第13話 迷宮の魔術師

「ま、魔術師ッ……!」


 迷宮の魔術師、そう名乗った男にカエラは大きな敵意をぶつけた。


「あーやっぱりぃ、そっちの子は宗教家だったんだぁ」

「シスターの端くれとして、あなたのような存在を放ってはおけません!」


 彼女も例に漏れず、一人のシスターとして魔術師は悪しき存在だと教えられてきた。故にこうして強い敵意を男に向ける。


「ふーん?」


 だからこそ、カエラは四人の中で最も男に目を向けられてしまった。


「……決ぃめた」


 次の瞬間、男はカエラの目の前に立っていた。


「え?」

「まず君から───死ね」


 男は懐に忍ばせていた赤黒いナイフを逆手で持ち、それをカエラへ突き付けるように振り下ろす。


 あまりに咄嗟の出来事。他三人も男がいつどうやってカエラに接近したのか分からず、動き出した頃には全てが手遅れだった。……ただ一人を除いて。


「……ッ!」(【アクセル・ワン】!!!)


 カエラの隣に居たルークが自身の加護を発動する。その直後に彼の肉体は急加速し、男の横っ腹へ拳を当てた。


「がッ!?」


 痛みで動きを止める男に、ルークは畳み掛けて二撃目の拳を放つ。


「チッ……!」


 だがその直前、男は空いている方の手で指を鳴らす。

 パチンッと小気味良い音が辺りに響いた瞬間、ルークの足元が大きく揺れ出した。


「なっ!?」


 不安定な足場ではパンチを繰り出す事も出来ず、たまらずルークは崩れ落ちしまう。


「面倒だなぁ!」

「はぁっ!!」


 崩れ落ちるルークの腕を男は掴む。それと同時にロッシュが刀の鞘を抜いて男に斬りかかるも、さっきと同じように男が一瞬でその場から数メートル離れた位置へと移動し、空ぶってしまう。


「ルーク!!」


 しかも今回は、腕を掴まれたルークも一緒に連れて行かれた。


「こうなったらぁ」


 ルークを助けようとエリーゼが駆け出した直後、男は地面に勢いよく手のひらをぶつける。


「こうする他ないよねぇ!」


───直後、大地が大きく揺れ始めた。


「きゃっ!」

「カエラさん!」


 思わず尻もちをついたカエラに、ロッシュは駆け寄って彼女を守るように抱き込んだ。


 立つ事さえままならない揺れは、それから十秒ほど経ってようやく収まった。


「何が起きて……え?」


 皆は大丈夫か確認しようとしてロッシュは気付く。


「い、居ない」







「ど、どうなって……」


 大地震の後、気付けば知らない場所に居たルーク。


「群がるとウザったいからねぇ、分断させて貰ったよぉ」

「……ッ!」


 驚きのあまり固まるルークだが、彼は依然として男に腕を掴まれたままだった。


「一人一人ぃ、確実にぃ」

「くっ!」


 男は再びナイスを振り下ろそうとする。こうなったら刺される覚悟で攻撃を仕掛けようという考えがルークの頭に浮かんだ。


……だが、それを実行する直前、男の振り上げたナイフを持つ腕に何かが噛み付いた。


「ガァッ!?」

「っ!」


 鋭い痛みが男に走る。噛み付く存在の正体に気付いたルークは、男がその存在にナイフを突き立て、振り払っている間に後ろへと退がる。


「こ、こいつは……」


 自身に噛み付いた存在を確認できた男は目を見開く。生物だと思われたそれは、蛇の姿を模る水の塊だったのだ。


「───ルークに手は出させないわよ!」


 そんな驚く男に向かって、一人の少女が大声で叫んだ。


「エリーゼ!」

「大丈夫ルーク!?」

「ありがとう、助かったよ」


 少女、エリーゼの足元には三つの水たまりが出来ている。そこから男に噛み付いた存在と同じ、水の蛇が姿を見せた。


 水の蛇を呼び出して操る。それがエリーゼの持つ加護の力だった。


「……一人だけ連れて来たと思ってたのにぃ」


 エリーゼは三体の水の蛇を操り、男を睨む。


「か弱いと思ったら大間違いよ。あんたなんか私がぶっ飛ばしてやるわ!」

「みたいだねぇ」


 男はそう言った直後、自身の体から不鮮明なオーラのような物を滲み出させる。


「ルーク」

「うん、分かってる」


 それに続けて、ルークも男と同じくオーラのような物を体に纏った。


「ほんとぉ、面倒だなぁ」


 心底うんざりした口調で、男は二人に襲い掛かった。


▼▼▼


 人間が神を信仰し始めた頃よりずっと前、人々は一つの技術を編み出していた。


 魔力強化、人間の中に眠るとされる魔力を利用し、肉体を強化させる技術である。


 獣人との力の差を埋める為に生み出されたこの技術は、人間に獣人以上の身体能力を与え、一時期は劣勢だった戦局を大きく変えた。……が、最終的に獣人に真似されて再び劣勢に戻ってしまったという悲しい歴史がある。


 そんな魔力強化は魔術と違って禁忌とされておらず、今もなお使われていた。


「ふんッ……!」


 ルークは男に向かって一歩踏み込む。瞬間、驚異的な力が大地に加わり、走り出すと共に地面が砕けた。


(【アクセル・ワン】!)


 あっという間に男へと肉薄したルークは、殴ると同時に加護を使って肉体を加速させる。

 先手必勝。魔力強化で極まったスピードとパワーに加えて加護による急加速で、回避不可の一撃を男に浴びせた。


「ぐぅっ!!?」


 事前に防御する事を選択していた男は、魔力強化を肉体強度に回して両腕でそれを受け止める。が、それでも骨がひび割れるほどのダメージは避けられなかった。


「いい加減に───しろっ!」


 一瞬硬直する男だが、すぐにルークを睨んで指を鳴らす。直後、ルークの足元が大きく揺れた。


「うぐっ!」


 よろめいて倒れそうになるルークに、男はナイフを突き立てるが、視界の端から水の蛇が向かってくるのが見えて先にそちらを攻撃した。


「チッ……!」


 水の蛇は頭と胴体を分かたれる。しかしその後ろから二体の水の蛇が新たに向かって来たのを見て、男はたまらず後ろへ飛び退いた。


「言ったわよね? 手は出させないって!」


 二体の水の蛇はルークを守るように男へ立ちはだかった。頭を失った水の蛇も、あっという間に再生して元通りとなっていた。


「厄介な加護だねぇ、僕は戦闘要員じゃないからぁ、余計にそう思うよぉ……けどぉ」


 男は一瞬でエリーゼの目の前に移動する。


「しまっ……!」

「戦い慣れは、してないみたいだねぇ!」


 ルークが動こうとするも遅く、男はナイフを振り上げる。


(この距離なら刺した後でも【縮地】で逃げれる!)


 迷宮の魔術師を名乗る男の扱う魔術は、地形操作。その一つとして短距離の瞬間移動が行える縮地という魔術があった。


 距離が離れていては、ルークの加護を用いた急加速も意味を成さない。エリーゼの加護で足元に生まれた三つの水たまり、そこから出てくる水の蛇も全てルークの方に置いてある。

 魔力強化をしていないエリーゼが、魔力強化をしている男の攻撃に回避も防御も行う事なんて出来ない。


───取った。そう確信する男の前で、エリーゼはニヤリと口角を上げた。


 エリーゼの足元に、新たな水たまりが出来上がる。


「なっ……」


 そこから水の蛇が飛び出してきて、男の足に噛み付いた。


「グギィッ!?」

「掛かったわね! 敵の前で無防備になる訳ないけでしょ!」


 保険として隠し持っていた水の蛇、その一手が功を奏した事でエリーゼは得意げな笑みを浮かべた。


「この、舐めやがってぇ!」


 だが、最後の最後でエリーゼは詰めが甘かった。さっきから翻弄され続けて逆上した男は、足を噛まれたぐらいでは止まらない。

 男は捨て身でナイフを振り下ろす。流石にエリーゼも五体目の水の蛇は手札に無く、為す術がなかった。


「エリーゼ!!」


 だが、彼女は一人ではない。


(【アクセル・コンボ───)


 男が水の蛇に噛み付かれた事で起こした怯みは、ルークに十分な時間を与えた。


(───ダブル・アクセル】!!)


 思いっきり一歩踏み込む。その動作は急加速され、ルークは僅かな時間も掛ける事なく飛び跳ねた。


 男のナイフがエリーゼを突き刺す寸前、肉薄したルークは拳を振るう。


───瞬間、二回目の急加速が発生し、ルークのパンチは男がナイフを突き刺す前に届いた。


「カッ───」


 その拳は男の頬へと命中し、男は横へ思いっきり吹き飛ばされた。


「エリーゼ、大丈夫?」

「う、うん、ありがとう」


 若干声を震わせながら、エリーゼは答える。

 気丈に振る舞ってはいるが、彼女はルークと違って剣術試合のような模擬戦すらした事ないのだ。目の前でナイフを向けられて怖くない筈が無かった。


「さっきから助けられてばっかりだからね。俺も命懸けでエリーゼの事を守るよ」

「……〜〜〜もう、バカ


 場違いなのは分かっている。けれど、頬を紅潮させる事をエリーゼは止める事が出来なかった。


「はぁ、はぁ……ク、クソォ!」


 ことごとく攻撃を防がれ、やられっぱなしでいる男は思わず悪態を付いてしまった。


 無力な獲物だと思っていた。まともな武器も持っていなかったし、なにより子どもだ。元居た組織では後方支援を担当していたが、それでも戦場を知らない奴らに返り討ちされる訳ないと彼は思っていた。


(こんな所でぇ……こんなガキにぃ……やられてたまるかぁ……!)


 一週間前、男が所属していた魔術協会は聖騎士隊に襲撃された。男は真っ先に逃げ出した為、その後どうなったか分からない。だが聖騎士隊の強さと執念深さを良く知る男は、きっと壊滅してしまったんだろうと思っている。


 臆病風に吹かれて逃げ出した彼だが、後から同胞も逃げれるよう魔術で脱出経路を作っていたので義理は果たしたと考えている。


(十年だ。十年も姿を隠せばアイツらだって諦める筈なんだぁ……!)


 聖騎士隊と王国騎士団は折り合いが悪いという事を知る彼は、逃亡先に王都を選んだ。そこで人間の死体を用意し、決して自分のもとに辿り着けない大迷宮を作り出す魔術を発動しようと企てた。


 魔術師に対する執念が桁違いな聖騎士隊が相手だったら準備も間に合わないだろうが、王国騎士団が相手なら行けると踏んだ。


(……悔しいがコイツらは後回しだ)


 なにも皆殺しにする必要は無い。他に居た二人を殺して後は見逃し、次の獲物が来るまで待つという手が男にはある。

 逃がす事によるリスクは高いが、逃げと撹乱に特化した自分の魔術なら大丈夫だと彼は判断した。


(……二回、あと二回まで【迷宮化】が使える)


 男は作り出した結界の内部を迷宮にし、入った者を迷わせる事が出来る。ルーク達が見知らぬ場所に来たと思ってしまったのは、その結界内に入り込んでしまったからだ。


 そして男は、結界内の迷宮の構造を作り直す事も出来る。その効果に付随して、自身を迷宮内の好きな場所へ移動させるという事も可能だった。


(合流される前に、あっちの二人を片付ける!)


 男は決断すると、手のひらを地面に当てた。


「ま、不味いッ!」


 何をするのか察したルークは急いで男のもとへ向かうが、もう遅い。


「きゃっ!?」

「くそっ!」


 地面が大きく揺れ始める。ルークがそれ以上男に近づく事は叶わず、揺れが収まった頃には男が消えていた。


「やられた」

「ルーク、もしかして」

「うん、あの男は多分、ロッシュ達の方へ行った」

「ッ! 探すわよ!」


 最悪の光景が目に浮かび、エリーゼは居ても立っても居られなくなった。


「そうしたいけど、どこに居るのか」

「うっさい! 考える暇があったら走るのよ!」


 先に攻略法を考えるべきだと言おうとするルークだったが、


「……うん、そうだね!」


 そもそも二人とも魔術に対する知識が無さすぎて考察なんて出来ないと思い直し、その言葉を飲み込んで駆け出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る