第6話 【自信】

 “声がドルファミと合っていない気がします”

 “ディフェンスコールが低い”

 “言葉遣いが悪い”

 “前の方が良かった”

 “チェケラッチョは別に求めていない”

 “誰?”

 “メグルさん、戻ってきて”


 ある程度は覚悟していたが、SNSを開くと予想通り、ハレーションが起きていた。音楽ならまだしも、やったことがない仕事でこれだけバッシングを喰らうとさすがに落ち込んだ。

 しかも試合は62対70でドルフィンズの負け。これも縁起が悪い。せめて勝ってくれたらファンの気分も違っただろう。スポーツは験を担ぐものだ。なんだかあいつのせいで負けたと言われているようで、帰り道も足取りが重かった。幸先の悪い出発である。


 携帯をポケットにしまう。

 こういうときはもう見ない方がいい。


 サブMCのミホちゃんは、初めからうまくやっていたように思う。長年ラジオで鍛えられた声は反響するアリーナでもよく通り、常に落ち着いていて、ファウルコールも臨機応変に対応できていた。

 マイク捌きも堂に入ったもので、自己紹介のときに「広瀬すずです」といきなり小ボケをかまし、僕は情けないことにそれをツッコむ余裕さえなかった。初めからドルファミのお母さん的な立ち位置でフィットしていたと思う。

 それにしても、まさか選手がファウルをするたびに、用意されたシートに"正の字"を書いて記録するという、超アナログなシステムだとは思わなかったけれど。二人で必死になって選手を追いながら、個人ファウルとチームファウルを記入していった。


 新幹線の席に座り、緊張の糸が切れてどっと疲れが出た。引き受けた以上、今シーズンはやり切るしかない。

 今日はまだプレシーズンだ。音楽で言うなら本番前のゲネプロ。開幕は10月である。

 スタッフ曰く、レギュラーシーズンになると選手たちの気迫が一変するという。

 来月からは新しい演出も始まる。この分だと本当にいい変化を起こさない限り、間違いなくドルファミから総スカンを喰らうだろう。

 約一ヶ月の間に、演出をもう一度見直し、僕自身も調整しなければならない。ただ、今日コートに立ったことで掴んだ空気や見えたものもある。バッシングがあったからと言って、ひるむわけにはいかない。まだ自分の武器を総動員していない。考えを巡らせているうちに、気づいたら、弁当も食べずに眠りに落ちていた。


 ***


「応援練習のところ、僕に作らせてくれませんか」

何度目のオンラインミーティングだろう、ドルフィンズの演出を統括しているオオノさんに東京から直談判した。


「それはディフェンスとかオフェンスコールのところですか?」

「そうです。選手たちがウォーミングアップしているところで、お客さんも声のウォーミングアップができたら、試合が始まると同時に声が出やすくなると思うんです」

「それがディフェンスとオフェンスコールの練習だと思うんですが」

「もちろんそうなんですが、ミュージシャンの僕がやるなら、もっと貢献できるやり方があると思うんです」


 画面にフリーズしたような間ができる。これ以上は言葉で説明してもダメだろう。


「一度、デモを送ります。動画も撮って送るので、それを見て判断してくれませんか。こればっかりはやって見せないと伝わらないと思うんです」

「わかりました。クロさんがそこまで言うなら。僕も基本、面白いことは嫌いじゃないし。ただ予算もありますから。その範囲内でのことになってしまいますけど、大丈夫ですか?」

「はい!」


 新しいことを始めるときは必ず痛みが伴う。手弁当になっても別に構わないと思っていた。一番ダメなのは、やれることがあるのに、できない理由を並べてやらないこと。物理的に不可能なことでない限り、やっちゃえばいい。結果良いものになれば、マネタイズなんて後からでもできる。第一、お金よりも大切なのはワクワクすることだ。

 きっと最初は戸惑う客も出てくるだろう。しかし、最終的には受け入れてもらえるはずだという根拠のない自信があった。

 HOME MADE 家族のライブで何度もやってきた演出である。昔ブラジル公演で外国人相手にも通用したのだから、きっとうまくいくはず。もっと言えば本当はドルフィンズの演出で音楽的にやってみたいことは山ほどある。だがしかし、まずはここで信用を勝ち取らなければ次はない。



「なんつーんすかね、BPMはあまり早すぎない方がいいんすよ。初めての人が聴いてもノリやすいような、ちょうど手が叩けるくらいのスピード感がベストっす」


 グループでもよくお世話になっている東京のスタジオで、エンジニアのユウジくんと新しい応援練習の楽曲を制作していた。


「最近のトラップ的な雰囲気?」

「いや、ああいう複雑な音より、一昔前のNBAでかかっていたような、誰でもすぐに合わせられる感じがいいんですよね。リファレンスをいくつか持ってきたので聴いてみてください」

 叩き台となりそうな楽曲を再生する。

「イントロはホーンから入りたいんすよ。バスケに集中していたファンが、お、なんか始まるぞと振り向くような、きっかけを作ってから簡単な自己紹介ラップがあって、そこから徐々にコール&レスポンスに繋げていきたいんです」

「じゃ、わりと90’s的なヒップホップがいいね」

「そうですね。バルセロナオリンピックのNBAというか、よくバスケのハイライトが流れると裏でかかっているような、選手のドリブルやダンクとシンクロするサウンドにしたいんです」

「ちょっとビートを組んでみようか」


 初めてドルアリに足を踏み入れたときから、頭の中に浮かんでいたアイディアがあった。

 もしも会場が“バスケとライブの両方が楽しめる空間”だったら。お客さんはさらに楽しいと思って、また足を運んでくれるかもしれない。

 もちろんメインはバスケである。それは揺るぎない。ただ、そこにもう一つ、ライブ会場に来たときのような一体感や多幸感がプラスされたら、ドルアリがさらにブースト(爆発)するのではないだろうか、そう思った。

 2025年に完成するIGアリーナを埋めるためには、きっとバスケ以外のエンタメ要素が必要になってくる。その足がかりとなるためにも、試す価値はある。

 スポーツにしろ、音楽や映画にしろ、本質はすべて一緒だ。お客さんは非日常をエンターテイメントに求めている。

 日々の仕事や家事、鬱憤、そういった重しからこの瞬間だけは解放されて、一心不乱にのめり込みたい。プロの技量とホスピタリティに魅了され、明日の生きる力にしていきたいのだ。

 僕がグループで培ってきたライブのエッセンスをドルフィンズに注ぐことができれば、きっと喜んでくれる。そう信じている。


 決して荒唐無稽な話じゃない。

 根拠のない自信にだって裏付けはある。

 だって『ドルファミ』と『家族』だろ。

 大丈夫。うまくいく。

 

 

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