第10話 【若人】
「ワイルドだろ〜」
千葉ジェッツとの二日目、ハーフタイムショーでお笑い芸人スギちゃんのフリースローを見ながら「頼む、今日はマジで勝ってくれ」とミホちゃんと心から祈っていた。
宇都宮戦で苦杯を嘗めて以来、チーム全体の帯が締め直されたのか、戦績がまた徐々に上向き始めた。
アウェイで臨んだ群馬との初戦は落としたものの、二日目から再び連勝街道に乗せ、長崎、大阪、茨城と勝率を伸ばし、開幕戦の勢いよろしく、6連勝と勝星が続いた。
ところが、疲れが溜まってきたのか、三日後の島根との一戦ではまた調子が崩れ、昨日ホームで迎えた千葉ジェッツとの初戦では、なんと61対92と31点差もつけられて大敗した。
終始、締まりのない試合を観た気がして、正直、こんなにカッコ悪いバスケをするときもあるのかと思ってしまった。
だが、良かったこともある。
茨城戦からエサトンが復活したのだ。
彼が公式戦でプレイする姿を初めて見て、ドルファミが『エサ神』と呼ぶ理由がよくわかった。タクミとの相性も抜群で、決めて欲しいところで決める、まさに頼もしい神のような存在感。普段の寡黙な彼からは想像できないほど気迫の溢れるプレイスタイルだった。
エサトン、帰ってきてくれてありがとう。
心からそう思った。
ただ、ソアレスがヘルニアのためインジュアリーリストに入り、レイが島根戦で左足の関節を捻挫してしまった。
一難去ってまた一難である。
「もう俺、昨日の試合とかさ、途中から頭にトナカイのカチューシャをつけたくなかったよ」
12月25日が近いこともあり、ドルアリはルージュの衣装も含めて昨日からクリスマスカラーに染まっていた。
「あれはシュールだったね。特に負けたときは辛い」ミホちゃんが笑いながら言う。
「本当だよ。別にふざけているわけじゃないのにさ、ボロ負けしたときにトナカイのカチューシャは場違いだよね」
「島根戦から2連敗か。嫌なムードだよね。今日は是が非でも勝ってくれないと。じゃないと、気まずい会になる。でも昨日の試合を見ると、なんか勝てるイメージが……」
この日は、試合後に選手たちと初めての親睦会が予定されていた。もしも昨日のような大敗を喫してしまったら、場は完全に白けたムードになるだろう。できれば勝って気持ちよくみんなとお酒が飲みたい。
「昨日、試合が終わったあとさ、控室の前にレイがいたから、怪我は大丈夫? 君が必要だよって言ったら、普段の優しいレイとは打って変わって、英語でいきなりキレまくってさ」
「え、クロくんに?」
「いや、そうじゃなくて、やられた相手に。大切なドルアリでいいようにやりやがってみたいな。神聖な場所を汚されたって怒ってた」
「そうなんだね。レイはドルアリを愛してるんだね」
「うん。そんな感じの怒り方だった」
選手にとってホームとはそういう場所なのである。
「だからさ、レイでさえそうなんだから。負けたあとの親睦会のことを思うと……俺、怖い」半笑いで言いながら、二人で引き続きワイルドじゃない普通の投げ方をするスギちゃんを見て祈っていた。
「かんぱ〜い!!!」
まるで炭酸が弾けたように会が始まった。
ここは錦にあるバグース名古屋栄店。
タクミが普段からお世話になっている店らしく、ダーツあり、ビリヤードありの長身なバスケ選手たちが全員入っても過ごしやすい広々としたダイニングバーだ。
今日は特別に貸切にしてくれている。
「いやー、本当に勝って良かったよ!」
一口目のビールをほぼなくなるまで一気に煽ると、隣に座るタクマが「一口が大きくないですか」とツッコんだ。
「だって勝ってくれないと、どんな顔してみんなと喋っていいかわからなかったもん。これで安心して飲めるわ」なぜかタクマには初めからタメ口が利ける。
「確かに、昨日はヤバかったっすね」
「びっくりだよ。昨日の大敗から今日は一転、ずっと20点差をつけて最終クオーターまでいったでしょう。なんか天国と地獄を一気に見たような、一日にしてこんなに様変わりするチームってある?」
「本当、不思議ですよね」
「いや、なんで他人事なのよ」タクマにツッコミ返す。
「クロさん、バスケってそういうところがあるんですよ。だから面白いんです」一番端っこに座るカジさんが言った。
「そうなんですね。もう心がドキドキしますよ。なんかこの二日間でバスケの深淵を見た気がします」
「ところでホリエさんは、お酒は飲まないんですね」目の前に座るスッサンが言うと、その隣に座るミホちゃんが「お酒は飲めないんですけど、テンションはついていけます」と言ったのでみんな笑った。
僕の右隣にタッチャン、その真向かいにタクミ、左右の奥から順にトシさん、テンケツ、セイガ、マナトもいる。
タイトと外国人選手、高校生のエイタ、ユウト以外はほぼ参加していた。タイトは家族がインフルエンザになったので、看病するために参加することができなかった。とても残念がっていたが、あんな熱い試合をしたあとでもしっかりパパをしているのだ。
それにしても、いつもユニフォーム姿しか馴染みがないので選手の私服姿が新鮮だ。みんなとてもお洒落である。
タクマの着ているダメージセーターをテンケツが「破れているよ」と言っていじっている。普段から本当に愛されキャラである。
みんなで試合を振り返ったり、他所のチームの話をしたり、選手同士でしかわからないトークがあったり、終始和やかな雰囲気。今日は勝って本当に良かった。
「よし、みんなでダーツでもやろうか」お酒も入り、みんな良い感じになったので、タクミが呼びかけた。
「クロさんも一緒にやりません?」
「やろうやろう!」
「じゃ、ゼロワンで」ゲームのルールをタクミが簡単に説明していく。
501点からスタートし、ダーツを投げ、持ち点を先にピッタリ0にした人が勝利するゲームだ。
意外とダーツをやったことがない選手が多いことに驚く。すぐに誰もが飲み込み、次々に適当に投げていく。背丈もあるし、腕が長い分、彼らにはとても有利だ。
「負けた人は、テキーラのショットで!」
タクミが相変わらずSキャラを発揮している。
結局タクミが勝利し、その他のみんなでテキーラを飲むことになったのだが、お酒が飲めない人以外はもう全員で飲もうということになった。
「じゃ、クロさん、なんか一言ください」
タッチャンが言う。
「え、どうしよう。じゃ、目指せ、チャンピオンシップ、ドルアリ開催!!!」
「かんぱ〜い!!!」
みんなでどんどん杯を重ねていく。
ミホちゃんは途中、電車の時間もあり、会を辞していた。
「せっかくだからビリヤードでもみんなでやってみます?」僕が言うと「ビリヤードやったことないんですよね」とスッサンが言った。
「え、そうなの?」
僕が驚くと、他のみんなもないと言う。
そのとき、ようやく気がついた。
勝負の世界で鍛えられているから、人間的に誰もが成熟しているように見えるけれど、よく考えれば彼らは僕よりも一回り以上も下の年齢なのである。
スッサンが15歳下、タクミとタクマは18歳下、ベテランのトシさんでさえ9歳下でセイガに至ってはお母さんと僕がタメだ。
ビリヤードやダーツが流行ったのは、僕が高校生の頃。もっと言うと、それよりも上の世代の道楽だ。やったことがない人がいて当然である。コートを降りたら、彼らはまだ20代、30代の青年なのだ。
「やべぇ、俺、今ようやくジェネレーションギャップを感じてるわ」
「クロさん、もう敬語とかいらないですよ。もっと気を遣わずに気軽にいきましょう。やり方、教えてください」タクミが言う。
「ようし、わかった。お前ら、ついて来い。俺がビリヤードのやり方を教えてやる」
お酒も入っていたせいか、いきなり兄貴キャラ全開で奥の部屋にみんなを誘導した。
「いいか、まずはキューの持ち方からだ」
丁寧にいろいろと説明していく。タッチャンが台の上に腰掛けて玉を打とうとするが、足が地面についていなくて、みんな笑う。
「おい、サイズ感」誰かがツッコむ。
本人もわざとやっているのだろうが、タッチャンの小ささでよく笑いが起きる。
それにしても、このサイズでよくあの化け物級にデカい奴らと戦っているなと改めて驚愕する。タクミもタッチャンも僕よりも身長が低いのだ。
普段はコートの上を水中のイルカの如く、スイスイと泳ぐ彼らが、ビリヤードになると全然様にならないのが面白い。
気がついたら後ろにジッパーのついたタッチャンのTシャツが誰かによって脱がされ、本人は一向に気にせず、まるで北斗の拳のように隆起した肉体美を晒したままビリヤードをやっていたのが、なんともおかしかった。
みんなでチームになって分かれ、玉を突き、楽しい夜が哄笑と共に溶けていく。
そろそろ帰る頃かなと思っていたら、スッサンが「クロさん、最後にもう一軒だけいきません?」と言うので、さらに少人数になって近くのバーへ移った。
気がついたら、タクミ、タクマ、スッサン、カジさん、そしてストレングス&コンディショニングコーチのヤマモト・アキヒトと5人で朝まで飲むことになった。
じっくり話し込む時間帯である。
なかなかこんな機会もない。
今日はとことんいこうと思った。
「クロさん、僕はトム・ホーバスによって役割を与えられたんですよ」
暗がりのバーでスッサンが静かに語り始めた。
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