第7話 彼女の正体
並んで手を繋ぎ、セレナと少女は王都の下町を歩く。
「こっちの方向で合っていますか?」
「う、うん、合ってる」
少女はまだセレナへの警戒を解いていないが、それでも初対面の時と比べたら随分とマシになっていた。
「……」
「大丈夫ですよ、此処に貴女を害する方はいません。それにいざとなったら私を放って逃げてもいいんです」(ふむ、この辺りに上級貴族は滅多に来ないし、だとすると王族の線は薄いか?)
周りを過剰なほど警戒する少女に、セレナは安心できるよう絶えず優しい言葉を投げ掛ける。その裏で彼女の素性を探る事も忘れずに。
(バックに権力者が居ないならやりようはいくらでもある。……けどなあ)
なんとなく少女の扱い方も理解できた。今なら彼女を人気の無い場所へ言葉巧みに誘導して誰にもバレずに始末出来る。そう思う彼だが、少し懸念点があった。
(周りの人達に対する異常な程の怯え具合、これがどうにも気になる)
いくらなんでも人目に晒されるのを怖がり過ぎでは? そう思えて仕方ないのだ。
(やっぱり素性を明らかにしてから動いた方がいいな)
そもそもこんな事をしている理由は、セレナが猫と戯れようとして逃げられた所を少女に目撃されたからだ。流石に彼もこの程度の解釈違いでリスクを犯したく無かった。
(だとすると、彼女が目的地に到達する前に何か手を打たなきゃな)
どうするべきかと彼が悩んでいると、隣からグゥ〜っと地の底から鳴り響くような音が聞こえた。
「〜ッ!」
なんだなんだと見てみれば、少女は恥ずかしそうに顔を俯き、体をプルプル震わせていた。その表情は伺えないが、きっと真っ赤に染まっている事だろう。
「お腹が空きましたか?」
「……うん」
尋ねてみれば、か細い声が返ってくる。
「でしたら……あそこが良さそうですね」
「え、でも」
「大丈夫、なんとかなりますから」
お腹が空いてる事を聞いたセレナは、少女の前に出て近くの屋台へと向かった。
「らっしゃい! ……お、嬢ちゃんじゃねえか」
「こんにちは、店主さん」
セレナが屋台に訪れると、店主のおじさんは親しげに彼女と話す。
「また来てくれたのかい?」
「はい、下町で小腹が空いた時は店主さんのお店を探すようにしてるんです」
「はっはっはっ! そりゃ光栄だな、ウチの常連客になってくれるのかい?」
「ふふ、そうなりますね。今後とも通わせて貰います」
ちなみにセレナが店主と喋ったのは、先週の休日に下町へ出掛けた時だけである。その時も深い交流はしておらず、ただ普通に客として屋台に訪れただけだ。
これは店主だけに限った話ではない。セレナと面識を持った下町の住人達は皆、彼女に好印象を抱いている。
理想の嫁は人に愛されている。それを事実とする為、彼は常日頃から人に好かれるよう意識してきた。
「……後ろに居るのは嬢ちゃんの連れかい?」
「ウッ」
しかもそれ自体は前世の時から心掛けてきた事であり、
「はい、少し事情があって顔を隠しているんです。ですが、決して悪い方ではありません」
「そっか、まあ嬢ちゃんがそう言うんだ。俺も信じるさ」
「ありがとうございます。では彼女の分も含めて小さめのを二つ、お願いします」
「あいよ!」
このように出会って二回目の相手に信用されるぐらい、彼のコミュ力は極まっていた。
「……」
「ほら、なんとかなったでしょう?」
目を丸くして自身を見る少女に、セレナはしたり顔を浮かべた。
「必要以上に怖がらなくていいんです。例え隠し事があっても誠実に応じれば、それだけで貴女を受け入れる方は増えますよ」
ならお前はどうなんだと思う方が居るかも知れないが、彼はあくまで理想の嫁ならこう考え、こう感じ、こう動く筈だと、嫁の代弁者として行動しているに過ぎない。
彼が心の内でどう思おうと、セレナの振る舞いに誠実さを感じてしまうカラクリの正体がコレである。
「誠実に、応じる……」
「ほいお待たせ!」
少女はセレナが言った事をブツブツと呟いて反芻する。そうこうしている内に頼んだ料理が出てきた。
「ありがとうございます。はい、どうぞ」
セレナは料理の入った二つの器を店主から受け取ると、片方を少女に渡す。
「あ、お金」
「お金の事は気にしなくて大丈夫です。少なくとも私には、そういう気遣いは必要ありませんよ」(それに金なら死ぬほど持ってるしな)
そう言われても受け取るのを躊躇ってしまう少女だったが、香ばしい匂いが空腹を刺激した事で思わず手に取ってしまう。
湯気が出るほどアツアツな六つの玉が器の中を転がり、その上には様々な調味料が乗せられ更に食欲を掻き立たせる。
「ワァ……!」
「ふふ、たこ焼きは初めてですか?」
「う、うん!」
「お、そっちは初見かい? たこ焼きは美味いぞ〜、俺が人生で出会った料理の中で一番と言っても過言じゃないぜ!」
そう豪語する店主の言葉を聞いて、少女はゴクリと唾を飲み込む。
「た、食べてもいい?」
「いいですよ。ただ熱いので気を付けて下さいね」
セレナから許可を貰った少女は、恐る恐る串をたこ焼きに刺し、それを口を運んでいく。
「ふあっ!?」
口に入れた瞬間、少女はあまりの熱さに驚いてしまう。
「は、はふっ! ふっ……お、美味しい!」
しばし悶える少女だったが、熱さにも慣れると味わう余裕が出てきて、そしてあまりの美味しさに再び驚きの声を上げた。
「おー、気に入ってくれたみたいだな!」
「ふふ、私もたこ焼きは好物なので嬉しいです」(やっぱたこ焼きって美味えわ、流石に本場と比べたら劣るけど)
そこからはもう熱さなんてなんのその、少女はガツガツとたこ焼きを食べていき、ものの数分で器からたこ焼きが消えた。
「美味しい、こんなに美味しい食べ物があったんだ」
「見ていて気持ちのいい食いっぷりだったぜ!」
「あっ……」
夢中になって食べていた少女は、店主に話しかけられてハッと我に返る。
「あ、えっと、その」
そして体を店主の方に向けて、少女はおずおずと言葉を紡ごうとする。
「……?」
「あぅ……」
そんな少女の様子に店主は首を傾げて、少女も何も言えず後ろへ下がろうとしてしまう。
「大丈夫ですよ」
後ろへと退く少女の背に、セレナは優しく手を触れる。
「大丈夫、大丈夫」
何度も何度も、大丈夫だと声を掛ける。
「……っ」
俯いていた少女は少しだけ顔を上げ、前へ一歩進む。
「お、美味しかった! 本当の本当に、すっごく美味しかった!」
そして店主に向かい、伝えたかった事を思いっきり告げた。
「……おう! 良かったらまた食いに来てくれ!」
それを聞いた店主は、大きな笑顔を浮かべて少女にそう言った。
たこ焼きを食べた後、少女とセレナは本来の目的を果たすべく先へ進んだ。
「この先、ですか?」
そうして少女の案内でたどり着いた場所は、奇しくも二人が出会った時と同じように路地裏だった。
「うん、此処から先は一人で大丈夫」
(え゛?)
まだ口止め出来てない彼は、少女の言った事に少し動揺してしまう。
「えっと、本当に大丈夫なんですか? 危険とかは」
「大丈夫、むしろ一人だけの方が都合いいの」
(えぇ……マジかよ)
なんとか引き止めようとするが、それもどうやら不可能そうで、
(周りに人も居ないし、もう強硬手段にいくか?)
遂にはそんな事を考え始めた。
「……トリン」
「はい?」
「わ、私の名前」
いつ仕掛けようかと彼が考えていた矢先、少女は別れの最後に自身の名前を告げた。
「……ええ、教えてくれてありがとうございます。トリンさん」(俺の知る限り、王族にそんな名前の奴はいない……よし! 貴族じゃないっぽいし、多少無茶をしても大丈夫だろ)
バックに権力者が居なさそうな事を確認できた。もう彼の中に手を出す事への抵抗感は無い。
「本当にありがとう。セ、セレナが居なかったらここまで早く来れなかった」
「ふふ、どういたしまして」(背中を向けた瞬間が狙い目だな。安心しろ、記憶を弄るだけだ)
彼の思惑にトリンは気付かない。そのまま別れ際に気絶させられ、セレナと出会った時の出来事だけ若干の記憶改変が施される。
「ニャー」
そんな未来が起ころうとした直前、まるで狙っていたかのようにソイツは現れた。
(あ、あいつは!?)
路地裏の奥からトコトコと、あの時の黒猫が顔を出したのだ。
「ニャッ」
黒猫は一直線でトリンの胸へと飛び込む。そしてトリンも当たり前のように黒猫をキャッチし、そのまま抱き抱えた。
「随分と懐いていますね」(なっ!?)
衝撃的な光景に驚きで声が出そうになるものの、何が何でも理想の嫁を演じてやるという彼の深い執念により、それは別の言葉に変換されて口から飛び出た。
「もしかしてペットですか?」
「ううん違う。私、動物には好かれやすいの」
(それはもしかして俺に対する当て付けかな? お???)
彼が内心でピキッていると、
「ニャ〜」
黒猫がもっと構えと言わんばかりに、トリンの腕の中で手をパタパタ動かし始める。
「あはは、甘えん坊ね」
(ウゴゴゴォォ……!)
自分では決してやってくれない行動を見て、彼の怒りはますます高まる。
「……ね、ねえセレナ」
「はい、なんですか?」
不意に、トリンは黒猫からセレナの方へと顔を向け直した。顔が見えないが、真剣な眼差しを向けている事が伝わってきた。
「その、私と、その……と、友達になって───」
「ニャッ!」
直後、早よ構えと言わんばかりに黒猫がトリンへ猫パンチを仕掛ける。そしてそのパンチは、彼女のフードを振り払った。
「───欲し……い」
突然の出来事だったからか、はたまた油断していたからか、反応が遅れたトリンはすぐにフードを被り直す事が出来ず、そのままセレナの前で素顔を曝け出してしまう。
短く切り整えられた茶髪のショートヘア、翡翠色の瞳、そして……頭に生えた三角形の獣の耳。
「───」
自身の素顔をセレナに見られたトリンは、
「あ、あああ!!」
絶望の表情を浮かべていた。
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