第6話 キャラ作り、貫き通せば、立派な個性(字余り)
君たちはゲームでアバターのキャラメイクをする時、どちらの性別をよく選ぶ? 俺は自分と同じ性別、つまり男性だ。
デキる男はゲームでも一工夫する。嫁が出来た時、何かの誤りで自作アバターを見られた場合でも諍いが起きないよう配慮するのだ。
例えば、己の性癖を盛りに盛ったアバターを作り、欲望の赴くままにロールプレイしたとする。で、その事が嫁にバレたらどうなる? 気まずいし、場合によっては性癖を否定されて悲しい思いをする。そうならないよう、俺はネトゲをする時には無個性なアバターを作るよう心掛けていた。
まあ俺の理想の嫁ならそこら辺も寛容だから、例え性癖モリモリキャラを作ってるのがバレても問題ない。……いや、それは俺が恥ずかしいし気まずいから、やらないんだけど。
それで結局何が言いたいかというと、俺が第二の人生でやっている事は、そんなネトゲのロールプレイと似たような物だという話だ。
本当は違う。断じて違う。俺は遊び感覚で理想の嫁ロールプレイをやってなんか無いし、いつか本当に理想の嫁をこの世に誕生させて結婚しようと思っている。ただ、俺のやってる事を諸君らに少しでも理解して欲しいと思い、こうして説明しているのだ。
俺は理想の嫁を体現する為に手段を選ばない。金が掛かるなら盗賊を殺して金品を奪ったし、前世の知識と経験を生かして違法スレスレで商売もやった。理想の嫁を誕生させれるのなら、禁忌とされる行為にも躊躇いなく手を出した。
そのお陰で、今はかなり理想の嫁を体現出来てると自負している。このままいけば俺の目的も叶える……そう思っているのだが、実は一つだけ昔から悩まされてる問題があった。
それは───
▼▼▼
グレイスフィア王国の中心地である王都は、一年を通して常に人で賑わっている。それが休日ともなれば、人でごった返す事なんてザラにある。
「……」
その日、休日に王都を出歩いていたセレナは、ある存在が路地裏に潜んでいた事に気付く。
「……」
抜き足、差し足と、彼女は慎重に路地裏の中へ入っていき、その存在に気付かれる事なくすぐ側まで近寄る。
「……」
「ンニャ?」
その存在は、まごうことなき黒猫であった。治安の良い王都な為か、野生である筈の黒猫も何処となく清潔感があった。
「に、にゃ〜」
「……」
セレナは黒猫と目線を合わせようとしゃがみ込み、男が聞けば悶絶しそうな萌え声で猫の鳴き真似をした。
「ニャッ」
「あ、あー待って下さい!」
しかし本場の猫はお気に召さなかったらしく、そっぽ向いてトコトコと離れていった。
「う、うぅぅ」
黒猫に見向きもされなかったセレナはその場に崩れ落ち、ガックシと首を項垂れさせる。
(また……またダメだった……!)
そして理想の嫁を演じる彼もまた、心の中で盛大に嘆いていた。
(何故だ、何故こんなにも動物から好かれないんだ!?)
彼は前世の時から動物に好かれない体質だった。嫌われているとかではなく、全く、微塵も、何一つ、動物から興味を持たれないのだ。その姿、周りから扱いづらいと思われているクラスで浮いたぼっちのよう。
前世の時は何も困っていなかった。攻撃して来ないのならこっちも無視するだけだったし、そもそも彼は動物に興味ない。しかし、転生して理想の嫁を演じようと決意してからは別だ。彼は前世から受け継がれるこの体質に、非常に困らされていた。
(俺の! 嫁は! 動物に好かれてるんだ!! 森の中で寝てたら頭の上に小鳥が乗ってるみたいな! そういう自然に愛されてる子なの!!)
彼は理想の嫁の解釈違いを何よりも嫌う。それが例え体質というどうしようもない問題であっても関係ない。
(チクショウ!! こんな事なら前世でペットシッターとか、そういう動物との触れ合い方を学んどきゃ良かった!)
ちなみにベビーシッターの経験はある。未亡人の奥さんから求婚されて以来、やらなくなったが。※当然だがお断りしている
(不味い……不味いぞ……このままじゃ……!)
彼は今後起こり得る未来を予測する。
嫁としてお友達と街中を歩いてる時に猫と遭遇。戯れようとみんなで近寄り、セレナが近付いた瞬間に猫が逃げる。それを見た周りからの反応は……?
(あ゛あ゛あ゛あ゛!!! 違う! 俺の嫁にそんなシチュは訪れない! 断じて!!!)
こんな内心アホほど騒いでいるが、彼はそれを決して表には出さない。猫に逃げられてシクシク悲しそうにしているだけである。
(こうなったら奥の手を……いやでも、アレが周りにバレたら流石に不味いし)
ちなみに奥の手というのは、使ってるのがバレたら一発で極刑になるレベルのヤバい代物である。そんな物を動物から好かれるようにする為だけに使うなという話だが、残念ながら彼にとって解釈違いとは死に等しい事柄なのだ。
(……ん? なんか人の気配が)
激しく取り乱している彼だが、周りに気を配る事は忘れていない。嫁の解釈違いな行動は誰にも見られてはならないからだ。
「……あ」
しかし、どうやら彼は自分が思っていたより精神的に参っていたらしく、
「ひうっ!?」
黒猫に逃げられていた場面を、一人の少女にガッツリ見られていた。
「「……」」
目が合った二人は、見つめ合ったまま動かない。少女は怯えからビクビクし、そしてセレナの方は、
(ヤバいヤバいヤバい! 完全に油断した!)
焦っていてそれどころじゃなかった。
理想とは異なる嫁の姿を他人に見られ、それが周りに伝播する。それは彼にとって何よりも恐ろしい事であり、それを阻止する為なら文字通りなんだってする。
(こうなったら亡き者にして無かった事に……)
その選択肢の中には当然、殺しだって含まれていた。
(いや待て! 流石に王都の中でやるのは不味い。それに素性の知れない相手を消せば、後からどんな爆弾が出てくるのか分かったもんじゃない)
幸せな未来を手にする為、彼は努めて冷静に、目の前の少女を分析する。
パッと見の印象として、かなり臆病に感じられる。そして見た目の方だが……全身をローブで包んでいて分からない。顔も深々とフードを被っているせいでほとんど見えなかった。
(明らかに訳アリだな。立場ある人間か、後ろめたい事でもあるのか)
どちらにせよ今すぐ殺すのはナシだと、彼は自分を抑制した。
(記憶を消す事も出来なくは無いが、相手が王族とかだったら後々バレた時に面倒だ)
此処は王都だ。王族がお忍びで来ているなんて事も十分にあり得る。
(つまり俺のやるべき事は……!)
次の行動を決めた彼は、崩れ落ちた状態から立ち上がる。この間、僅か五秒である。
「怖がらせてごめんなさい」(この子の素性を明かし、問題なさそうだったら消す事!)
不味そうなら法律に触れない範囲で対処しようと、中々にクレイジーな思考で彼は少女に接触した。
「私はセレナ・ユークリッド、王立学園の生徒です」
「お、王立学園」
「はい、ですので怪しい者ではありませんよ」
安心して下さい。そう言ってセレナは少女に微笑みかける。逃げられても捕まえれるよう、コッソリ距離を縮めながら。
「貴女のお名前はなんと言いますか?」
「ぇ、えっと……ゥゥ」
「……そうですか」(ムッ、思ったよりガードが固いな)
内心で毒づきながら、情を揺さぶって答えさせようと彼は伏目がちにして悲しそうな表情を浮かべた。
「あっ……ゥ」
効果はあったようだが、名前を喋らせるには至らない。
「いいんですよ」
「え?」
それを見て彼は今すぐ素性を暴く事は不可能だと判断し、まずは少しでも心を開かせる事に徹した。
「大丈夫です。言わなくても、それで貴女の心が安らげるのなら、無理に問いただしません」
「……」
「ゆっくり、深呼吸をして、心を落ち着かせて」
少女に落ち着く事を優先させる。相手の呼吸に合わせて一歩一歩、セレナは少女に近づき、そして抱きしめた。
「ッ!?」
「大丈夫、大丈夫ですよ」
突然の事にビックリする少女だが、構わずセレナは優しく言葉を投げ続ける。
「私は貴女に何もしません。嫌がるような事は、決してやりません」
その言葉の通り、セレナは抱きしめるだけで危害を加えようとしたり、フードを取ろうとはしなかった。
「きっと何か、事情があるんでしょう。それを無理に明かす必要はありませんし、私も気にしません」
「……」
その言葉が決め手となったのか、少女はされるがままとなり、みるみる内に落ち着きを取り戻した。
(うーん、物凄く顔を見たいが、まだ王族の線が残ってるからなぁ)
その裏で彼は、まだ危険を犯すべきじゃないと自制していた。まるで慈愛の塊みたいな行動を取っているが、隙さえあれば積極的に正体を暴いて始末しようとしている。彼に情など無かった。
「───なるほど、お兄さんと逸れてしまったのですか」
「う、うん」
それから抱きしめ続けて五分、すっかり落ち着いた少女は恥ずかしがるようにセレナから離れ、彼女に現在の自分の状況を説明する。
(ほんっとガード固いな、ちょっとは口を滑らすと思ったんだけど)
その事に彼は内心で不満を吐露する。やはり本質的に臆病なのか、少女は説明する間も自分の素性を悟られないよう言葉に気を遣っているのだ。
(この手の相手に距離を一気に詰めようとするのは悪手だ。長い目で見て対応する必要がある)
もし急接近して少しでも相手の線引きを誤ろうものなら、恐らく少女の持つ事情も相まって二度とお近付き出来ないだろう。そう彼は悟った。
(そういう意味で言うと、さっきの抱きつきは危なかったな)
一歩間違えれば逃げられていたなと、今更ながら肝を冷やした。
(……うん、やっぱ今日中に向こうから素性を教えて貰うのは無理だな)
前世の人生経験(※主に女性との交流)に基づいて考えた時、穏便に事を進めるのは無理そうだと彼は思った。
「お兄さんの居る場所にアテはありますか?」
「あ、ある。……けど、通りには人が沢山いるから、怖くて」
「なるほど、そういう事でしたら」
セレナは、優しい笑みで少女に手を差し伸べる。
「私も一緒に付いていきます」
「え?」
「安心して下さい、詮索はしません。それに一人じゃ心細いでしょうから。……嫌、でしたか?」
「……ううん、そんな事ない」
恐る恐る、少女は差し出された手を握る。
「ありがとうございます。では、行きましょうか」(隙を見て素性を暴く。うん、これしか無いな)
優しい笑みの裏に隠された真意に、気付く事なく。
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