第11話 鞭と飴

「これは……何があったかな。ふむ……ふむ……?」


 ナイラは自分が最後に同行者と別れた所にできている人だかりを発見した。多くの野次馬の向こうに警察の姿もあり、丁度2人の男が連れていかれているところだった。


「何があったんだ?」

「あいつらがぶん投げられて気を失ってたってよ」

「へぇ。投げ飛ばしたやつらはどんな厳ついやつだったんだ?」

「逃げたんだと。偉く美人な女と、両目を瞑ったままの可愛い女の子の2人組だって話だ。目を瞑ってた方はこんくらい小っさいんだとよ」

「ふーん。容疑者がそこまで割れてるなら捕まるだろ。投げ飛ばしたの部分は意味わからないけど」

「俺も遠目から見てたけど、あいつら酒飲んで酔っ払ってたし、その美人に絡んで強引にどっか連れていこうとしてたんだよ。そこでぽいってな具合だったな」

「大柄じゃねえとはいってもあいつらも男だぜ? 女の細腕で持ち上げたどころか投げ飛ばしただぁ? 嘘くせえなぁ、お前、本当に見てたのか?」

「見てたって!」


 ナイラは野次馬の会話を盗み聞き、1度頷いてから野次馬たちから離れていく。何かを考えるような仕草を見せたかと思うと、迷う素振りもなくそのまま歩き出した。


「きっとリズがご主人を守ろうとしたか、勘違いしたかだろうし、逃げるとしたら……まぁこっちっかなー」


 焦る様子は無く、鼻歌混じりに歩きながら、雑踏の中へ姿を消した。



 * * * * * * * * * * 


 

「誠に……! 誠に申し訳ございません……!」

「謝らないでリズ。私こそもっと早く止めるべきでした。こちらこそごめんなさい」


 街の人間たちから話題にされている当のリズは、ノワールの指示を受けとある路地裏へと駆け込み隠れていた。そこでノワールに何度も頭を下げている。その姿からは、人一人を武力で制圧する事など出来るようには見えなかった。


「こういった外出は初めてなのですから、こういったこともありますよ。……ま、まあ人を投げ飛ばす? こともありますよね……」


 発言の途中から、視認していない為自信が無くなったのか尻すぼみにはなっているが、なんとか落ち込んだリズを励まそうとする。それでもリズは肩を落としたままだった。


「元気を出して、リズ。確かにあの状況で私を守ろうと手を出したのは早計だったかもしれませんけど、突然男性二人に話しかけられて、こちらの主張も聞かず突然腕も掴まれていたのであれば、リズも被害者なんです。結果的に加害した立場とはいえ、リズだけが悪いとはならないでしょうから。何より私が貴女を悪者になんてさせないわ」

「ですが……」

「安心してリズ。それより、守ってくれようとしてありがとうね、とても心強かったわ。ちょっと屈んでもらえるかしら」

「畏まりました」


 ノワールは、大人しく屈んだものの怯えている様子のリズの頭を胸に抱き寄せ、何度も優しく撫で付ける。


「私に励まされても、リズ自身が許せませんよね。罰するとしたら、その気持ちを忘れないでということだけです。これを失敗だと思えたなら、この先長い人生できっと活きる場面が来ます。悔いて反省できることは、とても素晴らしいこと。先の件については何とかしておきますので、目一杯後悔と反省をしてください。いいですか?」

「はい……」

「ん、よろしい。では、ナイラと合流しないといけませんね。今出ていくと警察に探されている可能性もありますから、どうしましょうか……あらこの足音は……?」

「お、いたいた。ご主人たち見っけ」


 路地裏にひょっこりと顔を出したのは、平常運転のナイラだった。


「やっぱりナイラ! よく分かりましたね」

「凄いでしょ。ふっふっふっ、私は目も耳も鼻も頭も良いのでご主人のことを簡単に……お取り込み中だった?」

「励ましと……お説教? ですかね」


 リズの頭を抱きしめたままだったノワールは、最後にポンポンと頭を軽く叩きリズを解放する。リズは少し口惜しそうな顔をしつつも無言で立ち上がった。


「それじゃあナイラも来てくれたことだし、リズはこの後どうしたいですか?」

「わ、私が決めるのですか?」

「今日はリズがリーダー」

「そういうことですね。時間についてはまだ余裕があると思いますし、私の用事も大体終わっていますから。ああでも、リズは今日が初めてだし、私からは美味しいお店が出てくるぐらいなんですけどまだ早いですし……ナイラから何か良いところ、ありませんか?」

「私は、行きたいところが1個ありますよご主人」

「お、どこですか?」

「大きな時計塔の上です」

「あっ、それがありましたね。そこにしましょう!」


 名案とばかりにノワールが手を叩く。リズも街の中を歩いている時に目にしていた建物ではあるが、上に登れるとは思っていなかったようで目をしばたたかせていた。


「早速向かいましょう! 連れて行ってもらえますか?」


 ノワールが両手を差し出す。リズがその手を取ろうとした時、ナイラが2人の腕を掴んだ。


「出発の前に、一先ず2人は変装です」

「あー……そうでした。そうですね……ナイラ、手間をかけますがどこかで……」

「ふっふっふっー。こんなこともあろうかと予め用意してきた変装道具がこちらになります。服をまるっとここで着替えるのは流石の私でもノーなので、帽子とかストールとか、見た目の印象を変えるものを揃えてきましたよ」

「ナイラ! 凄い! ありがとうございます! リズも着替えましょう!」

「は、はい。ありがとうございます」


 人気の少ない路地裏で3人の女が、服装を変え、髪型を変え、帽子を被り、ぱっと見ただけでは同一人物だとは気付かない程の変装を果たしていたが、その様子を見咎める者は誰もいなかった。

 3人は手早く変装を終えると、路地裏から出る準備を進める。表の通りに戻る前に、ナイラとリズが念の為外の様子を伺う。


「どうですか?」

「こっちは問題なさそうです。リズは?」

「こちらも大丈夫です」

「ありがとう。それでは行きましょうか。おおっとそうだ、口調も戻して……あーあー。よし、行こうみんな!」


 路地裏から出てきた3人は、あっという間に街に溶け込んだ。リズが男を撃退したベンチの近くも通ったが特に誰からも声をかけられることはなかった。警察からも特に怪しまれることなく移動し、気がつけば大きな時計塔の下に辿り着いていた。


「じゃーん、リズちゃんに見せたかったのはこの上にありまーす」

「た、楽しみです!」

「行こうお姉ちゃん!」


 受付を済ませ、長めの階段を登り始まる。しばらく登ったところで、息の上がり始めたノワールに気付き、ナイラが助けを出そうとしたが、その前にリズが抱きかかえた。


「ありがとう、お姉ちゃん」

「ううん、疲れたらいつでも言って。落ちないようにしっかり掴まっててね」

「うん!」


 ナイラが微笑ましくその様子を眺めながら、階段上がりを再開する。そしてようやく登りきった末に見えたものは、夕陽で彩られた街全体の景色だった。


「わぁ……!」


 感嘆の声を漏らすリズ。そのリズの胸の中で、ノワールは思わず笑顔が溢れた。


「ここは時計塔でもあって、展望台でもあるのよ。どうかしら、気に入った?」


 ナイラの言葉にコクコクと何度も頷き、感動していることは誰の目からも明らかだった。

 ノワールも、リズ一人で楽しみたいかと下ろしてもらおうとしたが、他の来訪客も多くいてそちらの邪魔になる可能性もあると判断したのか、大人しくしていた。


「また来ようね、お姉ちゃん」

「はい、是非! あ、その、うん。また来ようね」

「私を仲間外れにしないでおくれー」


 3人はその後も、暫くの間展望台を堪能し、日が沈み始めたタイミングでようやく時計塔を降りたのだった。

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