第4話 【邂逅】

「え、ミホちゃん?」


 ドルフィンズの練習場に来たら、元ZIP-FMのナビゲーターのホリエ・ミホがスタッフと二人でコート脇で見学していた。


「今日、オーディションだったの」

「あ、もしかしてサブMCの?」

「そう」


 ドルフィンズには、ホームMCの相方としてサブMCというのがいる。

 昨シーズンまで元SKE48のハルタムことフタムラ・ハルカが4シーズン務め上げた。

 ドルファミにとっては彼女との思い出が深いので、その引き継ぎとなるとなかなか簡単には見つからないのだろう。


「そうか、オーディションがあるんだね」

「台本を丸暗記しないといけなかったから、けっこう大変だった。でもいざ本番になったら紙を見て喋ってもよくて、ホッとしたよ」

「それは大変だったね。じゃ、決まり?」

「ううん。他にも受けている人が何人かいたから、まだわからない」


 しかしなぜだか僕は彼女と組む気がした。

 名古屋の音楽の先輩であるシーモさんのレギュラーラジオで、長いこと相方として喋っていた彼女の良い評判は耳にしていた。真面目なことも、おふざけも、両方できる器用な人だと。

 実は今日までそれほど親しく話したことはなかったのだが、不思議と昔から知っているような安心感があった。


「ミホちゃんになる気がする」

「そうかな。てかさ、私たちって同い年なんだね!」

「え、同級生?」

「それって、どっちの驚き? 上に見えたの? 下に見えたの?」

「あ、いや、そういう意味じゃなくて。同級生って珍しいな……と」


 今年46歳になる僕は、年齢的に言えばもうベテランの域に入る。どこの現場に行っても自分よりも年下の子と会うことが多い。

 この新天地で、ひょっとしたら同級生が相方になるかもしれないと思ったら不思議な気持ちになったのだ。しかしだからこそ、昔から知っているような安心感を彼女から得たのかもしれない。オールド・ルーキー・コンビ、悪くないと思った。


「あれ、スダ選手じゃない?」


 ミホちゃんの視線に目をやると、精悍な体つきをした黒髪の好青年が、入口からボールを持って現れた。三角筋が隆起している。眉毛に意志の強さを感じた。


「ちょっと挨拶してくるわ」


 恐る恐る近づくと向こうから「学生の頃、よく聴いてました。一緒にやれて嬉しいです」と握手を求めてきた。

 まるで一陣の風のような爽やかさと大きくてゴツゴツとした手。気になっていた代表落ちからの傷心は微塵も感じさせなかった。スッサンは今年のW杯日本代表の選考で、大会直前になって外されたのである。


「こちらこそです。いろいろとご迷惑をおかけするかもしれませんが、今シーズン、お世話になります」


 僕があまりにも丁寧に挨拶したのが面食らったのか、彼ははにかむような表情を浮かべ、会話もそこそこにシュート練習に移った。 

 ドルフィンズ炎の男、スッサンとの出会いだった。


 彼に限らずだが、選手たち全員、自分よりも一回り以上も年下なのに、なかなか気安くタメ口で話すことができない。どうしても敬語と入り混じってしまう。

 スポーツ選手へのリスペクトもそうだが、勝負の世界で研磨されてきた彼らの魂が、人として成熟しているように感じられて、そうさせないからである。

 特にスッサンは、人間的に達観している雰囲気があった。


 ドルフィンズの練習は激しく、厳しい。

 カジヤマさん曰く、練習からこれほどの圧でやっているチームも珍しいという。HCのショーン・デニスもコートを動き回り、まるで試合中かのように檄を飛ばす。顔が瓜二つの通訳のアンディも忙しい。英語がわかる身からすると、言葉の荒々しさにもドキドキする。ミホちゃんとしばらく眺めながら怪我しないのか心配になった。


「今シーズンのドルフィンズは、今までとはちょっと違いますよ」横でカジヤマさんが僕に解説してくれる。


 昨シーズンのチャンピオンシップでは、クォーターファイナルで琉球ゴールデンキングス相手に涙の敗北を喫した。大舞台を前に故障者が続出し、本来の力を発揮できずに終わるという悔しい敗戦だった。

 シーズン終了後、移籍の多いBリーグでは珍しく、ドルフィンズの日本人選手全員が残留の意を表明した。それはこのチームで次こそ優勝するという強い思いからだった。

 

 彼らには叶えたい夢がいくつかある。


 それはチャンピオンシップをドルフィンズ・アリーナで開催すること。

 スポーツには『ホームコート・アドバンテージ』というものがある。どのクラブも自軍にとって一番有利にゲームを運べる環境でプレイがしたい。そのためには移動距離が少なく、応援の力を味方にできるホーム開催が望ましい。

 だが、Bリーグでチャンピオンシップをホームで開催するためには、振り分けられている地区で優勝しなければならない。

 現在B1の24クラブは、それぞれ8クラブずつ、東地区、中地区、西地区と分かれている。中でもドルフィンズがいる西地区は激戦区と呼ばれており、そこで首位を獲るのはとてつもなくハードルが高い。


 と、もう一つ。それはクォーターファイナルを突破すること。


 ドルフィンズは過去四度、チャンピオンシップに進出できてもクォーターファイナルという厚い壁に阻まれてきた。Bリーグ発足後、まだ一度も向こう側にたどり着けたことがない。それだけに、誰もが「今度こそ」という思いがある。

 西地区の頂点に立ち、チャンピンシップをホームで開催させ、ドルファミの応援を背にして初のクォーターファイナルを突破し、Bリーグの王座に就く。

 これが、ドルフィンズの夢だ。


 ショーンが僕のことを手招きする。何かと思って選手たちが集まるセンターサークルに近づくと、スタッフが「クロさんも一緒にハドルを組みませんか?」と言った。

 初めてのことで戸惑っていると「ぜひ一言ください」と言う。選手たちの視線が集まる。

 何も考えていなかった。

 しかし何か言わなければいけない。


 「えっと、改めまして、普段はミュージシャンをやっているHOME MADE 家族のクロと言います」


 アンディがスラスラと同時通訳をしていく。なんだかくすぐったい。しかし気にせず話し続ける。


 「正直、まだ自分に何がやれるのか探っている段階です。自分にとってこれまで経験のない現場ですし、ホームMCの意味もまだよくわかっていないところがあります。ただ、僕も音楽のプロですし、この道で20年以上生きてきました。自分の持てる武器を注いで、少しでも皆さんの背中を押せるように、一つでも多くの勝利に貢献できるように精一杯やりますので、よろしくお願いします!」


 うまく話せたかわからない。

 手応えもあまり感じなかった。

 だが次の瞬間、キャプテンのスッサンが大きなコールをかけた。


 「チーム・オン・スリー! ワン・ツー・スリー!!」

 「チーム!!!」


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