第13話 【原石】

 1月12日から14日にかけてBリーグのオールスターゲームが沖縄アリーナにて開催された。ドルフィンズからは、ポイントガードのタクミが選出され、ルージュからはチアの代表としてキャプテンのリサが参加した。

 普段は熾烈な争いを繰り広げる選手たちも、この日ばかりはふざけあいながら楽しくバスケをして見せ、Bリーグ全体がお祭り気分になり、選手たちに束の間の休息が与えられた。


 「問題は、4月なんです」


 三遠に2連敗したあとの控室でオオノさんが僕に言った。

 試合に負けるとスタッフ間で自分たちにも落ち度があったのではないかと、よく反省会をする。応援や演出は勝敗を左右するという責任感をみんな持っていた。


「クロさんが考案してくれた今の応援練習はとてもハマっていると思います。ただ、4月はほぼ毎週末ドルアリでゲームがあります。飽きられないのかちょっと心配なんです」

「ちなみに、飽きるというのはファンがですか?」


 今、自分がやっている声出しのウォーミングアップは、会場を温めたままTip Offに向かうので、ドルアリにエンジンをかけるという意味では流れとして成功していた。


「いや、どっちかというと、こちら側ですかね」

「え、ドルフィンズ側の?」


 アリーナを二つに分けて声を出させるのが現在の応援練習の基本パターンである。

 アウェイのブースターに勢いがあるときは、ドルファミと応援合戦を繰り広げるときもある。特に愛知ダービーのときは、ファンの力が拮抗しているため、このパターンが作用して試合前に一丸となる。

 稀に相手が少人数でも遠方から気合の入ったブースターがいる場合はやることもある。

 多勢に無勢な場合は、競わせずにホーム・アウェイ関係なく、全員で「We love Basketball」と唱和することもある。

 うまくいく日もあれば、ハマらない日もある。大切なことは、会場にいるお客さんが誰一人仲間はずれにならないようにすること。最低限、そこを目指すこと。

 みんなチケットを買って、スケジュールを調整して、せっかくドルアリに遊びに来たのである。誰もが来て良かったと満足して帰ってもらいたい。そこはオオノさんとも共通している。


 つまり、毎回同じことをしているようでも実は微妙にアレンジを変えながら、その日のドルアリの空気と客層を見つつ、オオノさんとどう組むべきか決めていた。決してワンパターンでもないと思っている。


「こちら側が飽きるのは、口幅ったいことを言わせてもらえば、歌手がお馴染みの曲をやらないみたいなもので、毎回、初めて来るお客さんもいらっしゃるわけだし、ベタを恐れてはいけないと思うんすけどね」

「それもわかります。ただ、今チームの状態もイマイチというところで、ここからさらにチャンピオンシップに向かうために、演出面を見直したい自分もいるんです」


 選手たちをもっと鼓舞したいオオノさんと、せっかく今うまく機能しているのなら、お客さんが望んでいるものをベタにやり続けることも大切だと思う自分と、少しだけ意見が割れた。


 もちろん、僕も現状に100%満足しているわけではない。やりたいことはまだたくさんある。アンケートで、ドルファミからいろんな意見が出ていることも知っている。


 ”始まる前に試合中に使いもしない声出しさせんな”

 “アウェイを盛り上げる必要なんてある?”

 “おとなしく観たいから別に声を出したくない”

 “ああいうノリが嫌い”

 “強制させんな”


 もちろん応援練習は強制ではないし、みんなそれぞれの楽しみ方で観戦すればいい。

 様々な意見と向き合いながら、少しでもドルアリが楽しい方へ、選手のモチベーションが上がる方へと進むことがベストだ。


「今の応援練習は僕もやめない方がいいと思うんです。明らかにこれまでのドルファミと声量が違うし、あの演出は他のクラブにはない、うちの新しい武器ですから。ただ……」オオノさんが言い淀む。

「ただ?」

「4月は毎週末ドルアリで試合があります。初日と二日目で何か別の演出アイデアがないかなと」

 しばし逡巡したあと「とか言いながら、特に何も浮かばないから困っているんですけどね」とオオノさんが笑った。

「他のクラブはどうなんですか? シーズン通して演出って変えるものなんですか」

「いや、あまり変えないですね。予算もあるし、テーマが決まったら大体ワンシーズン固定です」

「そうなんですか……」


 僕は自分の誕生日のときにマネージャーからプレゼントしてもらったジョーダン6カーマインを衣装ケースに仕舞いながら、前から温めていたある構想について考えていた。

 タクミから貰った黒い靴は自宅のクローゼットに大切に保管している。


 おそらく、今から自分が思っていることを口に出したら、多分、やらないといけなくなるだろう。無責任なことは言えない。果たして4月までに間に合うのかどうか。


「一つだけ……」


 オオノさんが僕を見た。


「もしやらせてもらえるのなら、やってみたい演出があります」


 控室にはミホちゃんとDJコースケもいた。

 僕たちのやり取りをずっと静かに見守っている。

 オオノさんが目で先を促す。


「ドルフィンズの選手たちを、一人一人ラップで紹介するんです。しかもドルファミと一緒に」


「ほう」


「本当は開幕戦からやってみたかったんですけど。でも今のタイミングで良かったのかも。ずっと試合を見てきて選手たちの特性がようやく掴めてきたから」

「そんなこと、できるんですか? というより、今から作るの大変じゃないですか?」オオノさんが言う。

「もちろん、曲としてゼロから作るので、簡単ではないです。ただ、頭の中でこうしたらきっとうまくいくだろうというイメージと音は鳴っています。もし成功したら……」


 カジさんの言葉を思い出していた。


 “クロさんの思うMCをやって欲しいんです”


 「多分、選手たちにメッセージを送ることができるし、ドルアリをさらに一つにすることができるかもしれない。そして、多分これは、僕にしかできない」

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