第10話 街とナンパ
「ほい、嬢ちゃんたち綺麗だからおまけしといたよ」
「やった、ありがとう! 自慢の姪っ子たち連れてきた甲斐あったよー」
「はっはっはっ! 姉ちゃんも負けてねえよ!」
「えっほんと!? ……あなた、ちょっとこの後時間もらえない?」
「おっと! 俺ぁ妻も子どもも居るからそんな時間はないな! それに姉ちゃんも今は可愛い姪っ子がいるんだろ? そのうち姉ちゃんにもいい出会いがあるって言いたいのさ」
「あー残念! お兄さんも良い男だから、これから仲を深めていこうと思ったのに。いや、ありがとう。それじゃ、またこの街に来たら寄らせてもらうよ」
「お、ありがたいねぇ。またのご来店お待ちしてます!」
ナイラの何故か堂に入った独身女性の演技は、その裏側を知っていても見事なものだと、ノワールとリズは内心で驚いていた。慣れた動きで買い物を済ませて2人の元へ戻ってきたナイラの姿から、屋敷で働く使用人を連想できる者は誰も居ないだろう。
「ほら、二人共。昼食にしようね。あ、そうだ……ほら、あの店のお兄さんがくれたおまけ。ありがたーく食べるんだよ。ああそうだ、ノワールちゃんは持たせてあげようね」
「ありがとう、おばさん!」
「おば……ね、ノワールちゃん。私のこと、まだ『お姉さん』って呼んでもいいんだよ?」
「お姉さんだと……お姉ちゃんと分からなくなるから……ダメ?」
「ふっ、しょうがないな。可愛さに免じて許そうじゃないか……あ、ほれほれリズちゃんも食べな食べな」
「あ、ありがとうございます」
ノワールの計画では、今回はリズに
とはいえ、まだ街に入って十数分。街の散策もまだ始まったためばかりであり、ナイラが最初に取った行動も昼食を取ることで、視察前の腹ごしらえという程度だった。これならばまだあれこれ口を出す必要も無いと、ノワールは様子を見るつもりでいた。そして、ナイラも目的を忘れていなかった。
「そういえばリズちゃん、どこか行きたいところあるって言ってなかった?」
「え、えっ?」
「ごめんね、お腹すいててご飯優先しちゃって。この後はリズちゃんの用事に付き合うからさ、食べ終わったら行きましょうか」
「あ……そう、ですね。ありがとうございます」
「お姉ちゃん、これ美味しいねー」
「あっ、そうです、そうだね。美味しいね」
リズはまだ慣れ無い様子だが、何とか馴染もうと頑張っていた。緊張した動きの固い手が、ノワールの頭を撫でる。その健気な様子に、ノワールは逆に頭を撫でたくなる衝動を堪え、体を揺らしながら食事を進める。
3人が軽食を済ませ、今度はリズが地図を確認しながら街を歩き始める。時折街並みを嬉しそうに眺め足を止めるリズを、ノワールとナイラは微笑ましく思いながらも急かすことなく動き出すのを待ち、共に歩いていく。
街並みと人を見ながら、そして時折店に入りちょっとした買い物をする。その過程を繰り返し
「次は……ここに行きましょう!」
「楽しそうね、リズお姉ちゃん!」
「こっちまで楽しくなっちゃうわねー。あ、ちょっとごめんね。お手洗いに行ってくるから、いい子で待っていてもらえる?」
「分かった! 大人しく待ってるね!」
速足でこの場を去るナイラを待つべく、二人は休憩も兼ねて近くにあるベンチへ腰掛ける。リズが食い入るように地図を見ていることを察し、ノワールはそんな彼女を邪魔しないよう大人しく隣で座り耳を澄まして周囲の状況を確認する。
雑踏の、数多の音が入り乱れる中、耳敏いノワールは近くに寄ってくる人間たちの音を聞き漏らさなかった。
「ねー、綺麗なお嬢ちゃんたち。特にお姉ちゃんの方、何してるの?」
「地図? もしかしてこの街初めて? 俺たちこの街に住んでるからこの辺も詳しいよ。案内してあげてもいいんだけど、どうかな?」
ノワールは、少し不均一な足音、微かに漂うアルコール臭から、この闖入者2人が酔っぱらっていることを把握した。声の調子から成人の年齢を少し過ぎたぐらいの男性が2人。アイシャの予想通り、やはりリズに近付いてくる男性はいるようだった。
これも1つの経験だろうかという思いもあったが、ノワールは自身が動いても無力であることがよく分かっていた。その為、ノワールはリズの袖を軽く引っ張り、声をかけられている事を知らせると、リズがどう動くか少し様子を見ることにした。
リズ自身も、自分が声をかけられたことに遅れて気付き、ようやく顔を上げた。
「……えっ。あ、私ですか?」
「そそ、君! ありがとお嬢ちゃん。おー、正面から顔見てもほんと美人だ、声も可愛い。ね、この後暇?」
「いえ、私たちはこの後行くところがありますし、妹と一緒に叔母を待っているだけですので暇ではありません」
「いーじゃん! ちょっとくらい羽目を外してもさ。街の人間もあんまり知らない所に連れてってあげるよー? それに妹ちゃんが、そのおばさんにうまく伝えておいてくれたら問題ないでしょ? ね?」
「いえ、そういうわけには。……あの、手を離していただけますか?」
「まぁまぁ、いいからいいから! 俺たち、君と仲良くなりたいんだよ」
アルコールのせいか歯止めがきかなくなっているらしい男性2人は、リズの手を掴み引っ張っていこうとする。その様子を声で認識したノワールは、このままでは取り返しがつかなくなるのではと俄に慌て始めた。しかし、言葉だけで男たちを止める術を持たず、非力な幼女であるノワールにはどうすることもできない。ナイラが戻ってくれば話は変わるが、未だに戻ってくる気配が無い。
「あの……お姉ちゃん? とりあえず穏便に、わっ」
「あぁごめんね妹ちゃん。ちょっとお姉ちゃん借りていくから、おばさん戻ってきたらよろしく言っといてもらえ――」
ノワールの頭に、男の手が置かれる。慣れないゴツゴツとした骨ばった感触の手だったが、少し申し訳ないと思っているのか優しめに触れてきていることが、触れられている当人には分かった。アルコールのせいか気が強く、ブレーキが利かなくなっているだけなのだろうと内心で嘆息するノワールだったが、それも若者故に仕方がないと思うことにした。
しかしノワールが男性2人の状況を認識したとて、それは今重要ではなかった。その様子をリズが目にしてしまったことが問題だった。
男の言葉は最後まで言い切られることは無かった。そして、その直後に石造りの床に何か叩きつけられたような大きな音が、昼下がりの街に響いた。ノワールは、見えずともなんとなく状況を理解し、引き攣った笑みを浮かべながらこの場を取り繕う方法を即座に考え始める。そんなノワールの努力も空しくすぐに事態は悪化した。
「あ……え? お、おい! お前何を、うわっ!?」
もう1人の男も最後まで喋ることができず、代わりにゴツン! という、二度目の大きな音が響いた。
「無礼な方々、ご主人様に気安く触れないでください」
「あー……らら……」
周りの音に気を張っていたノワールは、ざわつきだす周りの音と、それとは反対にピクリとも動いていないのか足元にいるはずの男2人から一切の音がしないことに不安を覚えだす。
ナイラは戻ってきていないが、人が既に集まりだしている。少しの逡巡の末、ノワールはリズに指示を出した。
「リズ! 私を抱っこして! 逃げますよ!」
「畏まりました」
素早い動きでノワールを抱きかかえると、リズは常人とは思えないほどの速さで駆け出した。
リズの胸に抱かれたノワールは、ナイラとの合流をどうするかを既に考え始めているのだった。
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