第8話 仕事と外出の予定
「あと世界でも有数と言われている大聖堂だけど、中は正に圧巻の一言だったね」
「詳しく、詳しくお願いします……!」
図書室へ辿り着いた四人のうち、三人は手早く仕事を始める準備をし、残ったハイシュは三人の作業が見えるが邪魔にはならない程のところの椅子へと腰掛けた。
そして業務に取りかかり、三人がまだ確認していない書籍をパラパラと捲ったり、仕事ぶりをぼんやりと眺めていたハイシュだったが、ついぞ飽きたのか『土産話』を話し始めた。
リズは外に出たこの屋敷の人間から、外で見聞きしたものを聞くのが大好きだった。それも、職務を真面目に実直に全うするリズが仕事の手を止め、話を聞くことに熱中してしまうほどに。
自分の隣でテキパキと仕事をしていたはずのリズがいつの間にかハイシュの隣で楽しげに話をしていることに、ロンドは呆れ半分の顔をして手を動かしていた。
「これ……俺らだけでやってていいのか?」
「ま、まあ……リズさんに確認してもらうだけでいいようにしておけば……」
「それもそうか……」
二人が方針を定め、また仕事に戻ろうとした時、ハイシュから声が掛けられる。
「少年たちも一緒にどうだろう?」
「俺たちはこれやってる、やってますから……」
「リズはやっていないのだし、いいんじゃないかな」
「ハ、ハイシュ様」
「でも決められた量はやらないと……」
ハイシュの誘いに、二人の兄弟は
リズはと言えば、ハイシュの指摘にバツの悪い表情を浮かべていながらも、ハイシュの側を離れようとしない。ハイシュの口から紡がれる未だに見たことも無い光景に想いを馳せているようだった。
どうしても聞こえてきてしまう話に気を散らしながらも、二人は作業の手をなんとか動かす。するとリズが自身の手帳に何か書き記している隙を見て、ハイシュはまた兄弟に話し掛ける。
「実はね、ここの仕事に決まりは無いんだ」
「えっ……?」
「この仕事をする、と決められるけれど、この仕事をこれだけやらないといけない、という訳では無いということだよ」
「そ、それじゃあ誰も働かなくても良いってことになるだろ、そんなわけ無いじゃない、ですか」
「ところがそんなことがある。それでも良い、と言うのが我らがばあ様の仰ることなんだ、困った人だよね」
訝しげな顔をする兄弟とは反対に、『困った』と言いながらもハイシュは笑っていた。
「ともかく、仕事は程々でもいいわけ。ここの人たちはばあ様に恩返ししたくて勤勉に働く人もいるけどね。あまり根を詰めすぎても良くないし、それにここならリズがいるしちょうど良い。リズは僕に比べればまだ新人だし世間を知らないけれど、僕では比べることもできないほどの知識を持っているから、仕事に飽きたら色々聞いてみるといい。……ではリズを待たせるのも悪いし、続きへと話を戻そう」
また悩みの種を増やされたロンドは、頭が逆向きになるのではと思わせるほどに首を傾げる。エミルも同様に首を傾げていたが、さっさと諦めたのかリズと一緒にハイシュの語り口に耳を傾け始めた。
やがて日も傾いて、気がつけば仕事も中途半端に終わり、ノワールたちも帰ってくる時間となっていた。
セバスチャンが扉を開け、ノワールが玄関に姿を現した時、ちょうどロンドたちもその場に居合わせた。
「ただいま帰りました」
「おかえりばあ様」
「おかえりなさいませご主人様」
「げっ」
「あらロンド、出迎えてくれたのですか?」
「そんなわけないだろ! 偶然だ偶然!」
ロンドは共にいるリズたちを置いて、ずんずんと歩き去ってしまった。ノワールやハイシュ、リズのいる手前どうすれば良いかおろおろし始めたエミルの背中を、ハイシュが優しく押す。
「心配ならお兄さんのとこ行ってあげな」
「で、でも」
「いいよね、ばあ様」
「ええ勿論」
「だそうだよ。ほら」
「あ、ありがとうございます!」
足早に立ち去るロンドを、エミルが駆け足で追いかけていく。玄関ホールにはノワールとセバスチャン、そしてリズとハイシュが残っていた。
「ハイシュも一緒にいたのね、いつものお話?」
「そうだよばあ様。ついでに新人を見てやろうと思ってね」
「そうだったの、ありがとうございます。それでハイシュから見てどうでしたか?」
「ばあ様にこの屋敷に連れてきてもらったばかりの時のことを思い出したよ」
「ふふっ。そうね、そう言われると少し似ているかもしれませんね。あの頃のハイシュは、まだ私ぐらいの身長の頃でしたか、懐かしいですね」
笑うノワールの表情を見て、ハイシュたちも昔の記憶を甦らせる。今と変わらない容姿をしている当時のノワールの事を思い出しながら、そういえばとハイシュが言葉を発する。
「ばあ様の年齢とか体の話って新人たちには言ってあるの?」
「それは勿論…………あら、どうだったでしょうか」
「私の知る限りでは、目が見えないということはお伝えされておりますが、その他のことはまだお伝えされていないかと」
リズとハイシュの二人も、セバスチャンと同じ認識であると答える。暫し考える素振りを見せるノワールだったが、困った表情のまま両手を合わせた。
「ま、まぁ皆さんの生活に特別関わるものでもありませんし、機会があれば説明しておきましょうか。ハイシュたちも、聞かれたら説明してしまって構いませんから」
「とはいえすぐに信じられるようなものでもないと思うけどね」
「早くから屋敷にいる人間からすれば、ご主人様の存在そのものが証明でございますから、彼らも長く生活していくうちに疑問も持ち、理解もいただけるでしょう」
「さ、いつまでも玄関で話し込んでいるのもなんでしょう。私とセバスは着替えたり荷物を置いたりしてきますね」
「引き留めてしまい申し訳ございませんご主人様」
「構いませんよリズ。私がリズやハイシュともお話したかったのですから。また後でお話しましょうね。あぁそれと、明日リズには、私と一緒に街へ行ってもらおうと思っているので、それについてもお話しましょうね」
「えっ!? ……は、はい!」
セバスチャンを連れ、笑顔で立ち去るノワールの後ろ姿を暫し見つめていたリズは、この上なく喜びに満ちた顔をしていた。そんなリズを見て、ハイシュも穏やかに微笑んでいた。
リズとハイシュもその場は解散し、各人がやるべきことを手早く済ませていると、夜が更ける少し前になって、ノワールとアイシャがリズの元へやってきた。
街までの道中、途中まで同行する予定のアイシャは共に翌日の外出の目的、気を付けること等を伝え、リズが向かう街の簡単な地図を渡した。
「一応はただ買い物に行くだけではあるのだけど、不安なことがあればなんでも言ってね」
「はい。……あの、街へいけることは大変嬉しく思っていますが、私でよろしいのでしょうか」
「リズ
質問を投げかけられたアイシャは、丁寧にお辞儀をして返す。
「アイシャもこう言ってくれていますし、明日はリズ一人で行かせるわけではないので安心してください。私も居ますしナイラも、主導はしませんが手伝いで同行します。あとは………何かあったでしょうか……」
指折り数えながら伝え漏れが無いか確認するノワールを、二人の従者は見守る。幼い少女に見合う可愛らしい動作をするノワールを、アイシャが穴も開けられそうな程見つめていると、ノワールが「あっ」と声をあげた。
「大事なことを忘れていました。トラブルの元になるので控えてほしいことがありました」
「何を控えたらよろしいのでしょうか」
指を1本立て、笑顔を浮かべたままノワールは答えた。
「領民から私への誹謗中傷、覚えのない悪い噂を聞いても止めさせたり、否定したり、訂正するのは止めてくださいね」
リズには言っている意味が分からなかったのか首を傾げていたが、ノワールはニコニコとして、アイシャは逆に顔を顰めていたが何も言わなかった。
否定が許されるような雰囲気ではなく、恐る恐るという風でリズは返答した。
「畏まり、ました」
「リズはいい子ですね。それでは明日、よろしくお願いします」
用が済んだノワールは、アイシャを伴いリズの部屋を後にした。リズは若干の引っかかりを感じていたが、それでも楽しみな翌日の役目に備え、早めに眠りに就いた。
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