第12話 【災難】

 スッサンたちとの熱き夜があった三日後の12月13日。ドルアリにて行われた第99回天皇杯は、宇都宮ブレックス相手に57対84と大敗を喫してしまう。


 前半から終始、宇都宮ペースで押され、ドルフィンズはスリーポイントシュートが当たらず、成功率20%台。挙げ句の果てに最終クオーターでレジェンド・タブセにレイアップを決められ、会場は大盛り上がり。ホームにも関わらず、最後までブレックス劇場のまま、いいようにやられて終わってしまった。


 ベテランのトシさんが試合後のインタビューで「申し訳ありませんでした」とドルファミに深々と頭を下げた姿がなんとも痛ましかった。トシさんはいつも何か大切なことを代弁している気がする。

 デニスHCはセンターサークルに選手とスタッフたちを呼び集めると、タブセを囲んで狂喜乱舞する宇都宮ブレックスを指差して「いいか、あの姿をよく目に焼き付けておけ」と言った。


 天皇杯の勝敗はレギュラーシーズンにカウントされることはないが、前回2連敗した相手にリベンジどころか、27点差もつけられてボロ負けしたのは、さすがにチームの危機感を煽った。これではチャンピオンシップホーム開催など夢のまた夢である。


 何かがドルフィンズに足りていなかった。

 MCの控室前にユニフォーム姿のスッサン、タイト、欠場中のテンケツが座っていた。

 深刻な話をしていたので邪魔しないように通り過ぎようとしたら、スッサンが「クロさん、すみません。あんな情けない試合を見せて。この間、熱い話をしたばかりなのにね」と話しかけてきたから、なんとなく僕もその輪に加わることになった。


「そんなことないよ。でも、どうして今うまくいってないの?」

「なんなんすかね。一つのプレイがダメだったらそれが尾を引いて次のプレイをダメにするみたいな、なんか悪循環が起きてます」

「一人一人が当たり前のことができていないのかもしんないっす」タイトが言った。


「そうか。みんなプロだから今さら人に教わるような部分でもないしね……。例えば、耳が痛いようなことを言うために、誰かが悪人になるとか?」僕が言うと、スッサンが「それでチームが良くなら、悪役を買うくらい、全然、俺やりますよ」と言った。


「ちなみに、スッサンはどうやって気持ちを切り替えてるの?」

「俺はスリーポイントが全然入らなくても、ディフェンスを徹底的にやることで切り替えてます。そこで自分を鼓舞させて、取り戻せばいいと思ってる」

「そうなんだね」

「良くないときは、すぐにハドルを組まなくなったり、だんだん意思の疎通が取れなくなったりするのも良くないと思う。ゴール下で誰かが感情的になったら積極的にハドルを組んで宥めたり、声をかけあったりしないと一つ一つのプレイが雑になってチームワークが崩れてくよ」テンケツが言った。


 ハドルを組むというのは想像以上に大切なことなのだ。


「この中でレギュラーシーズンを勝ち進んで優勝した経験があるのって、スッサンだけ? そのときのチームの状態と比べて今、ドルフィンズに足りないものってなんなの?」

「なんだろう。チームが勝ち進むときって、なんとも言えない勢いが全体にあって一枚岩なんすよね。なんか予感がするんです。あ、行くなって」

「なるほど」


 確かに今、チームがまとまっていない気がした。うまくいっていないときは、原因探しが粗探しになることもある。

 しばらく沈黙したあと、スッサンが立ち上がって「ちょっと近いうちに俺たちで話し合おう」とタイトに言った。

「俺はいつでも大丈夫」

 タイトもそれに応えるように立ち上がると「じゃ、明日」と短いやり取りをして、二人はそのままロッカールームに戻って行った。

 頼もしいキャプテンと副キャプテンの背中だった。


 ***


 次節アウェイで迎えた横浜ビー・コルセアーズとの2連戦。事態はすぐに好転するわけもなく、両日共に敗戦。

 ただ、内容的には小さいながらも変化が見られ始めていた。特に11点ビハインドと何度も点差をつけられた二日目。

 全員でしつこく食らいつき、ゲーム終了間際にエサトンのジャンプショットが決まり、71対71と同点に追いつき今シーズン初のオーバータイムに突入した。

 バスケットLIVEでの観戦だったが、僕にとって初めて経験する延長線。

 あともう5分試合が伸びるのである。

 ドキドキした。

 しかし、フランクスが7得点をあげるも、あと一歩及ばず、80対83で負けてしまう。

 それでも、こんな試合が見たかったと思わせるような、目頭が熱くなる内容であった。

 いかなる状況でも最後の数秒まで決して諦めてはいけない、そんなメッセージを選手たちから受け取った気がした。


 続く12月20日の年内最後にホームで迎えた京都戦。スッサン、なんとスリーポイントを7本中7本決めてのキャリアハイ。チームも20点差をつけての快勝だった。

 このまま勢いに乗ると思いきや、次節アウェイでのアルバルク東京との2連戦は、お互いに大差をつけあっての一勝一敗。やられたらやり返すという対照的な2試合だった。


 ここまで、天皇杯を含めると12月だけで11試合も行われており、選手たちは移動しながら、ほとんど休みなく戦い続けていた。その体力と気力には感嘆するばかりだ。


 年の瀬も迫る12月29日、30日。

 川崎ブレイブサンダース戦。


 どうにか勝利して年内を気持ちよく終えたかったのだが、ターンオーバーを頻発し、なかなか自分たちらしいバスケがやれず2連敗。

 あと少しで現状打破できそうなのに、また元の位置に戻るような、そんな長く暗いトンネルの中をドルフィンズはもがいていた。


 2024年元旦。


 石川県能登半島で最大地震7の揺れを観測する大地震が発生。名古屋も大きく揺れ、実家の机の下に身をかがめ、東北以来の危機を感じた。


 翌2日。


 羽田空港でJAL旅客機と海上保安庁の飛行機が衝突事故を起こし、JALの乗客は全員奇跡的に退避できたものの、海上保安庁の飛行機は乗員5名が犠牲となる。


 さらに翌3日。


 福岡県北九州市の飲食店街で大規模な火災が発生する。


 2024年は震災、人災、火災と厄災が続き、新年早々日本中が悲しみに沈んだ。

 当然のことながら正月気分などなれず、ドルフィンズは年明けすぐにホームで三遠ネオフェニックスとの愛知ダービーがあり、1月6日、7日は勝利を飾ることでドルファミを少しでも元気付けたかったのだが、残念ながら連敗してしまう。

 しかしデニスHCが二日目のインタビューでも言ったように、負けは負けでも一つ前進したような負けだった。

 雪解けのあとに咲く早春の花のように、耐え抜いたあとには良いこともある。

 ドルファミの声は過去最大になりつつあり、それに呼応して、ドルフィンズにも粘り強さが戻りつつあった。

 そう遠くないトンネルの先に、小さく、光が射しているのが見えた。

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