第16話 呪いと呪い
「実はこの目は不思議なことに、超常現象で見えなくなっていたのでした~」
ノワールは至極自然に明るく話す。明るく努めようとしている様子も無く、自然な話し方で明かされた真実に、初めて聞く使用人たちはどうリアクションしているのか困っているようだった。
ノワールの話を真実だと信じた者は、話の中身と主のリアクションのあまりの乖離に戸惑っている。逆にノワールを少し変わっているだけのただの少女だと信じ、そんな超常現象などあるわけがないと考えている者も、ノワールの何故か真に迫る語り口、話の作り込みなどに呑まれ反応に困っていた。
にわかにどよめく使用人たちの反応が落ち着くのを待ってから、ノワールは話を続けた。
「こほん、年齢の話なのになんで目の話を、と思った人もいるでしょう。安心してください、ちゃんと続きがあります」
ノワールの言葉に全員は押し黙り、話が再開されるのを待った。ノワールの口はすぐに開かれた。
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叔母たちに乗っ取られていた少女のお家は、結果的にこの一件で取り戻すことができました。一人取り残された叔母の娘は、一人で追い出すには酷ということで屋敷で身元を預かることになりました。叔母の娘に関しては特別威張っていたわけではありませんが、少し肩身の狭い思いをさせることになります。やがて叔母との契約書と探し出され、叔母の娘が屋敷を引き継ぐような契約もありましたが、跡形も残らず処分されたからです。
こうして、大切で頼りになる侍女長と、自身の両目の損失という大きすぎる被害は出てしまいましたが、少女にはようやく生活と心に安寧が戻る……なんてことはありませんでした。
領主を失った領地には、当然次の領主が必要です。曲がりなりにも領主代理をしていた叔父や叔母はもういません。契約書を無かったことにしたので、叔母たちの娘にも領主を務める権利は無く、自然と少女がまた領主を務める義務が発生します。
領民の声というのは、領地の色んなところから届きます。直談判という例もありますがそれは例外として、基本的に書面、つまり紙に書かれているものがほとんどです。
しかし新たな領主は、まだ幼く知識も乏しい少女。加えて経験を積む時間も無く、教えてくれる誰かもいません。あまつさえ書面が読めないどころか、見ることすら叶いません。
使用人たちもほとほと困り果てていました。主をどのように支えていけば良いのかも分からず、そもそも自分たちの給金はどう貰えば良いのかという問題もあります。そうは言っても、お世話になった領主の家から、身も心もボロボロな少女を見限って辞めるのは後味が悪い気がする、そういう雰囲気で皆が進退に迷い、どうすればよいか分からない状況です。
そんな時でした。
本来であれば優秀な領主が統治していたため、何も問題は無いはずでした。しかし、度重なる不幸により状況は大きく変わっていて、少女は勿論、使用人たちもこれからどうすれば分からない、というとても困ったタイミングでした。
視察には少女たちが暮らす国の王子もいましたが、そんな一大事ですら彼らのことを気にする余裕がある人はいませんでした。それに、問題が無いと思っていた視察に来た方々も困惑していたのです。
そんな中で、1人の使用人がありのままの真実を視察に来た方々へ話しました。勿論彼らにも生活がありますし、
視察に来た方々も、初めは使用人の
あまりにも普通ではない死に方をした3人の死体は、幸いなことにと言っていいのか分かりませんが片付けられてはいませんでした。死に方が不明すぎるそれらに触れ、自分も同じ目に遭うことを恐れたためです。
視察隊の最初の仕事が、腐食がとうに始まっている死体が3人分もある現場を調べることになったというのは、他人事のようですがとても
まさかこんな
詳しく調べるため、それと事情の一次報告のために一度都に戻る者、残って使用人たちに事情を聴取する者など、役割を素早く分担しました。視察より先にこの事件を解決するべきだと判断したためです。
王子は少女とあまり歳の離れておらず、数多の不幸に見舞われた少女を不憫に思ったのか屋敷に残り、少女の傍にいてくれました。
初めは錯乱状態にすらあった少女ですが、使用人や視察隊、そして王子様が付き添い、長い時間をかけて介抱することで少しずつ正気に戻っていきました。
その間の執務は、首都から臨時で派遣された事務官数名が何とか
それは少女を哀れに思った人たちの優しさだったのか、はたまた領地の1つがしっかりと機能するよう対応しただけだったのか。……もしかしたら王子が少女に一目惚れしていて良いところを見せたくて部下にそう命じた、なんてこともあるかもしれませんね。
えー、ではここで質問です。辛い境遇の少女にすぐに仕事を覚えさせるのは酷い、と思った人、いらっしゃいますか? 聞いておいてなんですが、手を挙げてもらっても見えないので、心の中で手を挙げてもらって……とりあえずゼロ人ではないと仮定して進めますね。
確かに、身も心もボロボロになった少女に、これ以上義務や役目で縛ることは一見酷なことに見えるかもしれません。
しかし、実は少女には必要なことだったのです。
少女には、使用人たち含め側にいてくれる人がいなくなった訳ではありませんでしたが、誰より側にいてほしい人たちは居なくなってしまいました。少女は毎日のように泣きじゃくり、食事も喉を通ることはほとんどなく、体はどんどん弱っていく上、既に崩壊寸前の心が何をきっかけにバラバラになってしまうのか分からない、とても危うい状態でした。
それでも少女には、侍女長の最後の言葉が頭に残っており、死んで楽になりたい気持ちと侍女長の最後の願いの為にも生きなければという使命感がせめぎ合っていました。しかし、そのことで頭を悩ませ続け、痛み続ける心に耐え続ける様は、周りの人間も見ていられない程でした。
だからこそ、少女の頭を無理やりにでも別のことでいっぱいにして、悲しみや辛さを一瞬でも忘れさせ、少女が壊れてしまう可能性を少しでも減らす必要がありました。
幸いなことに、少女の状態が少し良好な日を見つけ、使用人や視察隊の人たちは協力してなんとか少女にやるべきことをやらせることに成功します。その後は、目が見えなくなっているということもあり常に近くに誰かが付き添っていたため、少女が一人になる時間はほとんど無くなりました。少女が現実と向き合うことができるまでの時間を稼ぎ続けたのです。
そうして少女が領主としての仕事を熟すようになると、王子含めた視察隊は領地を見て回り、少女へ領地の問題や改善案を伝えるとすぐに帰っていきました。王子が少し駄々を捏ねましたが、付き人たちに引き摺られるようにして帰っていったそうです。
そして臨時の事務官たちも、少女を補佐する使用人に仕事を引き継ぐと都へ帰っていきました。するとすぐに、少女たちは忙しさに追われ続ける日々が始まったのです。
結論から言えば、使用人たちの狙いはうまく行きました。しかし、時が経つに連れ悪化することもありました。仕事が嫌なことを忘れさせてくれるからと、今度は働き過ぎたのです。
そんな心の不安定さを抱えながら、上手くいかないこともありつつもなんとか日々を生き、気がつけば叔母の一件から一年が経っていました。その頃には叔母の娘との関係も良化しており、色々な不幸に見舞われた少女の心にも、かなり平穏が取り戻されていました。
しかし、この時はまだ気付けていない、新たな異常事態が発覚していくのです。
初めは、誰も、少女自身でさえ気にしていませんでした。気にする余裕が無かったということもあるかもしれませんが、余裕があっても気付けた人間はいなかったでしょう。
それは叔母の一件から、時折少女の屋敷へ来訪するようになっていた王子が、何気なく発した言葉が最初のきっかけでした。
『もうお前の身長に追いついたぞ。お前はあんまり背伸びて無いんだな』
勿論、この言葉だけで大人たちが疑問に思うことは無く、姿見を確認できない少女もそうなのかと思うだけでした。子どもの微笑ましい会話の一つでしかありません。
少女の身長を測ってみて、一年前とは変わっていないことに、王子は喜び、使用人たちは少女を慰めましたが、少女は気にしていませんでした。
しかし、更に一年、二年と経過していくにつれ、妙だと思う人が出てきました。
長く勤めていた使用人が疑問を持ったことを皮切りに、他の使用人や叔母の娘も少し疑問を持つようになっていました。そして、王子も同様です。しかし、少女は気付けませんでした。
……何が妙だと思われていたか、察しがついたでしょうか?
答えは簡単。それは、食べるに困らない貴族に生まれ、成長期の子どもであればおよそ当たり前の変化。それが欠片ほども無い。
少女の身体は、数年前から一切成長していなかったのです。
勿論成長が極端に遅い子どもである可能性も、その時点ではまだありました。叔母が家を支配していた時に十分な食事ができていなかったことなどもありましたからね。
しかし、更に一年、二年……いいえ、五年が経過しても少女の見た目は変わりませんでした。
叔母の事件から十年弱が経過した少女は、叔母の娘がすくすくと育っていく様とは対照的に、年齢的にはとうに迎えていてもおかしくない初潮すら迎えていませんでした。
医者にも当然見せにいきました。しかし、診断結果は極めて健康。いつも、いつでも、医者から返ってくる答えは同じでした。
自身の主が不気味な存在で有ることに不安がる使用人も居ましたが、少女から離れていく使用人は幸いなことに居ませんでした。呪いで人が死んだ過去を経験しているのですから、主人の見た目が変わらない程度のことではもう慌てなくなっていたのかもしれませんね。しかし、王子も同じようにはいきませんでした。
十年近くも経過して大人になっていると、王子という立場ではやらなければならないことが沢山あります。国のお仕事にも関わっていた王子は、結婚相手を決めることも含め、次期国王としてやらなければならないことが増えていました。もしかしたら、少女を未来の王妃にと、考えていたこともあったのかもしれません。そういった話をそれとなく、何度か少女にしていましたから。
ただ、目は見えず、見た目は未だ幼い少女のまま。そのような人間を、国の母にするわけにもいきませんし、王子もいつまでもそんな少女の元に通うわけにもいきません。酷く惜しむような別れの言葉を最後に、王子は屋敷に訪れることは無くなりました。
領地の仕事は、変わらずに少女が続けましたが、やはり問題がありました。それは誰かと話したり、面と向かってする交流や仕事の場合です。仕事を熟せるようになっているとはいえ、見た目が変わらないままなのは屋敷以外の人間が知るはずもありません。突然自分の職場に子どもが来ようものなら、相手にしないか、バカにしていると取るか、或いは万が一相手をしてくれても領主が子どもではと領民を不安がらせる可能性がありました。
そんな時、幸いなことに、表舞台に立つ領主としての仕事は叔母の娘が引き受けてくれました。女性の領主ということで下に見られることも多かったそうですが、気丈だった彼女は折れずに領主を務めました。表の仕事は叔母の娘、裏の仕事は少女が務める形で、仕事に関してはなんとかなりました。
それでも少女の新たな異常性について、放っておくこともできません。しかし、同じ現象がないかと他国も含めて調べましたが、何も出てこずすぐに手詰まりになりました。
そんなある時、使用人にも心当たりがあれば発言してほしいと、屋敷の全員で頭を悩ませていた折、ふと一人の使用人が少女に質問しました。
それは、侍女長が死の間際に何を伝えたのか、という問いでした。
少女は質問の意図が思い当たらず、また過去を思い出させるような問いだったため何故そんなことを聞くのかと尋ねました。
使用人は少しバツの悪そうにしながらも答えてくれました。
あの場限りで起きた呪いという不可解な現象が本当にあるなら、侍女長が何と言ったか分かりませんがそれも同じことが起きてもおかしくないのでは……と。
その時、少女は侍女長の最後の言葉を思い出し、はっとしたかと思うと、俯き身を震わせ始めました。そして、大きく笑い始めたのです。少女の
少女だけが聞き届け、自死を考えた少女をこの世に繋ぎ止めた、侍女長の最後の言葉を何度か反芻して、その場に集まっていた者たちに告げます。
本来であれば呪いとなったその言葉が、少女が望まない形の呪いとなり、少女に宿っていたことを皆が察しました。
そしてこの気付きをきっかけに、少女は突如として明るく振る舞いようになりました。
やがて、少女は元々住んでいた領主の屋敷を叔母の娘に託し、街から離れた所にある寂れた屋敷で暮らすようになりました。
そこで何年も、何十年も過ごしました。老いることのない少女は、使用人や叔母の娘という親しい間柄の人間が亡くなっていくことを何度も見届けていきました。
何度も辛い思いを味わっていきました。それでも生きていくしか無いのです。それが侍女長の遺した呪いだったからです。
……え? 侍女長が何と言ったか、ですか? そうですね、彼女は、
――これから先辛いことも沢山あるでしょうけど、どうか長生きして幸せになって、と。
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