第15話 【不穏】
「うーん。こういうのじゃないんだよな」
弟のアツシと新しい応援練習の音を日夜制作していた。
二つ下の弟はギタリスト兼作曲家。これまでHOME MADE 家族にも数々の楽曲を提供してくれている。僕のアイデアを昔から具現化してくれる良きパートナーでもある。
だがしかし、今回は難航していた。すでに7曲ほどボツにしている。4月から演出を一新する予定なのに、もう3月だ。
「ロック寄りにもしたくなくて、どっちかというとファンキーな感じにしたいのよ」
「ギターでカッティングするような?」
「それもいいんだけど、いわゆる典型的なファンクじゃなくて、聴いたら自然と体が動いてしまうような。ベースラインで押すグルーヴィな感じにしたい。この間、ドルアリに来たときの雰囲気って覚えてる?」
「覚えてるよ」
以前、弟の長男が高校受験に受かったご褒美に、二人を1月28日の仙台89ERS戦に招待したことがあった。と言うのも、甥っ子は中学時代バスケ部に所属し、高校に入ってからも入部すると言っていたからだ。
伯父からのささやかなプレゼント。目の前で繰り広げられるプロの試合を彼らは心から楽しんだ。
「あのときにさ、ジョシュア・スミスいたの覚えてる?」
「ああ、大きい人」
「そう、あの日は脳震盪を起こして試合には出てなかったんだけど、ノリノリだったでしょ」
「うん。ベンチでもサングラスをかけて、カッコよかったよね」
「いや、あれは多分、ファッションじゃなくて脳震盪の影響で目に光が入らないようにしてたからだと思う」弟の発言に思わず笑う。
「あの人がどうしたの?」
「あの人がつい踊っちゃうような、そんな曲を作りたいんだよ」
経験上、ゼロからものを作るとき、あまり大きなイメージを持ちすぎると焦点がボヤける。こういうときは誰か一人のために作ってみると、案外うまくいくことがある。
「なるほどね。ジョシュアがつい腰を振ってしまうような音か」
バスケを観戦していると、選手たちがTip Off前に音に合わせて踊っていることが多いのに気づく。ジョシュアとテンケツが向かい合って船を漕ぐような踊りをしたり、選手同士、決まりのサインで高めあったり。あの感じが好きだった。
ベースを取り出してメロディを弾く。
弟がすぐにイメージを共有してくれる。
こういうとき同じものを見て育ってきた兄弟というのは便利である。
「そう、彼をノリノリにさせて欲しい。全体の構成はもう頭にあるから」
「おっけ。もうワントライしてみるよ」
***
ドルフィンズは琉球戦のあとに何かを掴んだのか、完全に復調し、シーホース三河との初戦は落としたものの、二日目から持ち直してその後4連勝。2月に入ってからも勢いは衰えずアウェイ戦で全勝し、そのまま気持ちよくバイウィークに突入した。
3月。リズムを崩しやすい休み明けにもかかわらず、秋田ノーザンハピネッツにも2連勝。
この二日間は、ティムが腰の手術から111日振り、テンケツは足の手術から実に295日振りの長いリハビリ生活からの復帰戦ということもあって、ドルアリが「おかえり」コールで沸いた。
マイナスの状態から普通の体に戻し、そこからプロの世界で通じる強度に仕上げ直すというのは並大抵の努力ではない。精神的にも辛かっただろう。仲間が練習している横で、テンケツが牛歩のようなスピードで体育館を走っていたのを思い出す。
いくつもの苦難を乗り越え、ようやくコートに戻ってきた姿には、それ自体にすでに偉大なメッセージがあった。2人の初ゴールに、ドルアリが歓喜に沸いたのは言うまでもない。
ドルフィンズは現在11連勝中。
クラブ歴代タイ記録を打ち立てて、とうとう西地区首位に立っていた。
そして、連勝記録がかかった3月6日のアウェイ長崎戦。僕にとっては初のパブリックビューイングが、選手たちと楽しい一夜を明かしたバグース名古屋栄店にて行われた。
もちろん今日はドルファミとダーツをするわけでもビリヤードをするわけでもない。
大型ビジョンに試合を映し出し、みんなで応援するのだ。
「今日、勝ったら新記録だね」
進行ミーティングのあと、ミホちゃんが言った。ミーティングと言っても、普段のドルアリでの試合と違い、もっと砕けたもので、この日は僕たちもドルファミの一員となって自由に一喜一憂するのである。
堅苦しくやるよりも、みんなとどれだけ楽しめるかが大事だ。
「うん。12連勝して、少しでも貯金しておきたいよね」
「今って、チャンピオンシップをドルアリで開催するのってどれくらい現実的なんだろう。私たちは初めてだからこうやって連勝が続くとすぐいけると思っちゃうんだけど」
「わかる。俺もすぐ調子に乗っちゃう。でも、この間オオノさんに長年見てきてどうなんですか? って聞いたら、まだ30%くらいですかねって言ってた」
「ええー! 厳しいね。いや、冷静というべきか……」
「勝ちが延々に続くこともないしね。他のチームも追い上げてくるし」
「ここから試合が続くもんね。疲労も溜まるだろうし、本当、選手たちはよくやっているよ」
そしてまさに連勝に終止符を打たれたのが、この日だった。
ドルフィンズは前半から立て続けに不用意なミスからターンオーバーを連発し、完全に長崎に流れを明け渡してしまう。
相手に激しいディフェンスを何度もかけられ、なかなかシュートまで持ち込めず、後半、怒涛の勢いで追い上げるも前半の20点差が響き、負けてしまう。
長崎にとっては5試合振り、8試合振りのホームでの勝利。敵の必死さに打ちのめされたような敗北であった。
なんだかこれまでとは違う負け方のような気がした。
これだけ間近でドルフィンズの試合を見続けていると、なんとなく傾向が見えてくる。
さすがに点差までは読むことはできないが、シーズン初めの方の試合は“勝ちそうだな”というときは、前半から“その匂い”がしていた。
一方、“勝てなそうだな”と思うときも大体その通りになった。
ところが、ここ最近の連勝街道にいたドルフィンズは、今日はなんだか“勝てなそうだな”と思っていたら、後半から追いついて追い越すという粘り強い試合が増え、いい意味で読めないことが強さとなっていた。
チームが簡単にバラバラにならず、一枚岩となっていたのである。
だから今日の試合も前半に20点差をつけられたとしても、後半から巻き返す絵を勝手に想像していた。おそらく会場にいたドルファミもそう思っていたことだろう。ところが、今日は最後まで“勝てなそうだな”という読み通りの結果となってしまった。これはなんだかよくない傾向な気がした。
バスケットLIVEを観ていると、琉球や栃木、千葉など、常勝チームというのは、土俵際が強い。先日の琉球戦のときもそうだった。
疲労からきているのか、今日の試合はどこか踏ん張りが効かなくなっているように見えた。
初のパブリックビューイングは大いに盛り上がったけれど、敗戦とあって少々後味の悪いものとなった。
いつの間にか試合の結果次第で家に帰っても自分の気持ちが沈むほど、ドルフィンズの存在が大きなものになっている。
ドルフィンズは、ここからどんどん調子を崩し、4連敗していく。
そして、西地区首位の座をとうとう琉球に明け渡してしまう。
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