第9話 妹と姉と叔母

 もう多くの人が活動を始め、市場も賑わい出すような時間。屋敷の玄関には、普段の装いとは異なるリズとナイラ、そしてノワールの3人が集合していた。

 

「今回は領地の視察も兼ねているので、お忍びの格好です。視察といっても、ある程度は毎日報告を受けていますし、主目的は買い物なのでそれほど深く考えずに行きましょう。それで……私、どこか変ではありませんか?」

「ご主人とリズは何を着ても美人で似合う。しかし、私も負けていない。庶民感が溢れ出る程に着こなしている。もしかしたらリズは私だと気付いてくれないかもしれない……悲しい」

「き、気付かないことは無いと思いますけど……ご主人様もナイラさんも似合っています」

「リズに褒められた、やったぜ」

「やりましたね」

「何を浮かれているんですか」


 少し遅れて、普段通りのアイシャが合流する。合流して早々服装の違う使用人2人を、品定めするようにじっくりと眺める。リズは少し緊張した面持ちで、ナイラは逆に見せつけんばかりに胸を小さく張ってアピールした。


「……ふむ、少しリズが浮くでしょうがそれ程問題はないでしょう。変な男が寄ってくるかもしれないけれど……」

「アイシャ、私は? 私はどうですか?」

「主様はどんな物を身に着けていても美しゅうございます。攫われないよう十分お気をつけください」

「ふふふ、ありがとう。でも、それでは私は変装できていないのではありませんか?」

「いえ、完璧に綺麗で品のある可愛らしい……庶民です」

「庶民がそれではいけないと怪しまれそうな気もしますけれど……まあ、アイシャのお墨付きですしきっと大丈夫でしょう。皆さん出発しましょうか」


 屋敷を出発する4人を、温かな陽光が迎える。太陽もそこそこの高さまで登っており、昼間は少し暑さを感じそうな程に、陽気な天気だった。

 ノワールの屋敷から街までは、徒歩だと少し時間を要する。ノワールはまだ手を引かれるでもなく跳ねるように歩いていたが、不意に後ろをついてくる3人の方を振り返り後ろを向いたまま歩く。


「危ないですよ、主様」

「家を出てすぐはまだ大丈夫ですよ」

「アイシャの手が寂しがっていますので手を繋いでくださいませ」

「ふふ、仕方ありませんね」


 にこやかに前へ向き直ると、アイシャが隣へやってくるのを待ち、ノワールは手を繋いだ。


「心配性ですね、アイシャは」

「できるうちは、沢山心配させてください」

「隙あり、反対の手は私がもらう」


 するりとナイラも手を伸ばし、ノワールのもう片方の手を塞いだ。リズはその様子を見て表情を変えなかったが、僅かに肩を落とした。


「アイシャと別れた後、また片手が空いてしまいます。そうしたら寂しくなった私の手を助けてくれますか?」

「! はい、勿論です」

「ふふ、ありがとう。……あ、そういえば今朝、ロンドとエミルに、今日はカイルと一緒に学んでもらうよう伝えた時、少し寂しそうにしていました。帰ったらあの子達にも構ってあげませんとね」

「はい、お任せください」


 和やかな雰囲気で暫し雑談に花を咲かせていたが、そういえばとノワールが話題を変える。

 

「街での設定を決めていませんでしたね。どういう設定にしましょうか。私が年齢通りおばあちゃんをやるわけにもいかないでしょうし」

「どういう設定、というのは……?」

「貴女たち3人が、どういう関係で街を歩くか、ということですよリズ」

「そうです。例えば、前は……私がセバスチャンの孫娘とか……アイシャに拾われた孤児とか……そんな感じでしたかね」

「私はもう決めたよ。リズのお母さんの妹。リズのお母さんに頼まれて、子ども2人の面倒を数日見ることになって、別の街から遊びに来た。独身の私は婚期を逃すまいと焦っており、街行く男を眺めながらも二人のことも可愛がる面倒見の良いも感じさせる少し生き急いでいる女性。それが私」

「え、凄い設定作ってくる……それでは主様とリズは、自然と姉妹という設定になりますか?」

「そうですね……私とリズの顔って似ていますか?」

「お二人共綺麗な顔をしていますし、目の色は判断材料にはできないので問題ないかと思いますが……髪色が異なりますので血の繋がった姉妹という設定は難しいのではないかと……」


 アイシャの指摘に、うーんと3人が頭を悩ませる。暫しの沈黙の後、アイシャが指をピンと立てる。


「こういうのは如何でしょう。2人の姉妹の母親が実は異なる、いわゆる異母姉妹。父親が美形のろくでなしとか、1人目の子どもが生まれた後すぐ、或いは生まれた時妻に先立たれ、今の妻の所へ子どもを連れてきて2人目を作った、という設定であればその辺りは解消されそうです」

「ふむ、悪くなさそうですね…………そうですね、では私たちは街から帰るまでは異母姉妹です。よろしくお願いしますね、リズ姉さま」

「か、畏まりましたご主人様」

「リズ、街では主人と呼んではいけませんからね」

「主様も、今回の庶民スタイルの場合は、立ち居振る舞いや口調に品が溢れ出ているのでもう少し砕けた感じの方が良いかもしれません」

「ナイラおばちゃんは完璧だよ。リズ、ご主人。この私にから離れないようにするんですよ」

「ナイラも、主様をご主人と呼んじゃ駄目ですからね……」


 和気藹々と話しながら歩いている4人だったが、やがて分かれ道がやってきた。ここでアイシャが離れることになる。名残惜しそうな顔をしたアイシャが、重そうな足取りで歩いていく様を見送り、3人はまた別の道を歩いていく。

 リズはノワールの横につき、先程までアイシャの手が繋がっていた手を取った。

 ノワールは嬉しそうにひとしきり笑うと、話題を元に戻した。


「では、二人共。私のことは街中ではノワールと呼んでくださいね。主人と呼ばれても返事しませんからね」

「畏まりましたご主人様」

「分かりましたご主人。任せてご主人」

「二人共……? 念の為、今から慣らしておきましょうか。呼び方を変えてと話し方を砕けた感じを意識して、それでは開始です」


 小さな両手が、一度だけ音を鳴らす。そして訪れたのは沈黙だった。

 

「…………」

「…………」

「…………あの、リズ? ナイラ? 喋らないと練習になりませんよ……?」

「よし、ごしゅ…………ノワールちゃんアウト」

「あ! ずるいですよ!」

「わ、私はご主人様を貶めようと思っていたわけではなく……」

「お、リズちゃんもアウト。よってナイラおばさんの勝ちです」

「勝負だったんですか!?」


 はははと笑うナイラに、慌てていた二人も釣られて笑う。そして3人の辿々しい会話が自然になるよう練習しながら歩いている内に、いつの間にか街の入口までやってきていた。


「じゃあリズお姉ちゃん、初めてのお買い物頑張ろうね」

「お、お姉ちゃん、が、頑張る、ね?」

「ナイラおばさん、お姉ちゃんのお手伝いよろしくね」

「おばさんにどーんと任せておきなさい。それじゃあふたりとも、行くよー」

「はーい!」

「は、はい」


 若干1名、やたら緊張していることは声とぎこちない動きから誰か見ても伝わるほどだったが、残る二人がグイグイと引っ張っていき、3人は街の中へと入っていった。 

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