第11話 【生命】
ここまで選手たちのプレイを見てきて、聞いてみたいことがいくつかあった。
そのうちの一つに、与えられたプレイ時間の中で自己表現をどのようにコントロールしているのかということ。
バスケはチームプレイである。戦略があり、HCからの指示があって、選手たちには遂行義務がある。それに従うのがまず基本だろうけれど、駒に徹するだけでは味気ない。たまに戦略を重視するあまり、自分を抑えつけ過ぎて伸びやかにプレイできず、かえって打つべきところで打たずに判断を見誤ったりする瞬間を見かける。
一方で、振り切って自己表現をする選手がいたり、創造的であることが魅力的だったり、毎回そのキワどい見極めを瞬時にどのように行なっているのか、とても興味があった。
なぜなら、スッサンのスリーには思いっきりの良さがあったからである。
スッサンの放つスリーには、ゲームの流れを変える迫力がある。もちろんスッサンに限ったことではない。選手には度々そういうメッセージのこもったプレイをする瞬間があり、監督と自分の間で何が行われているのか、その思考を探ってみたかった。
「だってさ、確率の世界でしょう? 限られたプレイタイムの中で結果を出さなければ次は出番を減らされるかもしれないし。連続でスリーを外すと次はやめとこうかなとか。そうなると、自ずと手堅いプレイになってしまうと思うんだよ。でも、今の位置を獲得するためには、どこかで挑戦しなければいけないし、お客さんは選手の創造的なプレイにも期待したいし」
「クロさんの言っていることよくわかります。僕も初めはプレイタイムをほとんど与えられなくて、たった数分の短い間に何度もチャレンジして、ようやく周りの信頼を得て、今の自分のプレイスタイルがあります」
「協調性を持ちながら自己主張するのって、難しいよね」
「難しいです。でも、僕はトム・ホーバスHCによって役割を与えられたんです」
「代表の?」
「はい。それまでは総合的にできる選手が優秀だと思っていました。でも、トムにスダのスリーはスペシャルだからって。そう言われてから、自分はシューターなんだってようやく吹っ切れて。今はもう入るか入らないかというより、打つか打たないかの方が大事なんです。もちろんタッチの悪い日は今でも不安になるときはあるんですけど。でも不思議なもので、役割が明確になると、雑念がなくなるというか、前よりも入るようになったんですよね」
「そうなんだ」
「まあ、こう考えられるようになったのも、わりと最近っていうか、30代に入ってからなんですけどね」
チームとして結果を出しながらも、その中で個人としての成績も残さなければ次の契約はない。ただでさえ勝負の世界は厳しいのに、日々一つ一つのプレイにも葛藤があるのだ。
バスケの選手生命は短い。
人にもよるが、長くて40前後、ほとんどが30代半ばくらいでコートを去っていく。
狭き門をいくつも潜り、仲間と協力し合いながら一つ頭を抜け、運とタイミングと実力が重なれば、その先に代表がある。
自分のプレイスタイルとHCとの相性もあるだろう。ここで開花しなかった選手が、別のところで開花することもある。せっかくの実力も埋もれてしまうことだってあるのだ。
自分を出すか、出さないか。
それがチームのためになるのか、ならないのか。迫り来る選手生命という砂時計の中で、日々鍛錬しながら僅かなチャンスに賭けてみんな生きている。
「本当すごい世界だ。心から尊敬する。なんか音楽と一緒のようでちょっと違うな。結果だけで言うなら売れる売れないはあるかもしれないけれど、音楽は勝ち負けじゃないから。聴いた人がどう感じるかだけで。とてもじゃないけど、そっちの世界とは一緒にできない。その中で日々挑戦してるスッサンたちは本当に凄いよ」
「でも、クロさんたちも今も続けられているのは凄いですよ」
「うーん。あれもこれもいろいろとやってギリギリ続けられているって感じかな。ただ、バスケみたいに年齢制限はないからさ。やりたかったら還暦すぎたってできるし。下手したらそこで急にポンと売れることもあるかもしれない。でもスポーツにはどうしたってピークがあるでしょ。この瞬間に賭けているスッサンたちとは覚悟の種類が違うよ」
「なるほど」
「俺、今46歳なんだけどさ、ミドル・エイジクライシスって言うのかな。ちょうど悩む歳でもあって。なんというか、若くもないけど、めちゃくちゃ歳でもない。心のどこかでまだ若い奴らにも負けねぇぞと思いつつも、でももう肩の力を抜いて、マイペースに自分の挑戦に向かうべきなのかなと思ったりもして。だけどそれも言い訳なのかなとか、フレッシュさにもまだ拘るべきというか、バスケで言うなら“現役”に拘るべきというかね」
「ああ、なんかわかります。でも、音楽って歳を重ねたカッコよさもありますよね。そういうプレイスタイルというか、表現の幅が広がったり、パフォーマンスができたり」
「うん。それはある。でもまだ自分は諦観するには早いというか、もうちょっとガムシャラにやって証明したいなって思う気持ちもあったりしてさ。心残りがあると言うか、ちょっと悩ましい時期なんだ」
「僕はまだクロさんの年齢じゃないから、きっとそれは次のステージの悩みなんでしょうね」
「うーん、どうなんだろう。ただの青い悩みなんだと思う」
気がついたら話しているのは僕とスッサンだけで、タクミはとっくに帰っていた。タクマは寝ているのか、起きているのか、黙って僕らの会話を横で聞いていた。スッサンには年下でもどこか色々と打ち明けてみたくなる大らかさがあった。
「年甲斐もなく熱く語っちゃってごめん」
「いや、そういう話、大好きなんで、何時間でもいけますよ」
「とにかく、日々、ドルフィンズのプレイを見て、心を動かされているんだ。この歳になるとだんだん感動できることって少なくなってきてさ。でも、まだこんなにも心が震えることがあるんだって、自分にびっくりしてる。今日の千葉戦もそうだったけど、みんなが命を削ってコートで表現する筋書きのないドラマに、体の奥がどうしようもないほど揺さぶられるんだ。だから余計にこんな気持ちになっているのかもしれない」
「そう言っていただけると嬉しいです」
「きっとファンもそう思っていると思う。もしかしたらスッサンがトムから役割をもらったように、俺はドルフィンズから自分の役割をもらったのかもしれない。俺にとって今シーズンは、バスケで言うならルーキーイヤーだ。与えられた少ない出番の中で、きっちり結果を出して、さらにドルフィンズに貢献できるように引き続き挑戦していくよ」
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