第3話 ハデス様の休日③

ハデス様の休日③

ー朝食をすまし店を出た二人は街中をぶらぶらと歩き出す。

ハデス:ふぅ、朝から美味い飯にありつけた。

ケルベロス:こりゃ幸先良いですねー♪次はどこに行きます?

ハデス:ふむ…腹も膨れて少しゆっくりとしたい気分だ。

 

普段の仕事一色の彼からは想像もつかないような言葉にケルベロスは内心驚いた。

(あのハデス様から「ゆっくり」なんて言葉が出てくるなんて…まさにジャパニーズマジック!これが噂に聞くNINJUTSU《ニンジュツ》ってやつか…)

日本のコミックは世界中で大人気だが、こと娯楽に敏感なオリンポスの神々も例外ではない。

ただオリンポスの日本に対する理解はかなりテキトーでニンジャは日本版魔法使い、サムライは金ピカの派手な衣装を着てマイク片手にサンバを踊り明かすイメージが定着している。

 

ケルベロス:じゃあここ行ってみません?

 

ケルベロスがスマホの画面を見せる。

 

ハデス:スーパー銭湯…とな?

ケルベロス:今人気のスポットみたいっすよ。ここから近いですしゆっくりするにはちょうど良いんじゃないすか?

 

スマホの地図アプリを見てみると、目的の施設は歩いて10分程の距離だった。

 

ハデス:他に当てもないことだし、散歩がてら行ってみるか。

ケルベロス:リョーカイです、目標までナビします!

 

スーパー銭湯までの歩きがてら、ハデスはケルベロスに問いかける。

 

ハデス:確か「銭湯」とは日本の大衆浴場を指すのだったな。

ケルベロス:そうっすねぇ、昔ローマであった「テルマエ」とかがイメージ近いですかねー。

ハデス:しかし「スーパー」な大衆浴場とはどの様なものだろうか?あまり想像できないが…

ケルベロス:きっと王侯貴族が入るようなすんげー豪華な風呂とかですよ!いやぁー期待度上がりますねー!

 

ウキウキした様子のケルベロスとは対照的に、ハデスは少し怪訝な表情をしていた。

(そもそも風呂とは体の汚れを落とすためのもの、それを「スーパー」にするとは如何なるものか?通常の銭湯より体の汚れが取れるのか?)

日本では風呂は癒しの側面を強く持っているが、日本人より比較的体臭の強い北欧の人々にとっては風呂は体の汚れや匂いを落とす側面が強く浴槽に湯を張るのではなくシャワーで済ますのが一般的だ。そんな文化的背景を持つ彼らの目にはかなりのパワーワードに見えることは想像に難くない。

ハデスが一人想像を膨らませる中、二人は目的の場所に到着した。そこは一見すると宿泊施設のような大きな二階建ての建物だった。

ハデス:ケルベロスよ、ここが目的のスーパー銭湯とやらか?

ケルベロス:そのはずですけど…なんか思ってたのと違いますね。

ハデス:銭湯といえば煙が立ち上る大きな煙突が印象的だと聞いたが…

目の前の施設にそれらしいものはない。

ケルベロス:建物も浴場っていうよりは…ホテルみたいな感じですね。

ハデス:しかし住所はここで間違いないようだ。先ほどの店のようなこともある、とりあえず中へ入ろう。

 

そうして二人が中に入る。

 

入り口の横には靴用ロッカーがあり、そこに靴を入れエントランスに向かうと木目調の受付カウンターがあり、そこに受付係の女性が立っていた。

 

受付:いらっしゃいませ!当館のご利用は始めてでしょうか?

ハデス:あぁ、すまんが勝手が分からないので教えてもらえないだろうか?

受付:かしこまりました!当館は温泉、サウナ、レストランの複合施設となっており、館内の支払いは全てお客様がお持ちのロッカーキーにて一括精算する仕様となっております。

ケルベロス:えっ?お金はその場で払わなくてもいいんすか?

受付:はい。お支払いはお帰りの際に精算機にて一括精算するかたちになりますので、館内では基本的にお財布を持たずにお過ごし頂けます。

ハデス:なるほど。

受付:また館内着であればどの施設であってもお過ごしいただけますので、着替える必要もございません。着の身着のままでごゆっくりとお寛ぎ頂けます。

ケルベロス:ヘェ〜なんか進んでますねぇ。

 

「大衆浴場」というワードにどこかレトロなイメージを抱いていた二人だったが、ロッカーキー一つで支払いを合算できるシステムには驚いた。

受付:男湯はここから右に進んだ所にございます。どうぞごゆるりとお寛ぎくださいませ。

そうして受付を済まし浴場へと足を運んだ二人だったが

「「おぉ…」」

 その内装は二人の想像を遥かに超えるものだった。

浴場はスーパー銭湯というだけあってかなり広く、ジャグジーやサウナ等の設備も充実していた。

内風呂は壁一面に富士山と河口湖が描かれていて風光明媚ともいうべき絶景。そしてガラス越しには季節の花々が咲き誇る見事な庭園と露天風呂が見える。

ハデス:これは壮観だな、まるで宮殿のようだ……

ケルベロス:自分あんまり知識ないんですけど、なんつーか豪華なんだけど金銀みたいにハデじゃなくて落ち着くっていうか……ハデス様、これが「ワサビ」ってやつですかね?

ハデス:それを言うなら「侘び寂び」だ。しかし熱湯に体を浸すのは少し抵抗があるな…。

ケルベロス:それにお湯もなんか白く濁ってるし、余計に体が汚れそうな気が…

ハデス:いや、ここまで来て尻込みなど野暮であったな。まずは足先から……

ハデスが恐る恐る足先を湯につけていく。するとー

「あ゛ぁぁ゙あ゙ァァァ〜……」

苦悶とも嬉声ともつなかい声が思わず漏れる。

熱めの湯加減と立ち上る湯気から来る湿度の高さが絶妙なバランスで体の緊張をほぐし、長年のオーバーワークにより積み重ねられたハデスの岩のように固い体のコリを徐々に和らげていく。

(まるで体が湯に溶けていくようだ…。肩、背骨、腰、身体中のコリがほぐれ、もはや立つこともままならん……)

あれ程深く刻まれたハデスの眉間の皺が見る見るうちに薄まり、彼本来の穏やかな表情が露わになっていく。

 

その様子を見ていたケルベロスは堪らず湯に身を浸す。

「んあぁぁァァ〜……」

冥府の門番として亡者から恐れられる彼もまた全身を満たす快感には逆らえず、まるで仔犬のような鳴き声を漏らした。

(あぁ…ダメだこれ、もう俺ここで暮らそ…)


こうして二人は日本風呂の魅力にどっぷり浸かり、しばらく湯から上がって来ることはなかった。

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