第17話 【家族】

 長崎戦のパブリックビューイングからドルフィンズは、4連敗という苦しい日々が続いた。

 ホームで行われた島根との一戦は、相手に百点ゲームをされ、続く敵地に乗り込んで迎えた広島との2連戦は両日共に惜敗した。特に二日目は、まさに一点が重い試合となる。


 終始ワンポゼッション差で一進一退の攻防戦が繰り広げられる中、残り時間25.2秒でエサトンがレイアップで逆転。

 これで勝ったと思ったのも束の間、残り4.4秒で広島のエバンスに再逆転を許してしまう。結果は、83対84。一点差というのは、バスケでよく起こるドラマでもある。つくづく0.1秒まで分からないスポーツなのだ。


 しかし広島との2連戦は、確実に何かをまた呼び戻した気配があった。勝ちが続くこともないように、負けが続くこともない。このままで終わらないのがドルフィンズ、いや、ダイヤモンドの硬さである。


 アウェイ戦の京都では、第二クオーターで7点ビハインドの嫌なムードの中、このまま5連敗となるかと思いきや、第三クオーターから粘り強さを発揮し、最終的に90対83と逆転勝ちした。自分たちの底力を再確認できた、この手応えは大きい。ようやく負のスパイラルからドルフィンズは脱することができた。


「古巣と戦うって、どんな感じなんだろうね」

 ジョシュア・スミスが在籍していた富山に2連勝し、久々に勝ち星が続いた帰り道、ミホちゃんが僕に言ってきた。

 3月末日。

 名古屋城はすっかり春の装いである。


「俺も思った。昨日の味方が今日の敵になるって複雑だよね」

「あれだけ勝利のためにチーム一丸となって戦ってきたのに、私だったら切り替えるのが大変。でも、移籍が多い世界だから選手は慣れているのかな」

「どうなんだろうね。音楽の世界にはない感覚だからわからないな。今日のメンバーが明日の別のメンバーとかあんまり聞かないしね」

 ミホちゃんが笑う。

「ところでドルザニアキッズ、かわいかったね」


 昨日今日と二日間、子供たちが大人の仕事を体験できるという企画がドルアリであった。小学校低学年くらいの男女が僕らに代わってMCや記者体験をすることができ、微笑ましい時間が続いた。ミホちゃんは子供に弱い。以前もドルフィンズのクリスマス企画で子供の手紙を読んで号泣していた。


「うん。かわいかった。今日のルージュの屋内ドローンショーの演出もすごかったし、ドルフィンズって、本当にいろんなことやるよね」

「試合日に避難訓練を実施したりね。スタッフの挑戦する気持ちが素晴らしいよ。もちろんバスケがメインだけどさ、来てくれたお客さんを魅了するのがプロだし、ドルアリに一歩足を踏み入れたら夢のような空間であるべきなんだって改めて思ったよ」

 

 明日から4月。また新しい演出が始まる。

 応援練習だけでなく、入場の音楽から一新する。これまでの演出に慣れているドルファミはまた戸惑うかもしれない。だが、ここからさらにチャンピオンシップに向けて、もう一段階ギアを上げていくために、演出もアップデートしていく必要がある。これもまた挑戦だ。


 現在、ドルフィンズは西地区2位。

 まだチャンピオンシップホーム開催も優勝も狙える位置である。


 もちろん簡単なことではない。

 4月のスケジュールはシーズン中一番の過酷さだ。毎週末ホームで二試合あり、二週目と三週目に限ってはアウェイでナイトゲームもある。移動などを含めたら選手たちには休む暇もない。しかもホームで迎えるスケジュール上の最終戦は、因縁の相手、琉球というまるで映画のようなシナリオが待ち受けている。

 果たして琉球は脅威の西地区優勝7連覇を成し遂げるのか、あるいはドルフィンズが阻止し、その山のてっぺんに初めて立つことができるのか。もしも負けたら、ドルアリで琉球の地区優勝のセレモニーを僕たちがしなくてはならない。そんな気まずいイベントが待っている。

 讃え合うことがバスケ精神だとしても、できれば勝って次に繋げたい。


「お、コースケ、もしかして車?」

 DJの機材を運び終えたコースケが駐車場から戻ってきた。

「はい! クロさん、乗っていきますか?」

「え、いいの? 悪いな〜」と言いつつ、すでにそのつもりでキャリーケースをそちらに向ける。


 ミホちゃんが車で来るときはそちらに甘え、最近はコースケが車で来ているので、それに便乗して最寄りの駅まで送ってもらうのがすっかり定番となった。わざとらしい僕の遠慮にミホちゃんが笑う。


「じゃ、私、電車で帰るから」

「ミホさんも乗っていきます?」コースケが言う。

「ううん。大丈夫。このあと家族でご飯なの」


 ミホちゃんは三人の子を持つ母親でもある。母親業をやりながら、普段はラジオDJをやり、ドルアリに通っている。しかも現在、保育士の資格取得に向けて独学で猛勉強中だ。

 子育てをする中で湧き上がって来た不安や疑問の答えを探すために始めたらしい。

 彼女が控室で語る家族エピソードはどれも微笑ましいものばかりだ。

 一度、打ち合わせ中に一番下の息子から電話があり、何かあったのかと思って彼女が出てみたら、冷蔵庫にあるコーラを飲んでいいかという内容で「私のだから絶対にダメ!」とミホちゃんが注意したことがあり、みんなで大笑いした。ドルフィンズはまさにドルファミというだけあって、周囲には常に家族愛が溢れている。

 僕が特に好きなのは、試合が終わると選手やスタッフのパートナーがどこからともなく小さな子供たちを連れてアリーナに降り、ドルアリがちょっとした保育園と化すところだ。


 タイトの子供たちはいつも簡易のバスケットリングを立てて、お父さんに負けず劣らずのシュートを決めてみせる。ともすれば、エサトンの子供がベンチから転げて頭を打って泣いていると、すかさず他のお母さんが抱き上げてあやしている。その横をのっそりと巨体ジョシュアが通り、その後ろをよちよち歩きの娘が追っていく。ソアレスの子供は、まだ生まれたてでホヤホヤだ。

 ママたちは談笑し、選手は試合後にシュート練習をしたり、ストレッチをしたりしながら、メンテナンスに励む。

 ミホちゃんと僕はカジトークをしながら、今日の試合を振り返りつつ、横目にその光景を見て、これがドルフィンズだよなと思う。

 試合中は気高く、試合後はファミリーマン。

 厳しいプロの世界を裏で支えている家族という絶対的な存在がある。


「コースケ、すまんな。じゃ、いつもの駅まで」

 そう言うと、後部座席から女性がひょっこりと顔を出した。驚く間もなく、コースケが「あ、彼女です」とハンドルを握りながら紹介する。まるでモデルのような綺麗な人。

 慌てて挨拶をすると、試合が終わってから車の中でずっと待っていたと言う。なんだか、自分のせいで二人の予定を狂わせてしまったようで急に恐縮する。


「全然、いいっすよ。帰り道なんで。てか、もうすく結婚するんです。一緒に住んでいるんですよ」

「まじかよ」

「クロさん、よかったら結婚式、来てください」

「お、おう」

「ミホさんにもカジさんにも来てもらいたくて」


 ここにもまた新たなファミリーが生まれようとしている。

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