第4話 ハデス様の休日④
ハデス様の休日④
二人は温泉を充分に堪能した後、外気浴用の椅子に座り涼をとっていた。
ケルベロス:いやー最高でしたね!
ハデス:あぁ、ただの熱湯に浸かるのとは一味違う。
入る前は「あんな濁った湯に浸かって大丈夫なのか」と気を揉んでいたが杞憂だったな。
ケルベロス:それにこうやって風に当たるのも気持ちいいですね。全裸で外に出ているのはだいぶ恥ずかしいですが…
ハデス:確かに。しかし陽の光を浴びるなど数千年ぶりだ、今なら草木の心地が少しわかる気がするな。
ケルベロス:いやそれどんな心地っすか?
それからしばらく外気浴を堪能した二人は、露天風呂の横にある樽のような施設に目が向く。
ケルベロス:ハデス様、あれってなんすかね?
施設の扉の上には「高温サウナ」と書いてあった。
ハデス:ふむ、サウナ…とな?
ケルベロス:あぁ、オレ聞いたことあります!確か入ると「トトノウ」とかいう状態になるとか…?
ハデス:「トトノウ」…とはなんだ?
ケルベロス:すんません、オレも詳しくは…とりあえず入ってみます?
ハデス:そうだな、何事も経験だ。
そうして二人がサウナの扉を開くと…
「ムゥ!…」「ウゲェッ!…」
肌を突き刺すような熱気と蒸せ返るような湿気が扉から漏れ出し、二人は思わず顔を顰める。
部屋の中では数名の男達が全身汗びっしょりになりながら苦悶の表情で熱気に耐えており、室内の温度計は100度を指し示していた。
(まるで拷問部屋に入れられた囚人のようだ…この暑さと湿気は正気の沙汰ではない、一体彼らは何をしているのだ⁈…)
二人は思わず部屋から出ようとするも、サウナに入っていた先客達からの「早ク扉締メロ!…」といわんばかりの強烈な圧に負け、反射的にサウナ内に入ってしまう。
ケルベロス:(ハ、ハデス様ヤバいですって!この人達なんか目が座ってますよ⁈)
ケルベロスが小声でハデスに耳打ちする。
ハデス:(思わず勢いで入ってしまったな…しかしここで出るのも癪だ、しばらく耐えよう……)
ケルベロス:(マジっすか⁈)
…そして約十分後。
ハデス:スーハースーハー……
ケルベロス:ゴクリッ……!イヒッ……イヒッ……⁈
サウナ内で息を荒くしている二人。ケルベロスに至っては暑さのあまり地上波で流せないような表情になってしまっている。いくら神といえども比較的涼しい北欧生まれの彼らにとってはこの蒸し暑さは未体験の領域だった。
ハデス:(あぁ…薄ら寒い冥界の風が恋しい。生まれてこの方こんな気持ちになったのは初めてだ…)
そうして熱気に耐えていると、半袖半パンの男性が扉を開けてサウナに入ってきた。その手には身の丈ほどもありそうな大きなウチワを携えている。
半袖の男性:本日は当館にお越しいただきありがとうございます。只今よりアウフグースのサービスを開始致します!
「「アウフグース…?」」
聞き慣れない単語に二人はキョトンとする。
アウフグースとは、サウナに入っている人をウチワや大判タオルなどで扇ぎ、熱波を浴びせてより発汗を促すというもので、現在ではアウフグースの技術を競う世界大会があるなど世界中に広がっている。
半袖の男性:では前列の方から順番に扇いでいきますね。
そう言って大型のウチワを振りかぶり縦に振るうと忽ち熱波が巻き起こり、それが前列に座る二人に直撃する。
((ンォギャャャャャァ⁈))
その体感温度は100度をゆうに超え、肌を突き刺すような熱波に頭がクラクラする…まるで地獄の釜の底にいるかのようだった。
ケルベロス:(ハデス様ッ、もう限界ですぅ!…)
ハデス:(これ以上はマズい!出るぞッ…!)
小走りでサウナを出た二人の目に飛び込んだのは水風呂。二人は無我夢中で飛び込んだ。
:んはぁぁぁぁぁあああああッ!!
:あばぁぁぁぁああああああッ!!
:オゴォエッ!……
あまりの気持ちよさに奇声を上げる二人。
水風呂の冷たさが蒸し暑さを打ち消し、二人はサウナによって温まった身体を冷水でクールダウンさせていた。
ハデス:あれだけ暑いサウナに入った後に水風呂に浸かる…冥界の冷気とはまた違うこの心地よさよ。
ケルベロス:拷問みたいな熱さからこの冷たさ…なんだか癖になりそうですねぇ…
ハデス:あぁ。この熱が人間達の文化たる由縁が理解できた気がするな、まだ少しクラクラするが……
水風呂で熱を冷ました二人は近くの外気浴用ベッドに横たわった。
ハデス:(しかしこの寒暖差はさすがに堪える…人間たちの寓話に「北風と太陽」という話があったが、話に出てきた旅人もこのような気持ちだったのだろうか?…)
そんなことを考えながら過ごしていると…
ハデス:(んンン⁈…何やら足の先からピリピリとした刺激が…)
その刺激は足から太ももへと昇っていき、水風呂で冷えていた彼の体は徐々に発汗し始める。汗と共に体内の悪いものが押し流され、身体中の細胞が活性しているような心地になる。
ハデス:(体の底から英気が漲ってくる!…こっ、これが「トトノウ」ということかッ⁈…)
暑さと湿気に苦しめられた後だからこそその爽快感は強烈で、二人はあまりの心地よさに蕩けていた。
ケルベロス:あッ……ハデス様ぁ……オレ、ちょっとトんじゃってますぅ……
ハデス:私もだ、ケルベロス。実に素晴らしい体験ができたな……!
ケルベロス:えぇ本当に……ってウオォァッ⁈ハ、ハデス様ッ⁈ナニしてんですかぁ⁈
ハデス:ん?ナニとは何だ…って、ナニイィぃぃぃぃ⁈
ケルベロスが指差したのは勢いあまってリッパになってしまったハデスのご立派様だった。
ハデス:いや…これは…
ケルベロス:こんなトコでそんなコトしてたら、ナルキッソスみたくアッチ系だって思われちゃいますよ⁈
ハデス:す、すまん…
冥界創世から今まで冷や汗しか流さなかった彼の体は幾万年ぶりに健全な新陳代謝を体験し、彼の男の尊厳までをも漲らせたようだ。
そんなこんなで二人は存分にサウナを堪能し、スーパー銭湯を後にしたのだった。
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