第6話 ハデス様の休日⑥
ハデス様の休日⑥
飲み屋を後にした二人は店主から教えてもらったラーメン屋に向かっていた。気づけば時刻も19時を回り空模様は夕焼けから夜空に移り、一番星が見えようかという頃合いになっていた。涼しげな風が酔いで熱った顔に当たって何とも心地が良い。
ケルベロス:いやぁさっきの店で呑んだ日本酒ってやつはマジで美味かったですね〜。
ハデス:あぁ、葡萄酒にはないキレというか、スッキリとした飲み口は実に新鮮だった。全く日本人のコメに対する造詣の深さには驚かされてばかりだ。
ケルベロス:ホントすんごいこだわりですよね〜!…あ、もうすぐオススメされたお店見えてきますよ。
そして二人が見たものは……
「ウゲッ⁈」
「なんと…」
商店街の面通りから少し入った通りに佇む小さなラーメン屋、そこから伸びる長蛇の列に二人は呆気に取られてしまう。最後尾はここからでは全く見えず、その様相はさながら巨龍や大蛇を思わせるほどだ。
ケルベロス:これ…全員ラーメン食べる為に並んでるんすか⁈
ハデス:信じ難いがそのようだ…一体この列はどこまで続いているのだろうか?…
二人はその列の長さに一瞬引き返すことも考えたが、せっかく訪れた店を前に空腹からくる苛立ちも手伝ってか、気が付けば列の最後尾に並んでいた。
ケルベロス:もうこの人の数じゃどんだけ並ぶかも分かんないじゃないですか⁈こうなったら意地でも食べて帰ってやりますよ!
ハデス :私も付き合うとしよう……このまま帰るなど無念極まりないからな。
そして二人が待つこと約一時間、列は進み二人はようやく店の前までやってきた。既に二人の空腹は限界まで来ており、店内から漏れる香ばしい香りを嗅ぐだけでヨダレが出てしまうほどだ。
ハデス:いかん、これではまるで犬のようだ…」
ケルベロス:そういう反応しづらい喩えやめてくださいよ…でもあと一歩の所まで来ましたね!
そうして順番を待っていると、中から若い店員が出てきた。
店員:お待たせしてすいません。もうすぐ席空くので先に注文をお伺いしてもいいですか?
店員がメニューを二人に差し出す。
ハデス:すまないがここには初めて来たのであまり知らないのだが…
店員:でしたら当店おすすめの「特濃ラーメン」はいかがですか?ウチではほとんどのお客さんがこれを頼むんですよ!
ケルベロス:マジですか⁈そりゃもうテッパンですね!
ハデス:ウム、すまないがそれを二つお願いする。
店員:かしこまりました〜!ご案内までもう少々お待ちください!
そうして待つこと約10分、二人は店内のテーブル席へ案内された。厨房からは濃厚な油の香りが漂い、店員達は額に汗をかきながら慣れた手付きで業務を捌いている。
ケルベロス:なんかこの店熱量ヤバいっすね…!
ハデス:これは人気が出るのも納得だな。
そんなことを話していると、間もなくテーブルにラーメンが運ばれてきた。
店員:お待たせしましたー!特濃二つになりまーす!
ケルベロス:待ってましたー♪もう腹ペコペコですよー…ってヴェェッ⁈
ハデス:なんと…
二人が驚いたのはまずスープのビジュアル。白く濁った特濃スープはドロドロというよりもはや固形に近く、中に沈んでいるはずの麺が全く見えない。その上からチャーシューやら海苔やらメンマやらがこれでもかというくらいトッピングされ、見ているだけで胃もたれしそうなカロリーの怪物とも言うべき一杯がそこにあった。
ハデス:凄まじいな…見ているだけで胸焼けしそうだ。
ケルベロス:でもせっかく並んだんすよ!腹も減ったし、とりあえず一口…
そう言ってケルベロスがラーメンに箸を入れ麺を持ち上げると、麺にドロドロのスープが絡みに絡む。
ケルベロス:うわぁ粘度高ぁ…こりゃラーメンっていうより餡かけですね。
ハデス:ウムゥ…正直食べるのに気後れするが…いざ!
意を決して二人が麺を口に運ぶと…
ケルベロス:あれ?全然くどくない…
ハデス:確かに…スープはコッテリしてるのにまろやかで、食べる手が全く止まらん…!
(そしてスープからほんのり漂うこのキレのある味は…)
ハデス:このスープ…日本酒が入っているのか⁈
カウンター越しに会話を聞いていた店主がそれに応える
店主:惜しいッ!お客さん、そいつに入っているのは「酒粕」ですよ。
ケルベロス:酒粕…って何ですか?
ハデス:語感から察するに、日本酒の搾りカスのようなものだろうか?
店主:ご明察!酒粕は日本酒を作る際に出るもんで「カス」っていうと聞こえは悪いですが旨味成分たっぷりの素材なんすよ。
ケルベロス:へぇ〜なるほど!
店主 :そいつをウチの出汁と合わせて煮出すと味がまろやかになるし、麺とも合うんですわ!しかも酒粕は栄養満点なんで滋養強壮効果もバッチシですよ!
ケルベロス:確かに……これはいくらでも食べられそうです…!
ハデス :うむ、このラーメンという食べ物には無限の可能性を感じるな……
こうして二人の初来店は大満足のうちに幕を下ろした。
店を出る頃には日もとっぷり暮れており、街灯やネオンサインが行き交う人々を照らしている。
ハデス:いや、何とも美味であった。腹も心も満たされたな…
ケルベロス:いやホントですね……オレも腹が破裂しそうです。最初はあんな濃いラーメン食べれる訳ないと思いましたが、食べ始めてからは一瞬でしたね。
ハデス:いや全くだ。また一つ貴重な経験を…オオオォヴァ⁈
ケルベロス:ハ、ハデス様⁈どうしました?
ハデス:は、腹が何やらギュルギュルと…これは一体……?
ケルベロス :ちょ、ちょっと待ってください!動いちゃダメですよ!ト、トイレっ、トイレどこ〜⁈
ハデス:ウゥオォアァァァァ〜〜〜ッ!!
脂マシマシの特濃ラーメンは中高年の胃腸には少々刺激が強すぎたようで、そこからしばらくハデスは腹の痛みと格闘するハメとなった。
三十路過ぎたらドカ食いダメゼッタイ。みなさん胃腸はご安全に。
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