第5話 ハデス様の休日⑤

ハデス様の休日⑤

スーパー銭湯を後にし二人は再び街中をぶらぶらと歩きはじめる。気づけば時刻は17時を回り空模様は夕暮れに差し掛かっていた。

 

ハデス:しかしあれだけ汗をかくと冷たい飲み物が欲しくなるな。

ケルベロス:そうっすねー。なんかつつきながら一杯ひっかけたい気分ですねぇ。

 

そんなことを話しながら商店街近くを散策していると…

大きな赤提灯を掲げる黒塗りの店が二人の目に止まった。小綺麗な店構えではなかったが、その独特の雰囲気と赤提灯の灯りには自然と惹きつけられるものがあった。


ケルベロス:ここなんかどうです?なんかイイ感じじゃないすか?

ハデス:ふむ、私も同じことを思っていた。入ってみよう。

 

二人が店の暖簾を潜り横開きの扉を開けると店の半分がカウンター席になっており、その奥に割烹着を着た店主らしき壮年の男性が立っていた。店内の机やカウンターは所々塗料が剥げており使い込まれた感があるがそれが店の雰囲気とマッチしており、どこか落ち着く雰囲気を醸し出していた。

 

店主:いらっしゃい、お好きな席にどうぞ!…って日本語じゃわかんねえか…

ハデス:問題ない。今から二人いいだろうか?

店主:そりゃ良かった!良ければカウンター席にどうぞ!

 

店主から案内をうけると二人はカウンターの一番奥側へと腰かける。


店主:お飲み物はどうします?

ハデス:そうだな、ビールもいいが今はスッキリした飲み口のものが呑みたい気分だ。

ケルベロス:そうですねぇ、僕も今は量より質って気分です。

店主:でしたら日本酒はどうでしょう?米を元にして作る醸造酒で水みたいに透き通った見た目とスッキリした飲み口が特徴でして、アルコール度数も高めなんで小量で楽しめますよ。

ハデス:それはいい、私はそれを頼む。

ケルベロス:僕もそれでお願いします!

店主:ありがとうございます。では少々お待ちを。

 

そういうと店主は足元の冷蔵庫から日本酒の瓶を一本取り出し、お猪口とともに二人の前へと差し出す。

 

ハデス:では早速……

 

お猪口に酒をなみなみ注ぎ一気に呷る。すると…

(これは…!口をつけた時の水のように澄んだ飲み口からの喉を通る時に疾る刀で斬られたような鋭いキレ味!そしてその後に鼻から抜ける芳醇な米の香り…一口で三度も楽しめるとは…)

ハデス:ふぅ……これはクセになるな…!

ケルベロス:ええ、水みたいに透き通っているのに米の味がしっかりあって、それでいて後味はすっきりしてるなんて不思議な感覚ですね。

ハデス:朝に食べた白米もそうだったが、日本の米の奥深さには驚かされるな…。

店主:そりゃ良かった!ついでにコイツも食べてみてください。

 

そう言って店主は二人の元に小鉢に入った料理を差し出した。

 

ハデス:ん?まだ料理は頼んでいないが…

店主:あぁこれは「お通し」ってやつでして、飲み物を頼んでもらったサービスみたいなもんです。

ハデス:ほう、なんとも粋なことをする。

ケルベロス:じゃあ遠慮なく頂きます! ちなみにこれはなんて料理ですか?

店主:あぁこれは「たこわさ」って料理で、蛸をワサビであえたもんですよ。

それを聞いた二人の箸がピタリと止まる。

ハデス:なんと…タコとは…

ケルベロス:う、ウソでしょ⁈

 

二人が驚くのも無理はない。日本では蛸は馴染み深い食べ物だが海外ではその見た目や生態から「悪魔の魚」と言われており、食べることを禁止している宗教もあるほどである。せっかくの店主の好意を無碍にはできないが、さりとて口に運ぶ気には到底なれない。二人は完全に硬直状態になってしまった。


ケルベロス:(ハ、ハデス様どうしましょう?…)

ケルベロスが小声で耳打ちする。

ハデス:(ウ、ウム…流石に面食らったが、出された料理は食すのが礼儀!…)

 

恐る恐る箸でたこわさを掴み、気合い一閃、口の中に放り込んだ!すると…

ハデス:………ウマい…。

ケルベロス:えっ?

ハデス :いや…このワサビのツーンと鼻に抜ける辛さが蛸の旨味を引き立たせているのだが、タコ特有のクニュッとした食感と蛸本来の風味が意外にもマッチしている。それに青じそと生姜のアクセントも実に素晴らしい!これはまさに絶品だ!

ケルベロス :ほ、ホントだ、美味しい…!この辛さと日本酒のスッキリした組み合わせがクセになりそうです‼︎

店主:お口にあって良かった。蛸もワサビも外国の人には馴染みがないもんでしょうが、酒を飲むならコイツは外せませんよ!


ハデス:うむ。これは良い出会いをしたな。店主、このたこわさとやらをもう一皿貰えるだろうか?

ケルベロス :あ!僕もお願いします!

店主:あいよ!今お持ちしますんで少々お待ちを!


こうして二人はたこわさと日本酒のマリアージュに舌鼓を打つのであった。

 

店主:いやぁお二人共いい呑みっぷりだ!しかしそろそろがっつりしたもんが恋しくなってきたんじゃないですかい?

ハデス:むっ、確かに…

ケルベロス:なんか小腹が空いてきちゃいましたねぇ〜

店主:でしたら飲みの締めに「ラーメン」はいかがです?

 

日本のラーメンは海外でも人気が高く、大手のラーメンチェーンでは海外に店舗を持っているところも珍しくない。もちろん発祥は日本ではないが、カレーなどとおなじく今や「日本食」と言っても過言ではない程独自の発展を遂げた料理だと言えよう。

店主:もし良けりゃあ、この辺りで一番美味い店をお教えしますよ?

ハデス:それはありがたい!が、それならタダという訳にはいかんな。大将、この店で一番高い酒を二人分頼む。

店主:さすがダンナ、話が分かる!とっておきのをお出ししますぜ。

ケルベロス:ハデス様、粋ですね〜!

 

そうして美味い酒と料理に舌鼓を打った二人は会計を済ませ、期待を胸に店主から教えてもらったラーメン屋へと向かうのであった。





 

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