第18話 【披露】

 ドルフィンズの黒いTシャツの上に"96"と書かれたユニフォームを着る。その上に赤色のドルフィンズのベースボールシャツを羽織り、頭にドルフィンズのロゴマークが入った赤のニューエラキャップを被る。

 パンツは薄色のデニムに、靴は誕生日のときにマネージャーからプレゼントしてもらったエア・ジョーダン6・カーマイン。


 演出を変更すると共に、黒髪にユニフォームという自分のシンプルな見た目も一新した。

 こういうのは視覚からも変わったということがお客さんに伝わった方が面白い。


 4月に入ってすぐ、オオノさんに言われた通り、ドルフィンズの公式SNSに動画を発表した。思いの外、期待されているコメントが多く、逆にプレッシャーとなる。


「なんか、ラッパーみたい」ミホちゃんが僕の格好を見て笑う。

「キャップにベースボールシャツが典型的な感じだよね。まあ、実際ラッパーなんだけどさ」苦笑しながら自分の姿を鏡で見て確認する。

「ねえ、私、ちゃんとできるかな……」

「大丈夫だよ。ミホちゃんならできる。とにかく、思い切ってフォーって言えばいいだけだから」


 今日、初披露される新しい応援練習では、選手とルージュをラップで紹介したあと、コースケとミホちゃんの見せ場も作ってある。

 コースケはドラムパットを叩き、ミホちゃんにはタイミングよく掛け声を言ってもらう。

 3人でセッションするのだ。


「わかった。頑張る。じゃ、先にコート行ってるね」

「うん。準備が整ったら俺も行くよ」


 ドルアリには前日入ってリハーサルをした。だが、全員揃ってではなく、自分のサウンドチェックとカメラワークの確認くらいで終わってしまった。みんなのスケジュールが合わず、当日のリハーサルでようやく全員で合わせられたのだ。あとは出たとこ勝負でやるしかない。


 入場曲から大幅な変更が施してある。

 音がカッコいいからと言って、選曲がなんでもいいというわけにはいかない。"チャンピオン"という言葉を使用した楽曲に変更し、Tip Off前のロスター紹介のBGMは、スッサンもよく口にする「WE HAVE'T DONE ANYTHING YET(俺たちはまだ何も成し遂げてない)」という、まさにそのタイトルの楽曲にした。

 細かいところだが、大事なところでもあり、少しでも選手たちの士気に繋がると嬉しい。


 ストレッチや吸引器を使用した、いつものルーティンを控室で終え、オオノさんたちがいるT.O.席に向かう。

 着飾った自分が少しだけ恥ずかしい。


 アウェイのブースターになんとなく頭を下げながら通路を抜ける。

 初めにコースケが目に入り、お馴染みの握手をする。音響のヤマグチさん、ヨシダさんに会釈し、台本を自分の席に置いて、照明、カメラ、モニター、各スタッフにサッと目礼。

 使用するマイクも持参していたやつから音響のヤマグチさんとシーズン中、何度もやり取りをして、様々なタイプのものを試した結果、今、一番自分の声に合ったものに変更した。音響はMCの命綱だ。声の調子があまり良くないときもヤマグチさんが瞬時に対応してくれる。


 時刻は14時。

 コートインスペクション。


 試合中に使用するブザー音やゴールの高さが、きちんと規定通りか、審判団とスタッフが入念に確認していく。


 ミホちゃんが758人目賞と、ルージュとウイロウ配りのコーナーを終え、時計が進み14時26分。キノシタさんの合図で、アウェイ紹介に移る。白いユニフォームに身を包んだ佐賀バルーナーズの選手たちが颯爽とコートに現れた。


 いよいよドルフィンズの入場である。

 

 会場が暗転し、力強い「チャンピオン」という言葉を乗せた音楽がドルアリに響き渡った。

 曲が変わったことにどれだけの人が気づいたのか分からないが、"頂点を奪いに行く"という今のドルアリの気分とマッチしている気がした。


 14時34分。


 選手たちがウォーミングアップを開始した。その間に、音響のヨシダさんが僕の背中にコードを通してイヤモニを装着してくれる。


 選手たちがウォーミングアップをしている最中、私物のイヤホンを取り出し、携帯で応援練習の最終確認とイメトレをする。

 本日初披露するとあって、僕だけでなく、カメラのスイッチングを担当するサトウさんもどこか緊張している様子だ。僕のラップに合わせて、その場で生で切り替えていくのである。歌詞と違う選手を画面に出しては不味い。

 まるでライブで新曲を披露する前のような心境である。ちなみに、選手たちもまだどんな演出が待っているか知らない。

 リハーサルを見ていたカジさんが、サプライズにしましょうと、本番での初お披露目となった。


「クロさん、ではそろそろ……」

 キノシタさんが僕を促す。


 席から立ち上がり、ルージュが集まる本部前へと向かう。ルージュが全員揃っていると圧巻だ。なかなか目を合わすことができない。なんとなく、全員によろしくお願いしますと頭を下げる。


 14時48分。


 右隣にディーディー、目の前にカメラ・クルー、僕の真後にルージュたちが整列し、キノシタさんのキューを待つ。


 与えられた時間は約14分。



 "僕も初めはプレイタイムをほとんど与えられなくて、たった数分の短い間に何度もチャレンジして、ようやく周りの信頼を得て、今の自分のプレイスタイルがあります"



 あの夜、スッサンが言った言葉だ。


 ずっと、僕に何ができるのだろうと思っていた。次第に何かやらせて欲しいと思うようになった。何かをやらせてもらうまでに、何かをやってみせ、時に叩かれ、試され、ようやく、ようやく14分というプレイタイムをもらった。


 ドルフィンズに役割を与えられた。


 スッサンのスリー。


 僕にとってのそれは、今だ。


 果たして音楽の力でドルアリをさらなる高みへと押し上げることができるのか。

 今から前例のないことをやる。


 “クロさんの思うMCをやって欲しいんです”

 

 あの日、カジさんに言われたことが、今の決断に繋がっている。誰かのたった一言で人生が変わることがある。



 "バスケのMCをやりませんか?"



 試合前のロッカールームでの声かけが、細かい戦術よりも何倍も選手たちの闘争心に火をつけるように、ハドルを組んで声を掛け合うことが、粘り強いチームワークを育むように、言葉にはそれだけの力がある。

 スポーツという現場には、想像していたよりも遥かにたくさんの言霊が溢れていた。


 僕も音楽の世界で歌詞を紡いできた身として、今、その力を全力で注ぎたい。


 僕が僕である理由を、ここで証明する。

 Bリーグでドルアリが一番の会場だと思ってもらいたい。

 あとは選手たちがばっちりやってくれる。


 キノシタさんのキューが出た。

 反射的にマイクに向かって叫ぶ。


「Hey Yo! ドルファミ! チャンピオンシップホーム開催、まだ誰一人諦めてないよな! 声を出す準備はできているか? 新しい応援練習を持ってきたよ。愛を込めて送るぜ。3、2、1!!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る