第9話 【慢心】

「最高でした。鳥肌立ちました」


 試合終了後、選手たちがコート一周してファンに挨拶して退場するとき、スッサンがわざわざ僕のところまで来て熱い抱擁を交わし、言ってくれた。


 その一言ですべてが報われた気がした。

 一発で彼のことが好きになってしまった。

 さすがキャプテン。

 人の心を掌握するのが上手い。

 本人は魂のままに行動して発言しているだけなのだろうが、彼が愛される理由がよくわかった。

 もう迷いはない。

 このまま突っ走るだけだ。

 深くT.O.の席に座り、退場口へと向かう選手やチアに拍手を送った。


 10月7日、8日と行われた開幕戦は、サンロッカーズ渋谷相手に両日ともにドルフィンズは勝利し、好調なスタートを切った。

 練習中に腕を怪我したエサトンが故障者リストに入ったことで、代わりに富山グラウジーズから移籍してきた身長208cm、体重138kgの巨漢ジョシュア・スミスが思いのほか機能した。

 アップテンポなバスケを主体とするドルフィンズのスタイルとは真逆の選手だが、何しろゴール下が強く、他を寄せ付けない。

 相撲で言えば、小結くらいはあるだろう。あれではみんなふっとんでしまう。

 面白かったのは、チームと合流したのが突然だったせいで、ユニフォームが間に合わず、マスコットのディーディーのを借りてプレイしていたところだ。

 それでも彼が着るとピチピチだったけれど。

 カメラを向ければファンサービスするし、Tip Off前はテンケツと一緒にノリノリで踊って、なんだか可愛いキャラなのである。


「試合勝って良かったね」

 控室でミホちゃんが言った。

「うん。それが一番だ」声が枯れている。

「喉、大丈夫?」

「わからない。ライブとはまた違う喉の使い方だから。毎試合、もうどうなってもいいってくらいの、ほら、ライブの最後にアンコールで叫ぶようなテンションで最初からずっとやる感じだからさ。このままだと持たないよね……。明日、レコーディングやライブがなくて良かったよ」

「喉、気をつけないとね」

「うん」


 一刻も早く慣れて、ペース配分を考えなければいけない。このままだといつか喉が潰れてしまう。なんせ30試合もあるのだ。冷めてもいけないが、熱が入り過ぎて喉を壊してはスタッフに迷惑をかけてしまう。

 ドルファミと同じように応援に力を入れながらも、同時に選手と同じくらいしっかりとケアをしながらシーズンを駆け抜けなければいけないなと思った。


 ***


 次節、ドルフィンズはアウェイ戦でレバンガ北海道に2連勝し、信州ブレイブウォリアーズにも快勝。開幕からいきなり6連勝とノリに乗った状態でドルフィンズアリーナに再び戻ってきた。


 10月25日。

 僕にとっては17日ぶりのホームかつ初のナイトゲーム。連勝ムードと相まって、会場の雰囲気も良く、ドルファミの声も最初から出ていた。開幕戦を経て応援練習のところをさらにブラッシュアップすべく、マイナーチェンジを試みていく。

 ドルファミだけでなく、アウェイのブースターにも声を出してもらったり「ようこそドルアリ」と呼びかけて対戦相手をおもてなししてみたり、ためつすがめつ変化させる。

 試合は広島ドラゴンフライズ相手に、93対89。連勝を7と伸ばす。


 ここまで開幕してから負け無し。


 レギュラーシーズン一年目にしてはあまりにも幸先が良く、僕は完全にドルフィンズの強さに陶酔していた。演出の評判が、ぼちぼち良かったせいもある。


「ぶっちゃけ余裕で優勝するでしょ」

 試合後、後片付けをしながらミホちゃんに言い切ってしまった。

「私も思った。ドルフィンズ強過ぎじゃない?」

「お二人さん、そんな簡単じゃないっすよ」

演出のオオノさんが横から笑って言ってきた。

「そうなんすか? なんか負ける気がしないんすけど」

「ターンオーバーが多いのが気になります」

もう何年もドルフィンズに関わってきたオオノさんの言葉には重みがあった。

「攻撃中に獲られて相手のボールになり、速攻されてしまうところですか?」

「そうです。ただ、ターンオーバーが多いのは積極的に攻めている証拠でもあるので、不用意なところをもう少し抑えていけたらいいんですけどね」


 7連勝していることで完全に舞い上がっていた僕は、そんなもんかなと話半分で聞いていた。コートではトシさん、セイガ、マナトが試合が終わったばかりにも関わらずシュート練習をしている。スッサンやタイトは、コート脇で入念なストレッチをしてリカバリーに努めていて心強い。


「次節はトランジションバスケを得意とする宇都宮ブレックスです。その辺りを改善していかないと多分厳しいと思います。まあ、まだレギュラーシーズンは始まったばかりですから、これからです」

 そんなオオノさんの予感は見事、的中することになる。


 10月28日。

 スポーツ用品メーカー、ヒュンメルの冠がついたこの日、Bリーグ初の点字Tシャツをウォーミングアップから選手やスタッフも着用し、会場の外では宇都宮の名産『ぎょうざ祭り』が開催され、さらにハロウィンが近いということもあってルージュが仮装して踊ったり、ハーフタイムにダブルダッチがあったりと、ドルアリがイベント満載で楽しいムードに包まれていた。


 ドルフィンズは現在7連勝中。誰もがどこかで負けを忘れているような、薄らと浮かれた雰囲気があった。


 一方、相手は精神的支柱としてチームを支えるレジェンド、タブセを中心に、W杯でも活躍を見せたエースのヒエジマ、闘将ササHC率いるBリーグで二度もチャンピオン経験のある宇都宮ブレックス。彼らにはどこか隙のない雰囲気があった。Bリーグ素人の僕でも、さすがにタブセを見たときは、テンションが上がってしまった。


 結果は68対90。なんと22点差もつけられての大敗。ドルフィンズのプレイがまったく噛み合わず、唯一、最終クオーターのトシさんのスリーからのエンドワン、そしてB1最年少出場記録を更新した高校生のエイタが決めたスリーにドラマがあった。

 コートでのショーン・デニスHCの怒りは凄まじく、負けたときのインタビューほどホームMCとして辛いものはないということを、このとき痛いほど知った。選手、誰一人として目を合わせてくれない。

 ドルフィンズの連勝記録は7でストップ。果たして、たった1日で翌日のブレックスとの二戦目に対応できるのか、僕にはわからなかった。それほど圧倒的だった。

 ところが、たった1日でバスケは調整されてしまうのである。これには驚いた。


 10月29日。

 宇都宮ブレックスとの二戦目は昨夜と一変、スッサンとソアレスのシュートタッチがよく、前半からドルフィンズペースで進んでいく。

 そして9点リードで迎えた最終クオーター。もはや僕の中ではリベンジできると確信していたその矢先、ヒエジマやニュービルの粘り強いプレイによって逆転を許してしまい、67対70でタイムアップ。結果、二連敗となってしまった。

 本当にあと少しだった。


 試合後にコート脇で選手たちの練習を見守るカジヤマさんがいたので、ミホちゃんと二人で話しかけにいく。


「悔しいですね」

「はい。でも、こういうところがチャンピオンシップ常連組との差なんです」

「そうなんですね……」

「あと一歩足りないは、大きな一歩なんです。オフェンスリバウンドをあれだけ獲られたらダメです。この敗戦で学んで、また次に活かさないと」

 

 含蓄のある言葉だった。

 神は細部に宿る、ということなのだろう。

 バスケだけでなく、いろんなことにも通じることだ。少しでも勝てると思ってしまった自分自身を反省した。MCの甘い気持ちは、そのまま勝敗に反映するような気がしたからだ。

 試合後にカジヤマさんを囲んでのトークは、“カジトーク”として今後、僕たちの中で定番化していく。


 MCの控室に戻ると通訳のアンディがいた。

 どうしたのと英語で話しかけたら選手たちの控室が気まずいからこっちに息抜きに来たよと笑った。


「本当、惜しかったよね。俺、昨日なんてさ、バスケットLIVEを何回も見返して悔しくてなかなか寝られなかったよ」

「わかるよ。でも、ショーンともよく話すんだ。悔しい気持ちも0時まで。それを越えたら次だよ」アンディはそう言うと、笑顔で僕の肩を叩き、また選手たちのところへ戻っていった。

 バスケって本当に最高だなと思った。

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