第16話 【挑戦】

 たかが一点、されど一点。

 バスケを見ていると、一点がどれだけ重いかつくづく思い知らされる。

 サッカーと違ってバスケは得点がポンポン入る。初めての人も見ていて楽しい。だが、大量に入るからといって、また取り返せばいいという軽薄さは微塵も感じられない。


 あのとき決めていれば、あのファウルさえなければ、同点になったかもしれない、逆転できたかもしれない、そんな重い一点がある。

 その重要性を選手たちは痛いほどわかっているからこそ、フリースローを疎かにしないし、ほとんど覆ることのないファウルに対しても審判団に向かって必死の形相でアピールする。

 良い結果を引き寄せるのは足し算ではなく、引き算することと少し似ているかもしれない。

 やらなかった努力を引いていきたいのだ。


 あともう少し追い込んでいれば、試合であと一歩、ディフェンスで足が前に出たかもしれない。あともう少しシュート練習をしていれば、フィールドゴールの確率が上がったかもしれない。あのときわずかに余力を残し、練習を切り上げたせいで、逆転のチャンスがあと一ミリあったのに、その手前で手放してしまった。


 あと一歩、あと一点、あと一ミリ。

 あとあとあと……。

 あとには、後悔の後ろと、あともう一歩前の両方の意味がある。


 日々悔いなくやり尽くしたかどうか、やらなかった努力はないか、己の甘さが勝敗を大きく左右する。決まらなかったスリーや外したフリースロー、止められなかった攻撃やちょっとした心の油断が、不用意なミスを引き起こし、入っていたはずの幻の一点にジワジワと苦しめられていく。後半にいけばいくほど、選手たちを圧迫していく。

 バスケは点数を加算していくようで、実は“あったかもしれないもの”に追いかけられるのだ。あのとき、あれが入っていれば、と。

 だからこそ一つの漏れも逃したくない。フリースローは慎重に、ファウルの可否を審判団に猛烈にアピールする。


 たかが一点、されど一点。


 果たして僕はこの曲をやり尽くせるかどうか。

 心残りはないか。

 極限まで聴き込む。

 

 弟から送られてきた音をどれだけループしたことだろう。ようやく、これだ! と思えるものが出来上がってきた。さすが我が愛しの弟。あとはここに最高のリリックを乗せるだけだ。


 ここまで何試合も見てきたおかげで、目をつぶっていても選手たちのプレイが浮かんでくる。ディフェンスの強いセイガ、トリッキーな技で魅了するタッチャン、ダンクを決めるエサトン、いつもいいところにいるタクマ、ゴール下のスミス、クールなロボ、スリーのテンケツ、仕事人トシさん、ここぞのマナト、遠くから射抜くソアレス……。みんなそれぞれ特有のスタイルがあり、光っている。その特徴の一番を捕まえて歌詞にするのだ。

 タクミ、スッサン、タイトの順番でいくのはなんとなく決まっていた。

 あとは言葉のノリで自ずと口から出てきた順番でいこう。ルージュの名前も一人ずつ紹介したい。彼女たちも選手と同じフロントマンだ。


 就任した当初はチアって華やかで可愛いなぐらいにしか思っていなかった。だが、日を追うごとにドルフィンズにとんでもない貢献をしていることに気づき、考えを改めた。

 ハーフタイムはもちろんのこと、タイムアウトのたった1分そこらでもコートに出て会場を煽っていく。ハロウィンやクリスマスなどイベントがあれば対応し、試合中もドルファミを鼓舞しながら笑みを絶やすことがない。

 凛とした姿勢を保ったまま、ずっと笑顔で居続けることは想像以上に大変なことだ。選手たちに負けないほど気力と体力をドルアリに注いでいる。


 ラップで紹介するのは16人の選手、ルージュ、それとドルファミ、アウェイ、DJコースケ、ミホちゃん。全員だ。

 ドルアリを一つにする。

 勝利のために、Bリーグ史上最高のホームコート・アドバンテージを作ってみせる。

 これは僕一人の力ではできない。

 スタッフとの連携も必須だ。

 カメラワークも重要になってくる。モニターには、誰かを紹介するたびに一人一人を映し出して欲しい。スウィッチングのタイミングも完璧にしたい。移動しながら歌うので、耳には安定したイヤモニも必要だろう。

 出しゃばり過ぎず、あくまでも裏方として援護する。自分の培ってきた音楽という技術を総動員して。

 僕なりのホームMCの新しい形。

 もしもこれがうまくいったら、きっとドルフィンズの新たな武器になるはずだ。


「クロさん、動画コメントを撮りましょう」

 オオノさんが、控室で僕に言った。

「え、なんのっすか?」

「4月から演出が変わるってドルファミにアナウンスするんです」

「わー、責任重大だな。もしそれでコケたら、全部僕のせいになるってことじゃないですか」

「はい。それがホームMCの役目です」オオノさんがイタズラっぽく笑う。

「どこで撮りますか?」

「ドルフィンズのコートで。1分ちょっとの短いコメントでいいです。いきなり演出を変えるとハレーションが起きます。そのためにも、前もって伝えた方がいいと思います」

「わかりました」


 これまでの自分だったら、責任を負うことを忌避していた。自分は昔からアイデアは出してもスポットライトの影に隠れるタイプだった。グループで活動していたときも、リーダーぶっておきながら、実はいつもメンバーに助けられていた。

 しかしドルフィンズと関わるようになり、選手の戦う姿を見て、例えばスッサンの姿を通してキャプテンシーとはなんなのか、少しずつ学ぶようになった。


 自分の仕事に責任を負う。

 この覚悟があるかないか。

 それが大事だった。


「4月からの新しい演出、胸張って宣言します。コケたら俺のせいでいいっすよ」

 

 ドルフィンズに愛を込めて自分は取り組むのである。もしもそれでハレーションが起きるのなら仕方がない。だが、きっと受け入れてくれるはずだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る