼女のデフォルトだからだ。基本、カエラは何処に行っても修道服を着て来る。
「少し休憩したら行きましょう。飲み物はいりますか?」
「い、いえ大丈夫です。自分の物があります」
カエラは小さなバックから水筒を取り出し、一気に呷る。
「……っぷは! お騒がせしました。もう大丈夫です」
「落ち着きましたか? では」
「あ、ごめんなさい。もう少しだけ待ってくれませんか?」
「……? まだ何かありましたか?」
「はい、実は向かっている道中で知り合いの方々と会いまして、どうやら私達と同じくバロウズ商会で買い物をするとの事だったので、折角ならご一緒にと」
(知り合い? ……まさか)
「あ、ちょうど来たみたいです! おーい!」
彼は嫌な予感がしてならない。そしてその予感は当たりらしく、話したすぐ後にカエラが知り合いと呼ぶ者達は姿を見せた。
「やっほーセレナ、今日はご一緒させて貰うわ」
「こ、こんにちは」
そう言ってセレナに話しかけるエリーゼとロッシュ。
「こんにちは、急にごめんね。けど賑やかな方が楽しいと思って」
そして当然の如く、二人の間にルークは居た。
(帰れ)
彼は盛大に顔を歪ませながら、端的にルークの事を拒絶する。勿論、それを表に出す事は無かった。
「へぇー、初めて来たけど物凄いわね」
「うん、地元にもバロウズ商会の店はあったけど、それとは比較にならない規模だね」
初めてバロウズ商会の本店に訪れた一同。その規模の大きさに、ルークとエリーゼは王立学園に初めてやって来た時とはまた異なる驚きを感じていた。
「こ、こんなに大きい商会、初めて見た」
「本当、凄いですよね。この規模の施設が数年足らずで建てられたなんて信じられません」
ロッシュとカエラも同じく圧倒し、同時に此処まで商会を成長させたバロウズ商会の二代目会長の手腕を恐ろしく思った。
「……」(ルーク・アートマンッ……! あの野郎、何処まで俺の邪魔をすれば気が済むんだ!)
一方、彼は序盤に出てくる虐めていた主人公にあっさり敗れるかませ悪徳貴族みたいな事を言っていた。
(まさか最近は関わりが薄かったから警戒も解いたと思ったのか? 残念だがお前の噂は知ってるんだよ!)
彼の言う噂というのは、剣術クラブへ入ったばかりの新入生にクラブの先輩が決闘を申し込み、そこで新入生が大立ち回りをしたという物だ。名前は明かされてないが、どうせルークがやったんだろと彼は思っている。
(それに俺は見たぞ、お前がクラブの先輩を攻略していた所をなぁ!)
彼が見た場面というのは、ルークがクラブの先輩を押し倒して胸を揉んでいた所だ。そうなった経緯は分からないが、どうせ主人公特有のラッキースケベでも発動したんだろと彼は思っている。
ちなみにその後、ルークは先輩にぶん殴られ、同じくそれを目撃していたエリーゼからも顔面パンチされた。なお、その場から逃げ出した先輩を追って見てみれば、まんざらでもない顔を浮かべていた。
(もし俺の嫁にあんな真似したら……すぞッ)
彼は本気だった。転んだ拍子に胸を揉んだり、スカートの中を覗いたり、ノックもせず入ったばかりに入浴後の裸姿を見たり、そんなラッキースケベが起きようものなら彼は問答無用でルークを血祭りにあげる。※比喩抜き
「そういえば、セレナ達は今日何しにバロウズ商会へ?」
「特に目的は決めてません。バロウズ商会の本店がどんな所か気になって」
「それで実際に行って、見て回ろうかと!」
個人的には本が沢山あると嬉しいです。と、カエラは最後に一言付け足した。
「ルークさん達は?」
「俺とロッシュはエリーゼの付き添いで来たんだ」
「エリーゼ様の、ですか?」
「うん、実は」
ルークが喋ろうとする直前、エリーゼが彼の腕を掴んで引っ張った。
「ほら行くわよルーク! 手始めにあそこのカフェって所を攻略するわ!」
「あ、ちょっ、エリーゼ、少し待って───」
あっという間にルークは連れ去られ、セレナ達はカフェへと向かう二人をポカンとした表情で見ていた。
「……え、えっと、此処って料理も色んな物があるから、それを食べたいってエリーゼが言って。それでなるべく色んな料理を食べたいから手伝って欲しいって」
置いていかれたロッシュは、ルークに代わって事の成り行きを二人に説明した。
「なるほど、確かにバロウズ商会は物珍しい料理を売り出してる事でも有名ですからね」
「それにしてもエリーゼ様、学食の時も思いましたが食べる事が本当に好きなんですね」
エリーゼが学食へ初めて来た時に見せたはしゃぎっぷりを思い出し、二人は納得したように頷いた。
「セ、セレナさん達も一緒に来ますか?」
「……なんだか楽しそうですし、付いて行きたいです!」
「はい、迷惑じゃなければ是非」
こうして、エリーゼを筆頭とするバロウズ商会本店の食べ歩きが始まった。
▼▼▼
「うーん」
「どうかしましたか?」
エリーゼが向かったカフェに向かうと、彼女は店内に入らず、ルークと二人で店の前にある看板をジッと睨んでいた。
「ああセレナ、さっきは置いていってごめん」
「いえいえ、構いませんよ。それで、先ほどから看板を見てますが」
「ええ、ちょっとこれを見て欲しいの」
そう言ってエリーゼとルークは看板から離れ、他の三人に見るよう促した。
「こ、これは……」
「えっと……うん?」
そして看板を見たカエラとロッシュは、あまりの異様さに困惑が隠せなかった。
看板には、この店で出される商品のメニューが記されていた。
どうやら飲み物を中心に売っているらしく、実際に店内で客が飲んでいる物を見てみれば、従来の飲み物から掛け離れたビジュアルであり、飲み物というよりスイーツといった印象を受けた。
そんな豊富にある飲み物達の名前は……なんというか、実に個性的で長文だった。
「ダークモカ……えっと、本当に飲み物の名前?」
「長くて言うのが大変ですね。……あ、これなら言えます! キャラメル
メニュー欄に綴られた名前の横には、それぞれ飲み物のイラストが描かれている。恐らくどんな飲み物か伝えているのだろう。だが、それにしても奇妙な名前をしているせいで味を想像するのが難しかった。
「それだけじゃないんだ。此処に書いてあるのは恐らく飲み物の大きさについてなんだろうけど」
「……この国の言葉じゃない?」
「うん、バロウズ商会の現会長は様々な異国の地を旅して見聞を広めたって噂があるし、きっとこのカフェという店は異国の店を基にしたんだと思う」
そう言ってルークは指差しながら、自身の考察を皆に伝える。
「飲んでる人達を見るに美味しいんだとは思うわ。……けど、ちょっとハードルが高くてね」
「そうですね。エリーゼ様の気持ち、凄く分かります」
難しい表情でエリーゼは言う。それに皆も深々と頷いて同意を示す。
「うぅぅ……! 絶対に美味しいって分かる物が目の前にあるのに!」
こんなにも人が集まっているのに誰一人として店内に踏み入る事が出来ない。カフェ、なんと恐ろしい場所か。
「……あの、頼みにくいなら私が代わりに注文しましょうか?」
……いや、居た。一人だけ、このメニューを見ても臆せず入る事が出来る勇気ある者が存在した。
「ッ!? セ、セレナ、注文できるの?」
「はい、皆さんがどれが良いのか分からないので、適当な物を注文する事になりますが」
「もしかして前にも来た事が……?」
「いえ、人伝で聞いただけです。ですが皆さんの様子を見るに、私の方がカフェについて理解しているそうなので」
エリーゼとルークの質問に、セレナは淀みなく答える。自然体で、まったく緊張した様子が無い。サラッと言ってのける彼女の姿に、皆が頼もしさを感じた。
「セ、セレナ様だけ行かせる訳にはいきません! 私もお供します!」
「ぼ、僕も行きます!」
その頼もしさに触発されてか、カエラとロッシュが思い切ってそんな事を言う。
「無理をしなくて良いんですよ。注文するだけなので、一人でもいけます」
しかしセレナは、その提案を一蹴する。
「それでは、行ってきます」
そしてそのまま注文をしにカフェの中へと入る。
「あ……」
カエラは思わずセレナの手を掴もうと腕を伸ばして、直前で引っ込める。情けないが、自分が行った所で足を引っ張るだけだと理解していたからだ。
「くっ……!」
たった一人でカフェに向かうセレナを後ろ姿を見て、ルークは悔しさから歯を噛み締める。なんて弱い奴だと、彼は自分を責める。
「「……」」
他の二人も無言でセレナの後ろ姿を見続ける。皆、考える事は違えど己の無力さを嘆いていた。
(……あの子達、何してるんだろ?)
その頃、店の前で悲観に暮れるルーク達を見てカフェの店員は首を傾げていた。
「すみません、
「あ、はい、かしこまりました」
「それと他にも───」
セレナは無事に飲み物を全員分注文し、それを皆に分け与えた。
初めて飲んだカフェの飲み物は、とても美味しかったらしい。
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