第12話 相席と魔女の噂

「離れの屋敷に住む魔女?」

「なんだ姉ちゃんたち知らないのか」

「ええ、別の街から来たばっかりで。面白そうなので詳しく聞いても?」

「なんだそうだったのか。あんたが思ってるほど面白い話じゃあねえけど、それでもいいのか?」

「是非聞かせてください」


 日もとうに暮れ、夜の飲食店が賑わいを見せる頃。ノワール一行はとある店に入って夕食を取っていた。

 ノワールが勧める店へと入ったものの席のほとんどが埋まっていた。店を出るか待つかと悩んでいた所、酔っているだろう中年の男性たちから相席の誘いがあり、その誘いに甘えさせてもらっていた。

 初めてこの店に入るという設定のため、3人はおすすめの品を相席している男性に聞いて注文を済ませている。


 席に誘われたものの、注文のことや相席させてくれたことへの感謝など、簡単な話だけをして男性たちは男性たちの会話に戻っていた。


 その男性たちの会話に出てきたワードを、ナイラが拾ったのだった。リズはノワールの食事の手伝いをしながら、耳だけ話に集中していた。


「そんじゃあま、教えてあげようかね。この街にも領主様がいんだけどな、この領主様がかなりのやり手でな。お貴族様なんざ自分の私腹を肥やすだけが目的のろくでもない奴、みたいな印象があったんだが、この街に限ってはそうでもねぇ」

「へえ、慕ってるんですね」

「まあ、かなり評価はしてるがな。税はきちんと定期的に見直して重くはねえし、違法な取引とか不正はすぐに見つけ出して裁くし、孤児や物乞いとか身寄りのねぇやつが溜まってる治安の悪いところ、みたいなのも全く無いからな」

「ぜいってなぁに? いほう?」

「お嬢ちゃんにはまだちょっと難しいかもな。後でお母さんに教えてもらいな」


 男の大きな手が、少し乱暴にノワールの頭を撫でる。髪をくちゃくちゃとされるがノワールはそれを受け入れていた。

 リズがまた手を出さないかと目線をやると、反省しているのか男に害意を感じないのか、大人しくして話を聞いていた。

 

「おー。それは本当に優秀というか、領民のことを考えているんですね」

「そうだな、それは伝わってくるし、結果も伴ってるから文句はねぇよ。ただどんな人か一回くらい顔を見て感謝してぇって思うのが人情ってもんだろ? ただ、ほとんどのやつが知らねぇんだよな。ほら、あっちに小さな丘があってな、そこに建ってる豪邸に領主様が暮らしているんだとか」

「あまり街には降りてこないんですかね」

「そうなんだろうな。或いは変装してお忍びで来ているとかな。業者とか商人の出入りはあるみたいだが、詳しく知ってる可能性があるやつはそいつらぐらいだろうな」

「なるほど。でも、その領主様とその離れの魔女? はどう話が繋がるんです?」

「おお、そうだったそうだった」


 中年の男は酒を一度呷り喉を潤してから語りを再開した。ナイラは空になりそうな男の酒を目敏く認め、予め注文しておいた酒を男に差し出した。


「お、すまねぇな。有り難く貰うぜ。んで、えー、その領主とは別の所にも、これまたでけぇ屋敷があってな。ここに魔女が住んでるって話が、俺がガキの頃……この嬢ちゃんぐらいの歳の時にはもうあった話でな。そうだな……あっちの方から街を出て少し行ったところに、森ってほどじゃないが木々が生い茂ったところがあってな、その離れた所にあるでけぇ屋敷に魔女がいるから近付くな、って親に口酸っぱく言われたもんだ」


 中年の男は、ノワールたちがこの街へやってきた方角を指差した。そしてまた酒を呷り、口を拭うと、男は意味有りげに笑い、ナイラに少し顔を寄せた。


「んでその魔女はな、昔のこの街の領主の家から追い出された忌み子だったっつー話があんだよ。恨みつらみが積もり積もって魔女になったその忌み子は、この街の領主のことも領民のことも未だに憎んでいて、いつかこの街へ復讐しようとしてる、ってな。魔女の家の近くに行けば、攫われて一生奴隷として働かされるとか、二度とあの屋敷から出てこられなくなって殺されるって話だ」


 そう言って満足そうに酒を呷る男に、ナイラは陽気に笑って返す。


「あっはは! 思ってるほど面白くないなんて言うからどんな話なのかと思っていましたけど、自信たっぷりに話すじゃないですか」

「ガハハ! そらそうだ! おじさんはな、自分の中で自信のある話が女の子たちにウケなかった時、心の中で泣いてるんだ。予防線ぐらい張らせろ」

 

 笑い合う2人と、その雰囲気からくすくすと笑っているノワール。リズともう一人の男は少し俯き気味で話を聞いていた。

 

「でもそういう話って寓話ぐうわたぐいというか、単に子どもを危ない所に近付けさせない為の作り話……とかでは無いんですか?」

「昔それは俺も思ってたし、なんなら今も思ってるんだが……」

「いいえ、あれは魔女が住んでいるんですよ! 僕は見たんですから!」


 中年の男性と比べると少し若い男性が、興奮して酒の入った容器を少し力強く机に叩きつけながら声を荒げた。


「落ち着けって、何かの動物と見間違えたんじゃねぇのか? 夜の遅い時間で暗かったんだろ?」

「それはっ……そうですけど……」

「何があったんですか?」

「おう、こいつがな、その離れの屋敷のある方に、人がぞろぞろ向かってくのを見たってんだよ」

「あれは魔女が集めた人体実験の犠牲者たちに間違いないですよ!」

「こればっかりで話が通じなくてな……そもそもなんで断見できんだ?」


 今度は若い男が酒を一気に飲み干す。ナイラがまた追加を頼もうとするが手で制止し、酒といくつかの料理を自身で頼んだ。酒を待っている間にも、若い男は話し続けた。


「……これは懺悔ざんげでもあるんですけど、昔、友達と魔女の正体を確かめるんだって言って、あの屋敷に行ったことがあったんです。茂みとかに隠れながら屋敷に何とか近付いて行って、上手くいった! と思ったら、そこからの記憶が変なんです」

「変っていうのは?」

「凄く幸せな思いをした気がするんです。幼少期の記憶なんで漠然としてますけど、とにかく凄いもてなされたような……でもその後気が付いた時に僕は家で寝ていて、そして友達は……帰って来ませんでした。僕はその後友達を探したんですけど、影も形も無くて……僕が彼を誘ったので、ずっと罪悪感があって」

「それは……ちょいとキツイ話をさせちまったな」

「いえ、いいんです……ただ! あの屋敷に何かがあるのは間違いないんです! 魔女が住んでいても不思議は無い!」

「貴方のご友人を探したのは貴方だけなんですか? ご両親は?」


 話し方に熱のこもってきた男性に対し、ナイラは冷静な対応をする。ナイラからの問いに、少し言い辛そうにではあるが若い男は答えた。


「あぁ……彼はその、孤児だったから……だからこそ僕じゃなく彼が姿を消したのかもしれない」

「探す人間が居ないから、ということですか……すみません私も、立ち入ったことを」

「いいえ、いいんです。むしろ僕の決意を誰かに聞いて欲しかったのかも……」

「お前があの屋敷に魔女が居るって思いたい理由は分かったがな……まぁなんだ、折角助かった命だ、あんまり無茶なことはするなよ。それに、失踪者がそんなに居るんなら、領主が動かないわけはないだろ? ここの領主が手を未だに出せていないってことは、そもそも問題となるような事じゃないか、領主でもどうしようもない問題ってことだ。俺たち庶民じゃどうしようもねえってことだよ」

「それは……分かってはいるんです……」


 運ばれてきた酒に手を伸ばすが口をつけず、まだ悩んでいる素振りを見せる若い男に、中年の男は何度か肩を叩く。

 

「お前さんも、早く身を固めてもいいんじゃねえか。帰るべき場所、守るべき家庭があれば、無茶なことを考えることも無くなるわな。嬢ちゃんたち、こいつ貰ってやってくれねぇか?」

「もらうってー? ダメだよ、私のお姉ちゃんとおばちゃんだよ!」

「ガハハ、こっちの嬢ちゃんにはまだ早すぎるわな」


 ノワールがわしゃわしゃと髪を撫でられながらも、結婚どうこうの話は有耶無耶になった。その後は、魔女や屋敷の話から別の話題へ移っていった。

 そうしているうちに各々は食事を終え、店を出ていった。


 店を出て少し歩いた頃、店では口を開かなかったリズが、手を繋いでいるノワールへ伏見がちに何度か視線を向けていた。

 

 その視線に気付いているのか否か、楽し気な笑みを浮かべて歩くノワールは、スキップ混じりに夜の街を歩いていた。ナイラはリズとノワールの様子を見ながらも、何も言わなかった。

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