第14話 【勝利】
1月17日(水)ナイトゲーム。
この日のドルアリはいつもと違う緊張感が漂っていた。単に敗戦が続いていたからではない。ドルフィンズが昨シーズンのチャンピオンシップで苦杯を嘗めさせられた相手、王者・琉球ゴールデンキングスとの一戦だったからである。
bjリーグ優勝4回、西地区優勝6回、ファイナル進出2回、2022-23シーズンのBリーグチャンピオン。沖縄に一万人規模のホームアリーナを持ち、まさに"キングス"の名に相応しい、燦然と輝く黄金の集団。ドルアリでプレーオフ開催を目標に掲げるのであれば、必ず倒さなければならない因縁の相手でもある。ある意味、去年のあの悔しさだけで今シーズンのドルフィンズが結成されたと言っても過言ではない。
現在、ドルフィンズは4連敗中。
負のスパイラルから抜け出すためにも、そして昨シーズンの雪辱を果たすためにも、選手だけでなく、ドルファミやスタッフからも並々ならぬ気合いが試合前から感じられた。
「なんか、今日はいつもと違いますね」コースケが控室のドアを押さえながら言う。
「うん。すごい熱気」ミホちゃんがそのあとに入ってくる。試合前に会場内を散策するのが、すっかり二人の定番となっていた。
「はい。これ、クロくんの分」
ドルファミから貰ってきたお菓子をミホちゃんがテーブルの上に並べていく。クッキーだったり、飴だったり、チョコだったり、山盛りだ。
「なんか運動会でママ友から貰うような感じだね」僕が言うと「だって、これも持っていきなってどんどんくれるんだもん」ミホちゃんが笑いながら言う。
ドルファミと素敵な交流ができている。とても素晴らしいことだ。
僕も最初はアリーナを周回したのだけれど、会話が増えると声を酷使するため、試合前は入念なストレッチと加湿器を利用した準備運動に時間を費やすことにしていた。
「疲れたときは、甘いものがあると助かるし、ありがたく頂戴します」さっそく飴を舐める。
「なんかさ、去年の王者っていうのもあると思うんだけど、琉球って貫禄があるよね」ミホちゃんが言う。
「あ、それ、わかります! 僕も思いました。ドルフィンズとの相性はどうなんでしょうね」コースケが頷く。
「やっぱり試合って相性あるよね。私なんか栃木とか千葉とか、どうしても苦手意識が芽生えちゃう。でも、二日目は大差で勝ったりするし、バスケって本当わからないよね。去年の敗戦がトラウマになっていなければいいんだけど……」
二人のやり取りを聞いていて、僕も同じような感想を抱いていた。
ドルフィンズが徐々に調子を取り戻しつつあるとはいえ、4連敗のあとに琉球は酷だなと思った。しかし音楽の経験から言えば、ステージでの失敗は次のステージで取り返すしかない。
自信は練習だけでは育みきれないものだ。
ドルフィンズがもしも琉球に対してトラウマが生まれつつあるのなら、試合で結果を出すしかない。
ドルフィンズのロゴで型取られたセンターサークル。そこに本日のスターティング5、ロボ、タクミ、スッサン、タイト、エサトンが集まる。
T.O.の席から見ていても分かる。
みんな、気合いが漲っている。
会場の集中がTip Offに向かう。
笛が鳴ったと同時に、ボールが宙を舞った。
立ち上がり、琉球にインサイドからの得点を許すもドルフィンズのフリースローや早いテンポのオフェンスが決まる。
普段めったに打たないタッチャンのスリーを拝むことができ、激しい攻防戦の中にも運が味方していることを感じる。第1クオーターは22対21と1点リードで終了。
第2クオーター。
タクミとタクマの95年コンビが炸裂。連続得点で点差を広げ、スッサンのゴール下やエサトンのスリーが決まり、39対28と11点リードで前半を終える。試合前の気迫そのままにドルフィンズは集中を切らさず、王者琉球に対して一歩も譲らない。
ひょっとしたらひょっとするかもしれない。
T.O.席でミホちゃんと目を合わせる。
それにしても琉球ブースターの熱量がすごい。アウェイという意味では、北海道と同じくらい遠い場所に位置するにもかかわらず、人数以上の声量が出ている。チームに特色があるように、応援にも各ブースターの個性がある。この熱さが王者を支えているのだ。
後半戦。タイトのスリーがいきなり決まり、幸先の良いスタートを切る。
途中、点差を縮められるもタクマとタッチャンの連続得点で引き離し、エサトンのバスケットカウンドで57対46の11点リードで最終クオーターに突入。点差が二桁開くと、観ている側としては気持ちが安心する。
ところが、第4クオーター。琉球#15マツワキのスリーが三連続で決まり、一気に雲行きが怪しくなる。そこへ琉球のエース#14キシモトのバスケットカウントで得点が加算され、69対69と同点に追いつかれてしまう。
ミホちゃんと再び目が合う。
さっきまでの安心感とは一転、試合終了間際の猛追に恐怖を感じた。
これが王者、琉球か。
この粘り強さが常勝チームの強さだと思ったその次の瞬間、琉球#88マキのスリーが決まり、とうとう逆転を許してしまう。
ところが負けじとタクマがスリーを決め返し、再び同点へ。
まさに一進一退のシーソーゲーム。
マイクを握る手が汗で濡れていた。
ドルファミの応援がこれまでに感じたことのないレベルに達している。
ドルフィンズがオフェンスのときは、ドルファミの声は風になり、ドルフィンズがディフェンスのときは、ドルファミの声は壁になり、もはや一心同体。ぼくの声など意味もないほど、ドルアリが真っ赤に染められていた。
気づけばドルフィンズが一点を追う形に。
残り時間は30秒をすでに切っていた。
数字の表記が速く回る。
やはりダメなのかと頭をもたげかけたそのとき、琉球#7ダーラムのシュートブロックから溢れたボールをタクミが矢のようなドリブルで前線に運んだ。琉球の鋭い爪が強襲する。
が、スリーポイントラインを越えたところで、右後方から走ってきたスッサンにすかさずパスを出した。
意表を突かれた琉球のディフェンスに縮みが生まれ、スッサンの前にスペースが開く。
なんの迷いもなく放たれたスリーは美しい弧を描き、リングに吸い込まれた。
その刹那、ドルアリが揺れた。
わずか11.9秒からの逆転劇。
スッサンが全身の筋肉を震わせながら右拳を振り下ろして吠える。
それは今この瞬間だけの喜びではない。
去年のチャンピオンシップから続く、長く暗い呪縛からの咆哮だった。
ブザービーターがドルファミの声で掻き消される。77対75で試合終了。
ドルフィンズのベンチが総立ちで選手たちを迎える。
5日振りの勝利だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます