第7話 決意表明と企み

「本日私は外出しますが、セバスに同行してもらいます。帰りが夜になると思うので、申し訳ありませんが、連絡事項のある人はこの後すぐか私が帰ってきてから伺うことになります。その他困ったことや緊急の用事はアイシャかハイシュに判断を仰いで下さい。それから――」


 太陽はすっかり全身を空に表し、時計の短針が九と十の間を示すかという時間。

 大広間に、屋敷中の人間全員が集まっていた。とはいえ新しく暮らすようになった者を除けば、その場の全員にとっては特におかしなことでもなく、当たり前のようにこの屋敷の主へと視線を注いでいた。


 ノワールが外出する日は、屋敷の人間全員に周知するためこのように一旦大広間へと集められる。


 とはいえ出掛ける度に皆を召集しているわけではない。ほとんどの場合は、一部の使用人にのみ伝えるだけで終えていた。

 しかし今回は古参と新参が顔を合わせ、お互いに認識度をあげる目的もあったために、全員が集合していた。

 

「はい、これで連絡事項は以上です。それでは本日もこの家のことをお願い致します」


 ノワールも含め全員が深々とお辞儀をし、初めてこの光景を見る者も遅れながらも頭を下げる。


 そして、各々がそれぞれの持ち場へと向かうべく広間を出ていく。リズはエミルたちを連れだって広間を出ようとしたが、そんな人の流れに逆らい、ノワールの元へと向かうロンドの姿があったために足を止めた。


 そのロンドの足音を耳聡いノワールが聞き逃すことはなく、足音のする方へ顔を向ける。


「どうかしましたか?」

「…………」

「ロンド……?」

「一つ、言っとくことがある」

「? 伺いましょう」


 広間から大体の人間は出ていっており、残っているのはエミルとリズ、そしてセバスチャン、ハイシュのみであった。

 ロンドは一度広間を見渡し、意を決してノワールへと視線を戻す。


「俺はあんたが信用できない!」

「はい、存じていますよ」

「奴隷を買う人間なんてみんな同じだと思ってる!」

「悲しいことにそのようです」

「だから…………昨日エミルと話して決めた。あんたの本性が分かって、ろくでも無いやつだって分かったらここから出ていくからな!」

「なるほど……ということは……まあまあ! それまでは居てくれるということですね! ありがとうございます!」

「うわ!? な、なんだよひっつくな!」


 飛び付くようにロンドを抱き締めるノワールを、ロンドは引き剥がせないでいた。

 ハイシュを除いて、広間の人間から向けられる暖かな視線がロンドには不愉快だったが、不意にロンドの耳元にノワールの口が寄せられた。


 不自然に硬直したロンドだったが、間もなく解放される。ロンドの顔にはクエスチョンマークがいくつも浮かんでいるような表情が浮かんでいたが、ノワールは小悪魔のように微笑みながらご機嫌に部屋を出ていった。


 主を見送ったリズとエミルは、遅れてロンドの側へとやってきて、ロンドの様子がおかしなことに気付く。

 

「……兄ちゃん?」

「ロンド様、エミル様。一先ず持ち場へ向かいましょう」

「わ、わかりました。ほら兄ちゃんも」

「お、おう」


 何か考え事をしている様子のロンドは、足は動かすがどうにもペースが遅く、腕を引っ張り急かすエミルと、そのスローペースに合わせて歩くリズがようやく大広間を後にし――ようとしたときだった。


「待って。僕もついていこう」


 ロンドの宣誓の時、唯一苦々しい顔をしていたハイシュが三人に付いて大広間から出てくる。

 予想だにしていなかったのか、リズがハイシュの顔をじっと見つめて何か思案するも、それを見越していたハイシュは自ら説明を始める。


「今日まで暇をもらっているのだけど、どうせなら三人の仕事ぶりでも見ながら暇でも潰そうかと。今日はばあ様も居ないしね」

「……畏まりました。しかし、面白いものはないかと思いますが……」

「それは僕が決めるから安心して。それに、リズの好きな話もいくつか用意があるから、楽しみにしていてほしい」

「畏まりました。ロンド様、エミル様、本日はハイシュ様も同行されます。ただ、やることは昨日と変わりありませんのでご安心ください。それでは参りましょう」


 図書室へ向かう道中も思い悩む様子のロンドは、結局答えを出せないまま、そしてハイシュから向けられる視線に気がつかないまま図書室へと辿り着き、切り替えるように頬を叩いて作業に取りかかるのだった。


*******


「ロンド殿に何を仰られたのですか?」

「何と言いましょうか……私たちの秘密の行き着く先、といったところでしょうか」

「ほほ、ご主人様も人が悪い」

「恥ずかしい話なんですが、年甲斐もなくはしゃいでしまったみたい。ロンドが残ってくれることが嬉しかったから、そこで浮かれてしまったの。それと、ロンドが私を嫌ってくれているから良いかなと思ったところも、少しあるでしょうね。セバスチャンも分かっているでしょう? だって――」


 ノワールは屈託のない笑みを浮かべてセバスチャンへと顔を向ける。


「私が皆に本性を明かす時は、私がいなくなる時なのですから」

「そうでございましたね」


 セバスチャンの声音はいつも通りだったが、ノワールに見られることの無いその表情はひどく寂しげであった。

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